「NHK放送技術研究所」が最新の研究開発成果を一般公開する「技研公開2023」が、6月1日(木)〜4日(日)に世田谷区砧で開催される。今年は、4年ぶりに事前予約なしで、誰でも来場できるリアル開催となる。
今年のテーマは「メディアを支え、未来を創る」。現行の放送サービスを支え、未来のメディアを創るための最新の研究成果から14項目が展示される。
詳しくはコチラ↓
https://www.nhk.or.jp/strl/open2023/


「技研公開2023」の展示の中から注目したい研究を担当者のインタビューを交えて紹介。今回は表示技術の基礎研究(フロンティアサイエンス)のひとつ、展示⑬「イマーシブコンテンツ体験に向けたディスプレー技術」について、新機能デバイス研究部・中田充さんに聞いた。

――「イマーシブコンテンツ体験に向けたディスプレー技術」とは、どんな未来を目指している研究ですか?

イマーシブコンテンツとは、映像の世界に飛び込んだかのようなリアルで没入感の高い体験ができる、主に3次元や全視野の映像のことです。技研では、それらの技術研究にあわせて、より臨場感・没入感の高い視聴体験を可能とするディスプレーの研究を進めています。

最近では、一般的なフラットパネルディスプレーで使われている硬いガラス基板の代わりに、薄く柔軟で曲げることができるプラスチックフィルムを使った「フレキシブルディスプレー」の活用が注目されています。「ローラブルディスプレー」といった巻取り型のディスプレーが実現したり、2つに折りたたむことが可能なスマートフォンが市販されたりしています。現在、軽量性、収納性、衝撃耐性、可搬性の向上を視野に入れ、さらなる応用研究が進められています。

「ドーム型ディスプレー」のイメージモデル。臨場感・没入感の高い視聴体験が可能となる。

――今回の展示⑬では、どんな研究成果が見られるのでしょうか?

没入感の高いディスプレーとして使用範囲が広がると考えられる曲面型や、ドーム型のディスプレーの実現を目指した、柔軟に形が変えられる「ディフォーマブル(変形可能)ディスプレー」の研究を紹介しています。プロトタイプの伸縮可能なディスプレーの展示もありますので、ぜひ会場で実際に見ていただきたいと思います。

開発の一端をお話しすると、フレキシブルディスプレーに使われるプラスチック素材では一つの方向にしか折り曲げることができませんので、これでは球体のような形状を作ることはできません。素材がある程度伸びることによって、球体やドーム形状のディスプレーを作ることが可能となります。さらに、伸縮可能なディスプレーであれば、ハンカチのように幾重にも折りたたんでしまうこともできるようになります。

そこで、伸縮可能なゴム素材をベースに発光素子(LED)や発光を制御するトランジスターを形成して、あらゆる形状に変形できるディスプレーをつくるという研究を始めました。ガラス→プラスチック→ゴムの順でディスプレーをつくる難しさは増していきますが、その分、機能性はあがっていきます。ガラスは変形しませんが、プラスチックは1方向に曲げることができ、ゴムはあらゆる方向に曲げることが可能となります。また、割れたりちぎれたりすることもありません。

会場では、そのプロトタイプのディスプレーを実際にご覧いただくことができます。ゴム素材をベースに作った平面ディスプレーに空気で力を加え、ドーム状に伸びた状態でも安定して映像が表示できるというところを、ぜひ見ていただきたいと思います。

今回展示しているものは、伸張率約40%。つまり、平面形状から約1.4倍まで伸ばすことが可能なディスプレーです。これまでの研究と比べても、高い伸張率といえます。ここで注目いただきたい技術が、発光素子と発光素子をつなぐ伸縮可能な配線です。特別な素材を使うことによって、1.4倍程度に伸びても断線することなく電気を供給することができます。


――これまでの研究で苦労したことや、今後の課題などを教えてください。

苦労したのは、ガラスのような固い素材の上ではなく、ゴムという柔らかい素材の上にディスプレーを形成する点です。また、ゴムは熱に弱いという点にも苦労してきました。現在、我々が使っているゴム素材は耐熱温度が90度となっていて、それ以上の温度環境で作製することができません。

また、伸縮可能なディスプレーの実用化に向けては、その形状に合わせて映像信号を入力する技術も必要となってきます。伸縮させることで面積あたりの輝度(明るさ)が変わってきてしまうので、伸張率に応じた輝度補正などを行う技術も考えなくてはなりません。
まだまだ課題は多いのですが、これからもディフォーマブルディスプレーの技術を高め、より没入感・臨場感あふれる視聴体験を生み出すことに挑戦していきたいと思います。


NHK放送技術研究所・新機能デバイス研究部
中田充(なかた・みつる/ 2010年入局)

前職は、電機メーカーでディスプレーを研究。
初任地は放送技術研究所。その後、フレキシブルディスプレーの研究に携る。


▼「技研公開2023」インタビュー記事▼
【研究者スペシャルインタビュー①】
「テレビ視聴ロボット」で、失われつつある“お茶の間コミュニケーション”を取り戻せ! | ステラnet (steranet.jp)
【研究者スペシャルインタビュー②】
あなたが見ているその映像は、AI(人工知能)が作っている…かもしれない!? | ステラnet (steranet.jp)