「戦わずしてあきらめはしない」理不尽な権力へ抗議する魂の曲の画像
ウクライナ最高のロック・シンガー、スラヴァ ロシアのウクライナ侵攻後、軍に志願した

何者なのか? おれの人生を根こそぎ奪うのは。
誰だ? おれの生き血をすすり、酔いしれるのは。
おまえか? おれをよびつけ、服従をもとめるのは。

たとえおまえが誰であろうと、おれたちは屈しない
戦わずしてあきらめはしない

戦わずしてあきらめはしない
戦わずしてあきらめはしない

―スラヴァ&オケアン・エリズィ「Without Fight」より

迫力あるライブ映像を、まずごらんください。
ウクライナの英雄的ロック・シンガー、スラヴァが熱唱します。
歌のタイトルは、「戦わずしてあきらめはしない」。

スラヴァの本名は、スビャトスラフ・ヴァカルチュク。
ウクライナばかりでなく、欧米でも活躍する伝説のロック・シンガーです。
歌にこめられた感情の強さ、深さ、そしてライブにおける表現力、観客との一体感は驚異で、燃えるように鮮烈です。

何万人でしょうか。会場を埋め尽くしたウクライナの若者たちは、
戦わずしてあきらめはしない」という言葉を、声をふりしぼって合唱します。

戦わずしてあきらめはしない!
戦わずしてあきらめはしない!

その声が地響きのようにひろがり、会場を揺るがすのがわかります。
ウクライナに渦巻くマグマが噴火したかのようです。

■スラヴァ「戦わずしてあきらめはしない」2016年8月25日

ウクライナの歴史をかえた「マイダン革命」(2013-2014)。
そのときから、この歌が、レジスタンスのテーマソングになりました。
マイダン(独立広場)にこの歌が響いた時、25万人の抗議者には、自分たちを鼓舞するメッセージのように聴こえたのです。

「マイダン革命」は、8年間におよぶウクライナのレジスタンスの原点です。
スラヴァ自身も、マイダン革命に積極的に参加していました。
なぜウクライナの人々は、マイダンに集って、抗議の声をあげたのでしょうか。

尊厳の革命 2013-14冬 市民は人権の尊重と民主主義の定着をのぞんだ

2013年11月21日、ウクライナのヤヌコーヴィチ大統領は、突然、EUとの関係を強化する連合協定への署名を拒みました。ロシアの圧力に屈し、民意をふみにじったのです。

プーチンは陰に陽に、ヤヌコーヴィチに圧力をかけていました。EUと縁を切り、西側に対抗して、ロシア中心の「ユーラシア経済同盟」に加われ、というのです。

若者たちは絶望しました。
ヨーロッパへの扉は閉じられるのか。海外で学ぶ機会は夢に終わるのか。法の支配も、言論の自由も、幻に終わるのか。またしてもロシアに隷属するのか。

若者ばかりではありません。ヤヌコーヴィッチの軽挙妄動に、多くのウクライナ人が堪忍袋を切らしました。

マイダン革命の一部始終を取材した歴史家のマーシ・ショアによれば、ヤヌコーヴィチは「ソヴィエト崩壊後の腐敗、オリガルヒ支配、ギャング的行為を一身に体現する存在」でした。

首都キーウの独立広場(マイダン)は、抗議する大群衆で埋め尽くされました。
若者を支援する抗議者がウクライナ中から続々とマイダンへやってきたのです。

ヤヌコーヴィチは権力を奪うために、「不正選挙、政敵の毒殺未遂」にまで手を染めたギャングもどきの人物。法をふみにじって権力をわがものにし、オリガルヒとつるんで国家を私物化していました。
「法の支配」は見せかけにすぎず、「司法制度は個人が金で自由にできたし、警察は自由裁量」でした。

このような権力者のもとで、子どもたちや若者がまともな人生を歩めるでしょうか。「私たちの子供たち」を護るため、父親、母親、祖父母、退役軍人もマイダンへやってきて、抗議の炎を燃やしました。

多民族社会ウクライナを反映してフツル人の羊飼いもいれば、クリミア・タター
ルの農民もいます。キーウのIT技術者やリヴィウの学生もいる。
抗議が広がるにつれ、多様な抗議者の連帯は深まりました。

