松本潤主演の『どうする家康』。
初回の世帯視聴率15.4%は、歴代ワースト2と批判する声がある(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
ところが視聴データを分析すると、従来の視聴率とは別に、新たな可能性を持つスタートを切っていたことがわかる。
挑戦的な作りが随所に見られるが、それが視聴者の見方にどう反映しているかを調べてみた。
視聴の総量はイマイチ
視聴率が振るわなかったことでわかる通り、初回は視聴の総量はパッとしなかった。
前回の『鎌倉殿の13人』と比較してみよう。
関東地区で130万台以上のCTV(インターネット接続テレビ)で、番組の視聴実態を調べるインテージ社のデータでは、番組が始まる前後で今作の勢いは既に負けている。
大河ドラマは通常、開始数分前から開始後数分で視聴者が急増する。
視聴者は日曜8時ちょうどに、寸分の狂いもなく見始めるわけではない。「ぼちぼち始まるよ」とか、「しまった、8時になってしまった」などとつぶやきながら、あわてて大河にチャンネルをあわせている。
例えば開始5分前からの10分間。
『鎌倉殿の13人』は接触率を3.3%上げたが、『どうする家康』は2.4%にとどまった。この間にチャンネルを合わせた人の数は15%ほど少なかったのである。
三谷幸喜3作目と比べて、徳川家康という誰もが知っている武将にもかかわらず、人々の期待の大きさには大きな差があったと認めざるを得ない。
では視聴者層はどう違っていたのか。
スイッチメディア社のデータによれば、両番組では女性層に大差があった。まずF4(女性65歳以上)は、過去3作では17%前後と高値安定だった。
ところが今作では急落した。
直近3作と比べると、3割以上も下がった。65歳以上の男性との関係でも、従来は女性の方が1割ほど高かったが、今作では2割も低くなった。
「おちゃらけ過ぎ」「安っぽい演出」「ロゴも妙にポップ」など、年配女性にはテイストが受け入れられなかったようだ。
一方で若年層にはよく見られた。
FT(女性13~19歳)では近年の最高値。『鎌倉殿の13人』と比べても、1.5倍と数字が急膨張した。
F1(女性20~34歳)も同様だ。
やはり近年トップで、前作より1.4倍と大躍進を果たしていた。
松本潤×有村架純の威力
インテージ社は、膨大な数のテレビで流出率も割り出している。
番組途中でチャンネルを替えたりテレビを消したりした人の割合だ。これで見ると、『どうする家康』の方が『鎌倉殿の13人』より視聴者に逃げられていない。
特に始まって8~9分から50分くらいまで、物語に魅せられていた人が多かったことがわかる。この合計40分余りで比較すると、脱落者の総数は2割ほど少ない。2話分を1話に圧縮したように物語の展開が早いという声が少なくないが、このテンポは成功だったようだ。
ではどんなシーンが人々を魅了したのか。
まず前半で大きいのは駿府と三河の暮らしぶりの落差。しばらく会っていなかった家臣たちの貧相ぶりに、家康が戸惑う状況に視聴者が注目していたことがわかる。
それより大きかったのは、松本潤と有村架純によるシーン。
歴史上の偉人の物語なのに、人形あそびや鬼ごっこに興ずる二人が初回序盤に展開される。いつもの大河を期待していた人には拍子抜けだったかも知れないが、意外に視聴者はハマっていた。
また出会って20分ほどで、二人は結婚して子供が出来てしまった。
そして圧巻は、桶狭間の戦いに家康が出陣することになり、二人が最後に時を過ごしたひと時だ。
逃げ出そうかと思っていたが、米を運ぶだけの役目としり二人は安心する。家康が瀬名のお腹に手を当てたり、逆に瀬名が家康の手に唇を寄せたりするシーンがある。そして最後は二人がキスをする直前で、シーンは次へと展開しる。
この儚い幸せは、戦という嵐の前の静けさだった。
ここでも視聴者が、画面に張り付いていたことがデータから浮かび上がる。
戦場での意外な展開
普通の大河と異なるテイストは、戦場でも発揮される。
そして視聴者は合戦のシーンより、ちょっと異なる場面に注目していたようだ。
例えば合戦前の三河陣内。今川義元(野村萬斎)と家康の「王道と覇道」についてのやりとりは、それまでの最高記録となった。
従来の義元のイメージを覆す描き方だが、この知性にあふれ、人徳を備えた人物像に視聴者は吸い寄せられていた。
そして合戦の後の大高城内。
先に城に駆け込んだ家康が、なんとか戦場を潜り抜けた家臣たちと再会を果たしたものの、雲行きが怪しくなる状況も、合戦前の三河陣内と同様に最高記録となっている。
「どうする家康」という切り口が、さまざまなアプローチで演出されているが、こうした挑戦的な場面に視聴者がビビッドに反応していることがわかる。
視聴者層が一変!
これらの結果、初回の視聴者層はこれまでと大きく異なった。
まず注目すべきは“歴史好き”と自認する人々。
近年の初回を比べると、戦国時代の『麒麟がくる』と幕末維新の『青天を衝け』は、大河の定石通りに同層に人気だった。
ところが新たな挑戦に踏み出した『鎌倉殿の13人』は、同層の数字を2~3割下げた。さらに今作は半分近くまで下落した。
ところが“女子高生”や“タレントに興味”層で急伸した。
“女子高生”は前作の1.7倍、“タレントに興味”層も1.2倍強、『麒麟がくる』比では1.8倍の大躍進だったのである。
「推しが主演なので昨日はドキドキしながら観た」
「松本潤と有村架純の夫婦可愛い」
「好きな芸能人が出ているというだけで何度も諦めてきた大河ドラマを見るモチベーションが上がる」
新たな演出やテイストも、力を発揮していた。
これまで大河ドラマを敬遠してきた層が惹きつけられていた。
「初大河デビューを果たしました。歴史苦手ですが、とても面白かったです」
「現代風にアレンジされていて面白いなーと思いました」
「今年は観てみようかな~」
「(一度もちゃんと観たことなかったけど)次も観たいって初めて思った」
そして忘れてはいけないのがSNS利用者。
1日2時間以上のヘビーユーザーでみると、前作から今作にかけ数字が飛躍している。『麒麟がくる』と比べ、3.6倍の大躍進となった。
歴史が苦手という人も、『どうする家康』は引き込んでいる。
若年層がよく見ているので、学校で「昨日大河見た?」という会話が飛び交いそうだ。さらに口コミ以上に、ネット上での拡散が今後は追い風を引き起こす可能性もある。
視聴率が低いのは問題ではない。
視聴データを精査すると、今後の可能性が感じられる。少なくとも、新たな視聴者層を開拓している点は評価すべきだろう。
「どうする?」と困惑する松本潤・家康の、新たな人間性を2話以降に期待したい。
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。