「NHKスペシャル」は、1989年から放送が続くNHKの看板番組。「この番組があるから受信料を払いたい」と視聴者が思う理由の筆頭に挙げられることも多い。

親しみを込めて「Nスペ」と呼ばれることも。私自身、これまで多くの「Nスペ」に感銘を受け、さまざまなことを学んできた。

2021年10月17日に放送された「横綱白鵬“孤独”の14年」は、「Nスペ」が「Nスペ」であるゆえん、その秘密、誇るべき伝統がたくさん詰まった、すばらしい番組だった。

引退後、年寄「間垣」を襲名した白鵬。以下の文中では、番組タイトルにのっとり、また偉大な力士へのリスペクトを込め、「白鵬」の呼称を使いたい。

幕内優勝回数45回。通算勝利1187。幕内通算勝利1093。数々の歴代1位の記録を誇り、双葉山の69連勝の記録に迫る63連勝を記録するなどした白鵬。番組は、この大横綱の入門以来の軌跡をさまざまな映像資料、関係者の証言などを交えて立体的に深掘りしていった。

「Nスペ」を見て感心するのは、その情報の「圧縮」ぶりである。長年にわたる白鵬に関する資料を精査して、それを限られた放送時間に収まるように編集する。その際、「尺」が足りなくて割愛された資料もたくさんあるに違いない。制作側の苦労がしのばれる。

放送されている映像がたくさんの候補からぎゅっと詰められたものであるということからくる迫力、底光りする存在感。流れている場面が選びぬかれたものであるというその印象が、「Nスペ」、さらには公共放送としてのNHKへの信頼へとつながっていく。凝縮されたコメントが、映像の「点」と「点」を結んで、全体として大きな絵を描いていく。

白鵬は数々の大記録をつくったが、同時に、外国出身の横綱としてのあり方がさまざまな議論を巻き起こした。番組は、そのあたりのことも真正面からとらえていた。タイトルの中にある「孤独」の2文字は、必ずしも称賛だけではなかった横綱、白鵬に対する世間の一部の風当たりの強さを背景にしている。

常に問題にされてきた横綱の「品格」。それは何かと問われた白鵬が、「鬼のように、気持ちで勝ちにいって、土俵を降りれば優しさ。これが私にとっての品格なのかな」と答えた場面、そして、「横綱相撲」とは何かと問われて、土俵の外でどうであれ負ければ引退しかないから、「勝つことが横綱相撲」だと応じたのが、番組の頂点だったと私は感じた。

この「瞬間」に至るまでに、番組スタッフはどれほど苦労したことだろう。

若い世代ほど、NHKをはじめとするテレビが届かなくなっているという現実は確実にある。さまざまなメディアの間の競争も激しい。それでも届く道筋があるとするならば、番組に込められた「熱量」があってこそだろう。

相撲の神さまである「横綱」という「鏡」に映る日本人の姿から、私たちは今どこにいるのかをも考えさせる。深く記憶に残る番組だった。

(NHKウイークリーステラ 2021年11月12日号より)

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。