月刊誌『ラジオ深夜便』にて、2022年4月号より連載している「渡辺俊雄の映画が教えてくれたこと」をステラnetにて特別掲載。「ラジオ深夜便」の創設に携わり、現在「ラジオ深夜便」の「真夜中の映画ばなし」に出演中の渡辺俊雄が、こよなく愛するラジオと映画を熱く語る。

大学3年の春、武者修行のつもりでアナウンサー学校に通い始めた。1クラス30人の教室に集まったのは圧倒的に女子が多く、男子は5人ほど。講師は民放OBのアナウンサーで、巧みな話術でアナウンサーの心得や発声、発音など技術的な指導をしてくれた。

来年はアナウンサー試験で忙殺される。となると卒論を早く書き始めなければならない。そう考えて映画に関するよいテーマがないか図書館で資料をあさっているうちに、ある文献に目が留まった。フランスの文学評論家C・E・マニー女史が1948年に発表した『アメリカ小説時代』の中で、アメリカ小説と映画との関係について興味深い評論を書いているというのだ。

「これだ!」と膝をたたいた僕は神田神保町の古書店を巡り、ついにこの本を購入。家に持ち帰り、何度も繰り返し読んだ。

フランス人特有の理屈っぽい解釈が気になったが、映画が誕生後、文学、特にアメリカの作家が映画の影響を大きく受けていく過程が巧みに分析されている。ヘミングウェイやスタインベック、フォークナーなどを例に、彼らが映画的な手法を大胆に取り入れた結果、文章がどんどん視覚化しているというのだ。

この大論文を下敷きに、自分なりの論文をまとめ上げようとフライング気味に書き始めた。題名はすでに決めていた。「映画は小説に何をしたか?」である。

卒論は原稿用紙500枚に達する大作になった。マニー女史が扱った以降の時代を取り上げ、『さようならコロンバス』のフィリップ・ロスや『フィクサー』のバーナード・マラマッド、『ライ麦畑 でつかまえて 』のJ ・D・サリンジャーといったアメリカのユダヤ系作家を中心に映画が小説に及ぼした影響を推論した。

後で知ったことだが、同時期、同い年の早稲田大学の学生が自分と同じようなことを考えていた。その学生は在学中、映画の脚本を読みふけり、脚本家を目指してシナリオを書いていた。大学には7年間も在籍、僕より3年遅く卒業する。

彼の卒論の題名は「アメリカ映画における〝旅〞の思想」で、主にアメリカン・ニューシネマとアメリカ大陸を西から東へとバイクで横断する二人の若者を描いた『イージー・ライダー 』(1970年公開)を論じたのだという。後に世界的な作家となる村上春樹氏である。ひょっとすると早稲田松竹あたりで、同じ時間に同じ映画を見ていたかもしれないと考えると、愉快である。

(月刊誌『ラジオ深夜便』2023年6月号より)

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