ウクライナ人にとってマイダンの交流は、魂が生まれ変わるような体験でした。

マイダン革命は、「尊厳の革命」ともよばれています。
自由をめぐる戦いは、ウクライナの映画作家ロズニツァの「マイダン」というドキュメンタリー(カンヌ映画祭参加)や、アフィネフスキー監督の「冬の炎 ウクライナ・自由への闘い」(アカデミー賞ノミネート)で克明に描かれています。

ここではその二作品の公式トレイラーをご紹介します。マイダン革命の熱気と弾圧の非情さが伝わってきます。

■ロズニツァ監督「マイダン」(カンヌ映画祭参加作品)公式トレイラー(2分21秒)

■アフィネフスキー監督「冬の炎 ウクライナ・自由への闘い」トレイラー
(1分57秒)

そのさなか。2013年12月14日。25万人もの人々がスラヴァの企画したオケアン・エリズィのコンサートめがけて殺到しました。
マイダンの気温はマイナス7度。しかしスラヴァはTシャツ一枚で熱唱します。
最高潮は、「戦わずしてあきらめはしない」
若者ばかりでなく、ありとあらゆる抗議者が、広場でこの歌を合唱しました。

戦わずしてあきらめはしない!
戦わずしてあきらめはしない!

2014年2月20日以降、追いつめられたヤヌコーヴィチ政権は、理不尽な暴力をエスカレートさせます。催涙弾、ゴム弾、放水銃。ヤクザ者やフーリガンまで動員。抗議者を拉致し、容赦なく拷問します。
さらには実弾で抗議者を狙撃し、残虐な大量殺戮に手をそめます。

しかし、マイダンの抗議者は、決してあきらめません。火炎瓶で治安部隊に抵抗し、いのちをかけて抗議をつづけます。
鎮圧に失敗したヤヌコーヴィチは、保身を図り、ロシアに逃亡しました。

2014年6月、ウクライナはEUとの連合協定に調印。民主改革へのおおきな一歩を踏み出します。

国際法を無視 クリミアとドンバスに軍事介入したプーチン

2014年3月、プーチンは「マイダン革命」の混乱に乗じ、国際法をふみにじって、クリミアを併合。ドンバスにも秘密部隊を送って軍事介入しました。

プーチンは、マイダン革命を「欧米が仕掛けたファシストのクーデター」とするプロパガンダを捏造し、クリミアやドンバスへの軍事介入を正当化していますが、マイダン革命は、ファシストのクーデターでもなく、西側の作戦でもありません。
事実は、普通の市民が、汚職まみれの大統領に怒って立ち上がった反乱です。
それから8年。ウクライナのたたかいは、いまもつづいています。

スラヴァの歌「戦わずしてあきらめはしない」は、2022年のいまも、理不尽な権力へ抗議する抵抗のサウンドトラックとして、歌われ続けています。

スラヴァのことばです。「残念ながらマイダン革命のあとに起きたことは、いいことばかりではなかった」「しかしゆずれないことは『選択の自由』、そして尊厳に価値を置くということだ。マイダンは僕の魂を変えた」


スラヴァ 宇宙物理学者・ロックシンガー・改革者

スラヴァは、人気・実力ともに、ウクライナ最高のロック・ミュージシャンです。ウクライナの独立からまもなく、19歳の時に、伝説のバンド「オケアン・エリズィ」を結成、当時も今も、若者を中心に絶大な支持を得ています。

スラヴァは、おどろくほどユニークな経歴の持ち主です。

リヴィウ大学では、宇宙の神秘をときあかす「超対称性理論」の研究に没頭しました。博士号をとり、アメリカの大学で研究を続ける道もひらけていました。

しかしスラヴァは、1998年突然キーウに移って歌を作り始めました。音楽への情熱をあきらめることができなかったのです。24歳でした。

音楽の道を選択したことは、「僕の人生でもっとも大胆、かつ重要な一歩だった」とスラヴァはふりかえります。その決意は、リヴィウ大学の学長であった父親の期待にそむくことでもありました。
しかし父親は反対しませんでした。人生を自分の意志でえらびとる「選択の自由」こそ、親子にとって譲れない価値であったからです。

のちにロンドンの大学にまねかれたスラヴァは学生に語っています。
「個人的自由という価値観は、物理の法則みたいにはじめから与えられているものじゃない。それは『選択』によって勝ち取るものなのだ」

