半世紀ぶりに我が家に金魚が来ました。5月の第四日曜日には恒例の「金魚まつり」が近所の神社で開催されます。コロナが5類になった今年は5歳の孫を連れて、行ってみようと思い立ちました。近所といいながら、実は毎年、ポスターを見るだけで、足を運ぶのは初めてです。幼いうちに、神社のお祭りや金魚すくいなどを日本人として体験しておいた方がよいのでは、と老婆心が働きました。
が、そこには一つ問題があります。紙が破れてすくえなかったとしても、絶対に1匹はもらえるのが金魚すくい。持ち帰ったら、誰が飼うのだ? 生家には物心ついたときから金魚鉢がありました。エアポンプもろ過フィルターも付けていなかったので、週に一度母が水槽を洗って、ひなた水を入れていました。それでも、ガラス面が緑になっていたことを覚えています。犬、孫、夫、91歳の母とにぎやかで、これ以上生き物の世話は勘弁という私は、金魚まつりを敬遠してきました。
でも、今年は念願の「コロナ明け」。出かけましたよ。参道から本殿まで大混雑でした。人ごみをかき分けながら、金魚すくいの露店を目指し、いざ! 結果、3匹の金魚を持ち帰る羽目になりました。バケツにでも、と思っている私を尻目に、がぜん張り切ったのが夫。熱帯魚が優雅に泳ぐ美しい水槽を長年夢見ていた彼は獅子奮迅の働きで、必需品を買い集め、一瞬にして金魚の楽園を作り上げました。
教育婆の私は生き物に愛情が湧くようにと、孫に3匹の名前を考えさせました。黒茶色の斑点のある子はココアの「ココ」。あとはナナにトト。2日後、帰宅した夫が呆然としています。「1匹死んだ」。水底に横たわって動かなくなっていました。命名したその日に亡くなった「トト」と、今も憐れまれています。
その後、黒茶の斑点模様が消えて、結局「ただの金魚」が2匹になり、ココとナナの判別がつかなくなるという椿事発生。それでも、金魚が涼をもたらしてくれています。
(わたなべ・あゆみ 第1・3木曜担当)
この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年9月号に掲載されたものです。
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