クオリティーの高いサウンドとこだわり抜いた映像美でJ-POPの名曲を届ける音楽番組「SONGS」。毎回、アーティストによるスタジオライブとともに、番組責任者である大泉洋の軽妙なトークが注目を集め、幅広い世代に人気を呼んでいる。
「SONGS」の見どころのひとつが、スペシャルセットでのライブパフォーマンス。アーティストが披露する楽曲やその世界観をスタジオセットで表現した、「SONGS」オリジナルのステージが大きな魅力となっているのだ。
そのスペシャルセットのデザインを長年手がけてきた、NHKデザインセンターの山口高志チーフ・プロデューサーによる特別講義が、6月23日に多摩美術大学で実施された。
この講義は、NHKの社会貢献活動の一環として、番組などの放送資産を活用し、テレビの美術・セットデザインの理解を深めてもらう出前授業という位置づけで開催。講義には、多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科で映像デザインや空間デザインを学ぶ学生たちが参加した。
実際に、学生たちには「SONGS」のスペシャルセットのデザインを制作してもらい、10月にそれを発表する場が予定されている。今回は、その第1回目の講義として、セットをデザインするうえでの心得や、アーティストへのアプローチのポイントなどを学んだ。
〇「SONGS」映像デザインの仕事の流れ
「SONGS」のスペシャルセットの制作には、収録日から逆算して約3週間前からデザインの作業がスタートする。では、実際どのようなプロセスを踏んでいるのだろうか。
①コンセプトをたてる(収録の2~3週間前)
出演するアーティストが披露する曲をもとに、どのようなテーマでスペシャルセットをデザインするのか、コンセプトを決める。
②セットを具体化する(収録の約10日前)
コンセプトに沿って、スケッチ・模型・図面を作成し、美術スタッフと共有する。
③コラボレーションする(収録当日)
コラボレーション=共同作業。完成したスペシャルセットをベースに、撮影・照明チームと、アーティストのライブをどのように撮影していくのかを確認する。
④映像を仕上げる(収録後)
収録したライブ映像の完成度を高めるため、映像効果や色彩調整などを確認し、作品を完成させる。
ふだんから行っている「SONGS」の実務をベースに、4つのプロセスについて解説した山口さん。今回、スペシャルセットのデザインに挑戦する学生たちに向けて、大事なポイントを次のように説明した。
「セットをデザインするうえで、最も核となるのが『①コンセプトをたてる』ところです。何をテーマに置いてビジュアル化していくのかをイメージする作業ですが、まずアーティストを知り尽くすことが大事。インターネットの情報に頼るのではなく、アーティストの楽曲を聴き込んでイメージを膨らましていきます。もちろんミュージックビデオやプロモーションビデオを見ますが、それをなぞるのではなく、違うアプローチを考えることが大切です」
〇今回、学生たちが挑む課題とは?