「選択の自由」。スラヴァは、ウクライナにもそれが必要だと考えています。

百年のあいだ、ウクライナは、ロシアとソビエトの圧政の下で、みずから未来を選択する自由を奪われ、理不尽な隷属を押し付けられてきました。
だからこそ「選択の自由」を求めなくてはならない、とスラヴァはいいます。
自由がなくては、どのような未来も描けません。

スラヴァは有能な活動家 その発言はウクライナで大きな影響力をもつ

スラヴァは2005年のオレンジ革命以来、音楽活動のかたわら、言論の自由、汚職の撲滅、法の支配、民主的な改革を要求する若者と共闘しました。

プーチンによる2014年のクリミア併合ののちは渡米し、スタンフォード大学やイェール大学のワールド・フェローとして、政治学の研究に打ち込みます。

帰国後、国会議員になり、ウクライナ議会の副議長をつとめました。あたらしい政党もたちあげました。
「未来の人々」という慈善基金、さらにウクライナの改革と持続可能な経済成長をめざすシンクタンクの創設に携わり、欧米の指導者とも交流しています。

スラヴァが求めるウクライナのヴィジョンとはどのようなものでしょうか。

「ウクライナは共通の言語や祖先にもとづくのではなく、自分たちの将来をと
もに見据えようという覚悟をもつひとびとの国家になるべきだ」
「自分たちが欲し、価値あると信じたものについて共通の選択をした人々で構成される民主的な社会に」


3年前の世論調査では、ウクライナ人の3人に1人がスラヴァを大統領にふさわしい人物とみなしました。しかし、スラヴァは政治家としてのキャリアから距離をおき、ふたたび音楽に専念しました。
音楽こそ、ウクライナに変化をうながす力になると信じたからです。


史上もっとも危険なロック・ツアー

2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵略が世界を驚愕させました。
しかし、スラヴァは、いつかこうなるのでは、と予想していました。

「いつかこの日が来るとおもっていた。なぜなら、ロシアのエリートは、ウクライナを正しく認識できていなかったからだ。百年にわたる政治支配のDNAのせいだろう、ロシアは、ウクライナが自分の意志ですすむべき道を選択するなど、ありえないとかんがえていた」

「『ロシアの一部であることを拒絶し、ヨーロッパの一員でありたい』というウクライナ人の切実な願いをロシア人は理解できないし、理解する気もない」

ロシアは国際法を無視して民間人を狙い撃ち、残虐な攻撃をくりかえしました。
多くの子ども、女性、老人が犠牲になっています。拉致や強制移送、虐殺。ロシアの戦争犯罪の証拠は、国連や人権団体によって、多数、集められています。

2022年11月現在、ウクライナ軍の戦死者は10万人を超えるという(米軍の推定)

2022年、ロシアの残虐行為がエスカレートするさなか、スラヴァは志願して軍に入隊しました。かれは志願した理由を「Rolling Stone」誌に語っています。

「音楽を愛するひとは、平和主義者です。ロシアの侵略がはじまるまで、わたしにとっての信条は、ジョン・レノンの『イマジン』でした。そのメッセージは、いまでも私の心から失われていません。魂に刻まれています」

「しかし、眼の前で、侵略者がわたしたちにとってかけがえのないものすべてを破壊しようとしているのをみれば、なにかが変わります」

「ロシアは民間人を標的にしています。病院や保育園にミサイルを撃ち込み、子供たちを殺す。女性を殺す。多くの民間人が日夜、無差別爆撃の犠牲になっています。ロシアはウクライナを地上から消し去ろうとしているのです。ヒトラーの戦争犯罪に匹敵する卑劣な行為です」

