野の花画家として知られるやまやすさん(82歳)のギャラリー「外山康雄 野の花館」。古民家を再生した建物には、外山さんの水彩画と、それに添えた本物の野の花が織り成す、穏やかで温かい空間が広がっています。ギャラリーを作ったきっかけや野の花への思いなどを伺いました。
聞き手/須磨佳津江

絵を手放したくなくて始めたギャラリー

——たくさんの絵が少し低い位置に展示され、その前に同じ花が飾られている、独特のギャラリーですね。

外山 初めて展覧会を開いたとき、飾るスペースがあまりなかったので、絵を床に置いたんですね。そして主催者の方が、絵の傍らに花を添えてくださいました。それが野に咲いているようなとてもよい雰囲気だったので、このような展示をするようになりました。また、野山に行けない方も大きさや雰囲気が分かるように、ほぼ原寸大で描いています。

——野山を歩いて花を見る楽しみをおすそ分けするといったところでしょうか。ギャラリーを始めたのはおよそ20年前の60歳のころで、絵を描くようになってしばらくたってからだったと伺いました。

外山 はい、野の花を描き始めたのは30代くらいからです。そのうち駅の構内やデパートなどで展覧会を開く機会に恵まれるようになり、そこで絵や絵はがきを売っていました。おかげさまで好評でしたが、心のどこかでは絵を売るのが嫌というか。見ていただけるのはうれしいんですけど、手放すのが寂しいというか……。

東京のギャラリーから絵を売ってほしいと言われたこともありました。せっかくだからと売る決心をしたんですが、直前に熱が出て寝込んでしまったこともあり、そのお話は結局、お受けしなかったんです。

——もしかして絵と離れ難くて熱が出たんでしょうか?

外山 そうかもしれません(笑)。デパートでも最初は原画を売らなくちゃ売り上げにならないから、せっせと売ってたんですけれど、途中で店員さんから「あなたは絵が売れると表情が暗くなるね」なんて言われてました。

それで絵を手放さないで済む方法はないかと考えて、将来的にはギャラリーをやれたらと漠然と思っていました。そうすれば絵をいつでも見てもらえるし、自分の手元にも残りますからね。


花や人との出会いに幸せを感じて

——「野の花館」を開くとき、不安はありませんでしたか?

外山 展覧会などでは皆さんに喜んでいただいていたのでなんとかなるかなという気持ちもありましたが、恩師にはむちゃだと反対されました。それでも家内が「好きなようにやれば?」と言ってくれたのはうれしかったです。

また私のことを心配して、いろんな方が助けてくださいました。ギャラリーの前の花壇に山野草を植えてくださった方もいましたし、「家にこんな花が咲いたよ」「山でこんなのを見つけたよ」と持ってきてくださる方もいて。

今も近所の方は「うちで咲いたら勝手に持っていっていいからね」っておっしゃるので、それを飾らせてもらっています。花と出会ったことだけでなく、人との出会いにも感謝ですね。多くの人の応援に支えられて続けてきたギャラリーなんです。

——ところで外山さんはなぜ野の花を描くようになったんですか。

外山 油絵で人物を描いていたこともあるのですが、なかなかモデルがいなくて。スケッチブックを手に散歩に出たとき、ふと野の花が目に留まったのがきっかけです。それが30代半ばで、印刷会社でデザイナーのような仕事をしていたころでした。

花の絵を描くようになって気が付いたのですが、例えばナデシコもお花屋さんにあるものと自然に咲いているものでは姿や趣が全然違うんですね。ギャラリーを開き、山野草を大事に育てている方が届けてくださるようになってから、ますます日本の花に興味が出て描き続けています。

ギャラリーは旧家・平賀家の住まいを譲り受けたもの。杉やひのきではなく雑木の大木を利用しており、雪国の建物らしく黒く太い梁(はり)などが特徴。

——外山さんは植物のとても細い茎が風に揺れてそよぐ様子を、繊細な線で描いていらっしゃいます。

外山 草花は地面から水を吸い上げて生きていますよね。茎の中には水の通り道があるわけですから、どんなに細くてもきちんと描いてあげないと水がこぼれてしまいます。下描きで形を立体的にスケッチし、茎の節目にちゃんと膨らみも持たせて、そこで水が一旦休憩してから花に上がる様子をイメージします。彩色もササッと塗るのではなく、葉っぱの付け根や雌しべ雄しべの立ち上がりなども丁寧に描きます。

——外山さんの作品は、植物画のボタニカルアートとは違うんですか。

外山 ボタニカルアートは正確さが求められますが、私はスケッチで強弱をつけて感覚的に描きます。生きている花のはかなさや力強さを描きたいと思っています。

——こんな繊細な絵を描くには、何か特別な道具を使っていらっしゃるんですか。

外山 いえ、下描きのデッサンは、製図などに使うステンレスの0.3ミリのシャープペンシルです。芯が折れることもなく、細い線も描きやすいので便利です。筆は印刷会社にいたころも使っていためんそうふでです。習字の小筆の半分ぐらいの太さですが、葉っぱも細い茎もこれ一本で塗れるので安上がりで非常に重宝しています(笑)。


神様が作った造形のすばらしさを伝えたい

——さまざまな植物の色や部位を、たった一本の筆で描いてらっしゃるんですか。

外山 そうです。大きいバケツに水を用意して、筆を洗いながら描いています。面相筆は根元までおろせば広く使えるので、大きい葉っぱもちゃんと塗れます。
絵の具は小学生のときから使っているメーカーのものです。以前デパートで展覧会を開いたとき、その会社の方が「もう製造をやめるので」と在庫を届けてくださいました。鉛のチューブから出す昔ながらの絵の具でとても使いやすいんです。150歳まで描けそうなほど(笑)たくさんいただきました。

——長く描き続けていて野の花をどんなふうに思っていらっしゃいますか。

外山 人間の想像力なんて大したことないなあとつくづく思います。花のつくりはいつ見てもすごいんですよね。だから本物の花を見て描けば、神様が作った造形のすごさとかそういうものを伝えられるのではと思い、できるだけ忠実に写生するように心がけています。小さな花の世界ですが、周りには小宇宙が広がっていると感じます。おかげであまり知らなかった花のことも詳しくなりました。

しかし最近では草刈りが盛んに行われ山の環境も変わったため、消えてしまう花がずいぶんあるのが残念です。あるとき展覧会で涙を流している男性がいらっしゃいました。田舎にこの花があったのを思い出して懐かしくなられたそうです。花の絵でも人を喜ばせることができるし、花そのものに感動させる力があるのでしょう。

目の高さに花を置き、愛用の面相筆を手に野の花を描く外山さん。

——今の外山さんの夢は何ですか。

外山 ギャラリーが手狭になってきたので、もう少し広いスペースが持てるといいですね。花によっては距離を取って静かに見た方がいい花もあればぐっと近づいて見たい花もあるし、そのときの気持ちと花に合わせて楽しめるのが理想です。いずれは車椅子の方も移動しやすい通路を作り、描きたい方には少しアドバイスできるようなコーナーも作れたらいいですね。

インタビューを終えて 須磨佳津江アンカー

優しさあふれる「野の花館」は、外山さんのおっとりしたお人柄そのもの。外山さんは穏やかな方で、一度会うと、みんなファンになってしまいます。また、立ち姿も美しいのです。年を取らない妖精では? と思ってしまいました!
左から外山さん、妻の美代子さん、須磨アンカー。「野の花館」にて収録の日に。

※この記事は、2022年10月26日放送「ラジオ深夜便」の「野の花絵に野の花を添えて」を再構成したものです。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2023年2月号より)

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