「NHK放送技術研究所」が最新の研究開発成果を一般公開する「技研公開2023」が、6月1日(木)〜4日(日)に世田谷区砧で開催される。今年は、4年ぶりに事前予約なしで、誰でも来場できるリアル開催となる。
今年のテーマは「メディアを支え、未来を創る」。現行の放送サービスを支え、未来のメディアを創るための最新の研究成果から14項目が展示される。
詳しくはコチラ↓
https://www.nhk.or.jp/strl/open2023/
「技研公開2023」の展示の中から注目したい研究を担当者のインタビューを交えて紹介。今回はアクセシビリティーを高める技術(ユニバーサルサービス)のひとつ、展示⑧「テレビ視聴ロボット」について、ネットサービス基盤研究部・萩尾勇太さんに聞いた。
――「テレビ視聴ロボット」は、どんな未来を目指している研究ですか?
近年、インターネット技術の進化とモバイル端末の普及にともない、私たちのライフスタイルが大きく変化しています。今年は「テレビ70年」の節目にあたりますが、かつてのようなお茶の間で家族そろってテレビを視聴するスタイルは少なくなっています。また、録画システムや「NHKプラス」などの視聴アプリにより、見る時間や場所を選ばずに番組を楽しめるようにもなりましたね。
その一方で、テレビ本来の魅力でもあった、家族や仲間たちと番組の楽しさや感動、気づきなどを気軽に共有することができなくなっています。代わりに今では、SNSやブログなどを通して、それらが行われているのでしょう。お年寄りやSNSが苦手な人にとっては、コミュニケーションの機会が減ってしまい、リアルな人のつながりが失われていく危険性もあります。
そこで、テレビを視聴することで生まれるコミュニケーションを、ロボットで創れないかという発想からこの研究がスタートしました。現在ではロボットの開発が進み、人と一緒にテレビを視聴することで、その時の気持ちを言葉や一定の動作によって表現することができるようになりました。
――今回の展示⑧では、どんな研究成果が見られるのでしょうか?
今回は、リアルなテレビ視聴ロボットに加え、ウェブブラウザで動作してスマホやタブレットでコミュニケーションをするロボットも展示していますので、あわせてご注目いただきたいと思います。
そのロボットの機能面で、AIを活用して発話文章を生成する仕組みを紹介しています。従来は、放送中の番組からキーワードを抜き出し、それを事前に用意しておいた大量のテンプレート文のいずれかに当てはめて表現していました。ただ、固定されたパターンなので、組み合わせがよくないと、ちょっと違和感がある表現も多くて困っていました。そこで今話題のChatGPTに代表される生成系のAIに用いられているTransformerと呼ばれる深層学習モデルにより文章生成する方法に変えました。
具体的には、テレビ番組の字幕を入力し、そこからロボットの発話文章をAIによって生成するといった仕組みです。事前にデータを作って学習させたモデルをもとに、よりリアルな文章の生成が可能となりました。「おっ、いいこと言っているな」なんて感じることも増えてきました。
もう1つは、ロボットによる感情表現です。ロボットが人と一緒にテレビ視聴するときに感情の共有ができると、一緒にテレビを楽しんでいるという空気感が生まれると考えました。研究では、ある番組シーンの時にロボットがどういう動作をすると、人はどんな感情と読み取るのかといった調査を行い、その結果から動きを決めています。ロボットの動作と感情の結び付きについては、芝浦工業大学と共同研究を行っています。
その中で、人間とは逆に、自由度が少ないロボットならではの表現など、新たな可能性も見えてきました。例えば、ロボットの目や尻尾にLEDを組み込み、その動きや色によって感情を表現しようというものです。これらの感情を表すロボット動作については、ぜひ展示ブースで体験していただきたいです。
――これまでの研究で苦労したことや、今後の課題などを教えてください。
今回は、ウェブブラウザで動作するロボットもディスプレイで展示しているのですが、実はこれはロボットの開発をするためのツールでもあります。ひとつのテーマに、多くの研究者が携わることはなかなか難しく、また何台も実験用のロボットを試作することも大変です。
そこで今回、ウェブ上で動くロボットアプリを開発し、動作を確認したり、形や色を変えてテストを行ったりしています。アプリ単体としては、個人ユースとなりますが、実際のロボットの開発において、発話文章の生成処理などをクラウド上で共通化することで拡張性が高まり、効率的に研究開発を行うことができるようになりました。
今後は、周囲の人と「テレビ視聴」体験を共有するコミュニケーションロボットの開発とともに、これまでNHKが蓄積してきた膨大な番組データを、この研究に活用することにも取り組んでいきたいと考えています。
NHK放送技術研究所・ネットサービス基盤研究部
萩尾勇太(はぎお・ゆうた/ 2015年入局)
学生時代は半導体チップの設計方法などを研究。
初任地は福島放送局。2年目以降はVE(ビデオエンジニア)など、番組技術業務を担当。2018年より、技研で同研究業務に携わる。