「わたしたちはいま、戦士にならざるを得ない。ほかに選択肢はないのです。ウクライナを護るために、どうしてもさけられない戦いなのです」


軍がスラヴァに与えた使命は、ミサイルの攻撃をくぐりぬけ、最前線の戦場、病院、ひとびとが避難している防空壕に食糧や燃料を届けることでした。

それだけではありません。軍はスラヴァに、戦場で歌うことを求めました。

傷ついた兵士、愛する家族を失った避難民の心を、音楽の力によって、少しでもケアすることは、できないだろうか。スラヴァは軍の申し出を快諾しました。

しかし、いざ戦場をめぐり、残骸と遺体を目撃すると、スラヴァの心はくじけそうになりました。涙があふれてとまらない。こんな精神状態で、歌えるのだろうか。

それでも歌わなくてはならない。

兵士や避難民は、スラヴァの訪問を心から喜びました。
打ちひしがれた人びとは歌を、音楽を、求めていたのです。
スラヴァの熱唱に心を動かされ、皆がともに歌いはじめました。
音楽がひとの心にふきこむ大きな力。スラヴァは奮い立ちます。


わたしを抱きしめて Embrace Me

焼け跡で、病院で、そして戦場の最前線で、スラヴァがくりかえし歌った、胸を打つ曲があります。「わたしを抱きしめて」。歌詞の内容を紹介します。

いつか戦争が終わる日が来る
魂をうしない 立ち尽くすだろう
地獄はもうたくさんだ

抱きしめてほしい わたしを

抱きしめて 抱きしめて 抱きしめて
そっと優しく もう離さないで
はやく春をよみがえらせて

ほんとうだろうか
もういちど 
あたたかな涙を感じられるだろうか

抱きしめてほしい わたしを

抱きしめて 抱きしめて 抱きしめて
そっと優しく もう離さないで
春をよみがえらせて

■「わたしを抱きしめて」スラヴァ&弦楽クアルテット

ハルキウの爆撃跡で撮影され、ヴェネツィア・ビエンナーレで上映されました。

「わたしを抱きしめて」は、愛するひとを奪われたウクライナ人の感情をゆさぶりました。多くのミュージシャンがこの歌をカヴァーしています。
そのひとり、Ivan Rozinはこの歌についてこう語っています。

「スラヴァが書いたこの曲は、いまやウクライナのために祈る歌とみなされています。引き裂かれた家族が絆をとりもどし、憎悪で傷ついた魂をいやすことを祈る歌です。どうか『わたしを抱きしめて』を聴いてください。そしてこの歌の中に、つかのまの避難所をみつけてください。わたしたちは生きています。戦っています。祈っています。わたしたちは勝利します。わたしたちはウクライナ人です」

そのIvan Rozinによる歌と演奏をお聴きください。
Ivanも、深くこころに届く声のもちぬしです。

■「わたしを抱きしめて」(カヴァー・ヴァージョン)

最後に少女の祈りがきこえます。
「わたしは祈ります、マリウポリのために。ハルキウのために。キーウのために。スーミのために。ヴォルノヴァカのために。チェルニーウのために。ウクライナのために。」

愛する者の抱擁がどれほどかけがえのない行為なのか。
胸がしめつけられます。

■「わたしを抱きしめて」(オーケストラ&パフォーマンス)

オーケストラ版です。廃墟で撮影されたパフォーマンスも真に迫っています。
ウクライナには、すばらしい才能をもつ演出家、コレオグラファー、音楽家がひしめいています。ウクライナ人の思いがみごとに表現されています。

映像のなかに、スラヴァのメッセージもインサートされています。
「来る日も来る日も、ロシアはウクライナの子どもたちを殺している。決して許してはなりません。これは第二次世界大戦以後、最悪の、人間性に対する犯罪です。いまこそ声をあげましょう。子どもたちを救うために」

■「わたしを抱きしめて」(兵士の演奏会 大統領も出席)

兵士に感謝するコンサートです。ゼレンスキー大統領も出席しています。
兵士が心を込めて「わたしを抱きしめて」を歌います。
背景に、スマホで撮影された映像が流れます。生還した兵士が、こどもたちと再会する瞬間です。なにか神々しく、侵しがたいものが伝わってきます。
ゼレンスキー大統領ばかりでなく、聴衆はあふれる涙を押さえられません。

2022年11月末のキーウ この冬、気温はマイナス20度まで下がると予測されている

赤ん坊を殺す「ロシアの戦争犯罪」

11月23日、ロシアのミサイルがザポリージャにあるビリニャンスカ産科病院を直撃し、「生まれて二日目の赤ちゃんが死亡」しました。
ジュネーブ条約で禁止されている「病院への攻撃」がもたらした、とりかえしのつかない残虐行為です。