自分の好きなアーティストを想定し、「SONGS」で披露する曲を選曲。ライブ映像を通して、アーティストの魅力を伝えるためのスペシャルセットをデザインし、模型を製作する。
長年愛され続けてきた「SONGS」のセットをデザインするうえで山口さんが心がけているのは、「披露する3曲の中で、どんな展開が繰り広げられるのか。単純に曲を並べているわけではないため、45分という放送時間の流れの中で、3曲のストーリーをいかにセットで表現できるかが重要なんです」と語る。
講義では、これまで山口さんがデザインした「SEKAI NO OWARI」「松任谷由実」「桑田佳祐」「星野源」などの豪華アーティストたちのセットについて、4つのプロセスに置き換えながら、図面や実際に放送された映像を用いて解説。学生たちは、それぞれのアーティストの魅力を最大限に表現したセットが、どのように生み出されているのかを真剣に聴いていた。
さらに、「SONGS」のセットをデザインするいちばんの醍醐味についても説明。「ドラマの場合は台本にストーリーが記されていますが、『SONGS』のような音楽番組ではデザイナーの妄想を差し込むことができます。つまり、披露する3曲を自分の頭の中でつないでいくことによって、“デザイナーがストーリーを作ることができる”ということ。まさに演出家に近い役割をデザイナーが担えるという醍醐味があるんです。
ぜひ、これからセットのデザインに挑戦する学生の皆さんには、『SONGS』に出演してほしいアーティストをピックアップして、自分が思うアーティストの魅力や楽曲の世界観をデザインに落とし込んでください。それがしっかりと表現できれば、アーティスト愛、熱量というものが放送を見ている側にも伝わると思います」
学生たちも自分が手がける「SONGS」のスペシャルセットのイメージが、少しずつ沸いてきた様子。ふだんの授業とは異なり、放送の第1線で活躍する山口さんの講義を受けた学生たちに、その感想とセットデザインへの意気込みを聞きました。
学生同士でいろいろなセットのデザインを制作する中で、どういう思いでデザインしたのかということを話す機会はあるんですけど、実際にプロのデザイナーがどういう発想でアプローチしているのかを知れる機会は少ないので、きょうのような講義はとても貴重な時間となりました。講義を受ける前は、細かく立体物を作ってどう演出しようか考えていたんですけど、山口さんから照明効果で見せる方法などいろいろなアプローチのしかたを学ばせてもらい、可能性も広がったと思います。課題演習では、父の影響で昔からずっと聴いていた「THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)」にしようと思っています。もう解散してしまっているので、今もしブルーハーツが「SONGS」に出るとしたら、彼らが世の中に何を伝えようとしているのかを考えながら、セットをデザインしたいと思います。(2年生 久保田小春さん)
プロの方がデザインしたセットが、どういう意図で作られているのかを知ることができて、とても興味深かったです。ふだんテレビを見ていて、どういう意図でデザインしているんだろうと考えるんですけど、結局その答えは聞くことができないので、今回はすごく参考になりました。また、「SONGS」のセットをデザインするうえでは、アーティストを見つめることが大切だということを教えていただきました。私自身、まだ曲のほうにしか意識がいっていなかったので、もっとアーティストのことを深く理解しないといけないなと感じました。課題演習では、アニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の声優さんのグループ「Aqours(アクア)」にしようと思っています。彼女たちは海をテーマにしたグループで、アニメの中でも海のシーンが多く登場します。楽曲もさまざまな海をテーマにした曲を出しているので、海をコンセプトに置きながら、3曲の違いをしっかりセットで表現したいなと思います。(2年生 齋藤遥さん)
1回目の講義を終えた山口さんも、学生たちが表現するスペシャルセットのデザインに大きな期待を寄せる。
「『SONGS』のセットでは、はっきり目に見えるものだけではなく、時間という流れをデザインしているところが特殊ですし、そこが面白い部分でもあります。とにかく広く深く届くものをデザインする。もちろん見ている人にアーティストや曲の世界観をわかりやすく明確に伝えることが第一ですが、それだけではなく、一部のコアなファンの心にも深く飛び込んでいくセットを作ることができると、『SONGS』のデザイナーとしての役割を果たすことができます。
学生の皆さんは、大学でデザインの基礎的な部分をしっかり学んでいますので、テクニカルな部分を含めて、作品に対する熱量や大胆な発想などは、私も刺激になりますし、ぜひ一緒に仕事をしたいと思わせてくれるデザインを作ってくれると期待しています。課題の完成(10月予定)が、今から本当に楽しみですね!」
「SONGS」のスペシャルセットをデザインするためのいろはを学んだ学生たち。この講義をかわ切りに、それぞれがアーティストと曲を選び、スペシャルセットをデザインに取りかかる。
引き続き「ステラnet」では、学生たちがデザインしたセットを発表する10月まで、その進捗状況も含めて紹介していく予定だ。続編にこうご期待!