NHKのドキュメンタリーには定評がある。緻密な取材を重ね、膨大な映像資料の中から丹念に編集したさまざまな番組は、NHKの看板と言ってよいだろう。

そのドキュメンタリーのあり方は時代とともに変化していく。新しい試みを通して放送文化を更新しようという挑戦は、ぜひ応援したい。

総合毎週土曜の午後10時40分からの「ストーリーズ」の枠には、「ノーナレ」「事件の涙」、そして「100カメ」というユニークな取り組みの番組が並んでいる。

先日放送された「100カメ」は、ラジオの深夜番組の舞台裏に迫っていた「ストーリーズ」「のぞき見ドキュメント100カメ“オールナイトニッポン”」。

誰もが知る民放の人気番組は、企画から編集、そして実際の生放送まで、どのように制作、放送されているのか。たくさんのカメラがとらえた映像を駆使した「100カメ」のフォーマットが、視聴者の好奇心を満たしていた。

ご本人たちも同ラジオ番組を担当しているオードリーの若林正恭さんと春日俊彰さんがMCをつとめる「100カメ」。途中、シンプルな構成のスタジオでのトーク場面が挟まれるものの、基本的にはさまざまな場所に置かれたカメラがとらえたラジオ局の様子が映し出されていく。MCの2人は、VTR中は円の中に顔が出てコメントを続ける。

ラジオの深夜番組の企画会議では、参加者それぞれの表情をとらえるカメラが置かれ、話の進行とともに生まれるリアクションが臨場感を増す。オフィスでかわされる何気ない会話や、自然発生的に生まれる議論、局入りする際の段取りなど、深く広く「ラジオをつくること」の真実が明らかにされる。

伝わってくるのは「ものづくり」の職人の世界と共鳴するしんさと熱量。番組で使う音源を探しにCDルームに行く場面や、細かいエフェクトまで突き詰めて編集を続ける局員の姿に、ふだん私たちが聴いているラジオ番組を支えている「ものづくり」の精神がたち現れる。同時にすぐれた「日本論」にもなっていた。

「100カメ」を制作しているのもまた、NHKで番組という「ものづくり」に携わっている人たち。同じ職人同士だからこそわかるきょう、苦労、努力が伝わってくる、深い愛に満ちた番組だった。星野源さんの素顔がとらえられていたのも、ファンにとってはうれしいことだろう。

それにしても、この番組をつくるうえでの折衝、事前のリサーチ、カメラの設置場所の調整、そして撮影された膨大な映像の選択、編集のプロセスを考えると気が遠くなる。

動画配信サイトなどで個人が生み出した映像も多くの視聴者を集める今日、NHKでしかできない番組づくりとは、まさにこのようなものなのだろう。

これまで、「ツイッター社」「なんばグランド花月」「名古屋・ド派手結婚式」「ABEMA」「結婚相談所」などさまざまな題材を扱ってきた「100カメ」。

そのうち機会があったら、ぜひ、NHKの報道番組やドキュメンタリー制作の現場にも焦点を当ててほしい。公共放送における番組制作の「メーキング映像」を見てみたいという人は多いはずだ。

(NHKウイークリーステラ 2021年12月10日号より)

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。