ロシアは、先週、民間インフラを狙い撃つすさまじい爆撃をおこない、「エネルギーインフラのおよそ半分を破壊」しました。
「現在一千万人が電力を喪失」し、闇と寒さに震えています。

WHO(世界保健機構)は、21日、「ロシアの侵略が始まって以来、医療インフラに対する攻撃が703件に達した」と報告しました。

さらにWHOは、「ウクライナの医療制度は最悪の日々に直面しており、この冬、何百万人もの命が危機にさらされる」と警告しています。

産科病棟には保育器が、血液銀行には冷蔵庫が、集中治療用ベッドには人工呼吸器が必要です。しかしWHOによれば、「何百もの病院がロシアの攻撃でインフラを破壊されたため、すべての土台となる燃料、水、電気が足りない」のです。

エネルギー・インフラへの攻撃は、民間人のいのちと生活を破壊するテロ行為です。EUの欧州議会は23日、ロシアを「テロ支援国家」と認定する決議を可決しました。「ロシアによる病院、学校、避難所、エネルギー施設など民間人を標的とした軍事攻撃は国際法に違反する」と厳しく非難しています。

一方、国連の調査委員会は11月22日、「ロシアの占領下にあったウクライナ領のすくなくとも四つの地域で、処刑や拷問、性犯罪など、明白な戦争犯罪がおこなわれていた証拠を得た」と発表しました。

調査団は、キーウ州・ハルキウ州・スームィ州・チェルニーヒウ州の4地域で27の集落や町を訪れ、150人の被害者および目撃者から証言を得ました。

国連のモース委員長は、「遺体は後ろ手に縛られ頭部を撃ち抜かれていたり、喉を切り裂かれており、処刑が行われたことは明らか」と説明しています。

「性暴力」の事例も報告されています。
「被害者の年齢は4歳から82歳まで」におよんでいました。

11月18日のロイター電。イェール大学の報告書によれば、ロシア軍のヘルソン占領下で、「226人が拉致されたり行方不明になり、その四分の一が電気ショックなどの拷問を受け、5人が死亡した」とみられています。

民間人に対するロシア軍の残虐な戦争犯罪が明るみにでたのは初めてではありません。「ブチャでは300人以上のウクライナ市民がロシア軍によって虐殺された」と見られています。戦争犯罪の証拠は枚挙にいとまがありません。

いま、子どもたちの受難がさらに深刻化しています。

BBCの現地取材によれば、ロシアが9月末に一方的に併合したウクライナの東・南部4州で、「ウクライナ人の子供が『キャンプ』や『リハビリ』の名目でロシアに強制連行され、行方不明になる」事例が相次いでいます。
子供を強制連行し、ロシアの価値観を植え付け、ウクライナ人としてのアイデンティティーを失わせる狙いではないか。記事はそう指摘しています。

ゼレンスキー大統領は今月14日のビデオ演説で、こどもの強制連行の規模を「特定されているだけで1万1000人」としています。

ウクライナ人に対するロシアの残虐行為は今にはじまったことではありません。ロシア、ソビエトは百年にわたってウクライナ人を苦しめてきました。

隷属させ、収奪し、何百万という餓死をもたらし、拉致・強制連行し、強制収容所で奴隷として酷使し、抵抗するものは粛清し、大量虐殺してきたのです。

ロシアはその事実を記憶から消し去り、自分たちに都合の良い物語に書きかえました。しかしウクライナ、バルト三国、ポーランド、フィンランドはじめロシアに煮え湯をのまされた隣接国家は、決して真実を忘れてはいません。

ウクライナがみずからの選択によって、ロシアを拒絶するのは当然です。

スラヴァは抵抗のヴィジョンをこう語っています。

「ウクライナの抵抗が第三次世界大戦を誘発するというひともいる。しかし事実は逆だ。ここでプーチンを止めることが出来なければ、それこそ世界の破滅をまねくことになる。もしロシアが勝てば、プーチンの野心はさらに燃え上がり、世界は地獄をみるだろう。プーチンの野望をとめるべきだ。ウクライナがいのちをかけてプーチンを阻止することが世界を救うことになる」
 
「ウクライナ人は覚悟を決めている。思い出してほしい。1942年、ヒトラーの無慈悲な爆撃に苦しみ、どん底にあったイギリスで、チャーチルは国民に演説した。『われわれは決して降伏しない』と。もし英国が降伏していればナチが世界を手にいれていただろう」

