ちょっとしたひと言で相手を不愉快にさせてしまったり、コミュニケーションに自信がなかったりといった人間関係の悩みを解決すべく、言葉選びを指導するおおもえさん(52歳)。20年以上、教育相談や産業カウンセラーの育成指導に携わり、年間120回を超える研修を行っています。無意識に使っている言葉に問題はないか、豊かな人間関係を築くためにはどんな言葉を選べばよいか、具体的な例を挙げて教えていただきました。

聞き手/恩蔵憲一

相手を気遣ったつもりが不愉快にさせていませんか?

——企業や教育現場で、いちばん多い悩みが人間関係だそうですね。

大野 私の印象としては、人間関係の悩みが9割だと感じています。上司とうまくいかない、部下の指導に手を焼いている、会社に居場所がなくて精神的につらいなど、職場の人間関係に悩んでいる人が多いです。

その人間関係のカギになるのが言葉です。特に身近な人間関係ですと、言わなくても分かってくれるだろう、言わなくても分かってほしいという要求や欲求が先行してしまい、言葉をないがしろにしてしまうことがあります。たったひと言でも言葉選びを間違えると、人間関係にひびが入ったり、取り返しがつかなくなったりすることも出てきます。

人間関係を良好にするには、ネガティブなマイナス表現ではなく、ポジティブなプラス表現にすることが大切です。

例えば、元気がなさそうだなぁと思った相手に「疲れてる?」と声をかけることはありませんか? でも、これを言われた相手は「元気なつもりだったのに、疲れているように見えちゃったのか」「私、そんなにやつれていたかしら」と気持ちが落ち込んでしまうかもしれませんよね。

——相手を気遣うつもりで言った言葉が、かえって落ち込ませることになることもあるんですね。こういう場合はどう言えばいいんでしょうか?

大野 「疲れてる?」ではなく「元気だった?」と、マイナス表現からプラス表現に変えるのがいいと思います。

このほかにも、仕事がスムーズにできる人を褒めようとして「要領がいいね」と言うのも避けたい表現です。要領がいいというのは、巧みに立ち回って人に取り入るのがうまいというようなマイナスなイメージもあるからです。こういう場合は「仕事が速いね」と具体的に褒めたほうがいいと思います。

さらに助詞の違いで、印象が変わることもあります。「今日はかわいいね」と褒めたつもりが、相手が「いつもはかわいくないのか」と受け取ってしまい、けなされたように感じてしまうことがあります。こういう場合は、「今日は」ではなく「今日も」と言っていただいたほうが、褒めたい気持ちが伝わりやすいと思います。


注意は具体的に。攻撃や強制にならないように

——注意をしたり叱ったりするときの言葉はもっと難しいですよね。

大野 注意はもともとがマイナスなことなので、特に気を付ける必要があります。よく「ちゃんとしてください」「しっかりして」という言葉を使う人がいますが、自分が思っている「ちゃんと」と、相手が受け取った「ちゃんと」が違うことがあるのが問題です。

「明日の会議、ちゃんとしてきてください」と言われたら、何をちゃんとしたらいいのかな? となってしまいます。「上着を着てきなさい」なのか「資料を読み込んできなさい」なのか「遅れずに早めに到着するように」なのか、具体的に指示をすることが大事なのです。

また、「こんなことも知らないの?」と言われるのは嫌な気持ちになりますよね。情報をすべて知っているわけではないし、分からないこともあるでしょう。そういうときは「分からないことがあれば教えます」と言うほうが、相手は素直に聞きやすくなると思います。

注意をする言葉は職場でも使いますが、親子関係でもありますね。親が子どもに言いがちなのは「早くしなさい」でしょう。この「早く」というのも感覚的なものなので、避けたい表現です。「宿題は30分で終わらせようね」と、子どもができるレベルで具体的に伝えるのがいいと思います。できるレベルで指示をしないと、「早く、早く」が精神的な苦痛になってしまうので気を付けてください。

——電車の中で「そんなことをすると恥ずかしいからやめなさい!」と子どもに注意をしているのを見かけますが、そういう場合はどういう言葉がいいでしょうか。

大野 恥ずかしいのは子どもではなくて、親ですよね。ですから子どもには「こうしたほうがすてきだよ」とか「こうするとかっこいいよ」と、プラス表現で伝えるのがいいと思います。親子や家族は互いに遠慮がないので、売り言葉に買い言葉になりやすいですね。子どもが最近生意気なことを言って腹が立つ、という場合は、自分の言葉を振り返るきっかけにするといいと思います。

——職場で、特に気を付けなければならない言葉はありますか?

大野 「なぜ、こうなったんだ」「なぜ、やらなかったんだ」と問い詰めるのは、パワハラになりやすい言葉です。相手の意向や気持ちを聞かずに「なぜ」を多用すると、脅迫や叱責と捉えられてしまう恐れがあり、デンジャラスクエスチョンといわれています。

また「あなたのためを思って」という前置きも要注意です。自分が相手にしてほしいことを善意に見せかけて支配しようとしている表れで、本当に相手のことを思いやるなら、「私はこうしたほうがいいと思う」と簡潔に言うほうが、相手に伝わりやすいです。同様に「厳しいことを言うようだけれど」も、相手をコントロールしたいときに出てくる言葉で、相手への不満や攻撃に変わりやすいので避けたい言葉です。

もう一つ、簡単な言葉なのですが「けど」というのも相手を傷つけやすい言葉です。言葉の最後の止めに「けど」がつくと、次にくる言葉がネガティブになることが多いからです。「もう少し分かりやすく説明してくれるといいんだけど」という要求だったり、「早く言ってくれたらよかったんだけど」という責任転嫁だったり、「どうせ無理でしょうけど」という諦めだったり、相手が嫌な気持ちになる表現になることが多いので、「けど」が口癖になっている方は気を付けたほうがいいと思います。
(後編はこちらから)

(月刊誌『ラジオ深夜便 』2021年7月号より)

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