2022年夏。スラヴァは欧米へのツアーを決行しました。ウクライナの苦しみを訴え、支援をよびかけ、募金をあつめるためです。ブリュッセルではロック界のスーパースターCold Playと共演しました。

大観衆を前に、スラヴァは訴えます。「世界がウクライナを忘れず、支援しつづけてくれることを願います。わすれないでほしい、ウクライナの闘いは、ウクライナにとどまらず、あなたの自由と尊厳をまもりぬくたたかいなのだから」

爆撃を避け、地下室に身をひそめる ロシアの無差別攻撃は女性や子供たちを苦しめる


UA SO BEAUTIFUL

兵士や避難民を訪問したときスラヴァが歌う名曲を、最後にご紹介します。

You are so beautiful「あなたはほんとうに美しい」
ロック史に残るバラードの傑作。ジョー・コッカーの絶唱でなじみふかい曲です。

ここでスラヴァは「YOU ARE」を「UA」によみかえています。
いうまでもなく「UA」はウクライナを意味します。発音は「YOU ARE」に重なります。ですから、カヴァー曲のタイトルも、「UA so beautiful」です。

「UA so beautiful ウクライナよ、あなたはほんとうに美しい」
ウクライナを想う、スラヴァのせつないほどの愛がこめられています。

ウクライナよ あなたは美しい

あなたは 僕の望むすべて
よろこび しあわせ 夢 

ウクライナ あなたは美しい

あなたは僕をみちびく光
闇夜を輝かす 神様のおくりもの

ウクライナ
あなたはほんとうに美しい

■「UA So Beautiful ウクライナよ、あなたは美しい」

スラヴァの熱唱とともにあらわれるのは、ウクライナの豊かな大自然、子供たちや女性の笑顔、やすらぎと平和、ソビエトによる70年の圧政によって深く傷つけられたにもかかわらず、ウクライナの伝統文化を色濃く残す街並みです。

この美しい世界を、プーチンとその取り巻きは、無慈悲に破壊しました。

あらゆる国際法をふみにじって侵略し、民間人を犠牲にし、拷問、虐殺、拉致、レイプなどの蛮行を、くりかえしています。赤ん坊まで殺しています。

かけがえのない命がうしなわれ、愛でむすばれた多くのウクライナ人の心が
破壊されました。

「ウクライナよ、あなたは美しい」

スラヴァの声が、あまりにも切なく響きます。
失われたものの大きさに、あらためて言葉をうしないます。(終)


かんさい熱視線「亡命のウクラニアン 百年の記憶」(再放送)
【放送日時】11月27日(日) NHK-BS1 午前6:00~6:30 ※全国放送
【公式HP】https://www.nhk.jp/p/osaka-nessisen/ts/X4X48GXNX2/episode/te/BQ88Q57ZNE/

ロシア革命から逃れたウクラニアンは、日本でどのような生活を送り、そして、日本文化にどのような影響を与えたのか——。その詳細は上記の番組で、知ることができます。


【UNHCRの防寒支援活動の支援依頼】
https://www.japanforunhcr.org/appeal/winter_mailcopy_sg?utm_source=NewsLetter&utm_medium=email&utm_content=txt_hd_01&utm_campaign=JA_JA_NEWS_20221117_rg_a

京都大学文学部卒業、1981年にNHKに入局。特集番組の制作に従事。NHK特集「山口組」、ハイビジョン特集「笑う沖縄・百年の物語」、BS特集「革命のサウンドトラック エジプト・闘う若者たちの歌」、最近作にNHKスペシャル「新・映像の世紀」「戦後ゼロ年東京ブラックホール」「東京ブラックホールII破壊と創造の1964年」などがある。ユネスコ賞、バンフ国際映像祭グランプリ、ワールド・メディア・フェスティバル2019インターメディア・グローブ金賞など受賞多数。現在はフリーランスの映像ディレクター・著作家として活動。著書に『戦後ゼロ年東京ブラックホール』『1964東京ブラックホール』がある。2023年3月放送の「ETV特集・ソフィア 百年の記憶」では、ウクライナ百年の歴史リサーチ、映像演出を担当。