幅広い世代に人気を呼んでいるNHKの音楽番組「SONGS」。番組の見どころの1つとなっているのが、アーティストの楽曲と世界観を表現したスペシャルセットだ。そのセットを多摩美術大学の学生たちがデザインするという特別“出前”授業をこれまで取材してきた。今回は、最終回。はたして、学生たちは、どんなスペシャルセットを完成させたのか!? 渾身のデザインを紹介しよう!

過去2回の取材記事はこちら↓
あの、NHK「SONGS」のスタジオを大学生がデザインしたらどうなる!? | ステラnet (steranet.jp)

NHK「SONGS」のスタジオデザインに挑戦!美術大学の学生がプレゼンした結果は――!? | ステラnet (steranet.jp)

【課題演習】
自分の好きなアーティストを想定し、「SONGS」で披露する曲を選曲。ライブ映像を通して、アーティストの魅力を伝えるためのスペシャルセットをデザインし、模型を製作する。

セットデザインをとおしてアーティストの魅力を伝えるためには、そのアーティストのことを深く知り、楽曲に込められた思いや意図を理解することが必要となる。そして、スペシャルセットで披露する3曲をどのような順番で構成していくのか。さらには、歌詞やメロディーに合わせて、カメラのアングルや照明をどう展開していくのかも考えながらデザインしなければならない。

また、すでにテレビの音楽番組やライブでさまざまなセットでパフォーマンスをしているアーティストの場合は、似たようなセットにならない工夫とともに、デザイナーとしていかにオリジナリティーを表現できるかも大事になってくる。

最後の授業となった10月13日、スペシャルセットのデザインに挑戦した演劇舞踊デザイン学科の学生たちが、「SONGS」の美術デザインを手がけるNHKデザインセンターの山口高志チーフ・プロデューサーの前で、完成させたデザインをプレゼンテーションした。


〇「SONGS」のセットデザインで学んだことは……

第1回目の講義から追いかけてきた3人の学生、久保田小春さん、齋藤遥さん、清水真心(まなか)さん。久保田さんは「THE BLUE HEARTS」、齋藤さんは「Aqours」、清水さんは「嵐」という自分自身が大好きなアーティストに選び、3曲分のスペシャルセットをデザインした。

久保田小春さん(2年生)「THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)」

1曲目「TRAIN-TRAIN」のセット(模型)

2曲目「青空」のセット(模型)

3曲目「人にやさしく」のセット(模型)

初めて音楽番組のセットのデザインに挑戦したんですけど、バラエティー番組やドラマとは違って、ふわっとしたセットもあれば、しっかり作り込まれているセットもあって、幅広いデザインが求められることを感じました。私自身は、セットの中で、非日常な空間を表現できたことがすごく楽しかったです。

実際の作業では、私が選んだ「THE BLUE HEARTS」は解散してしまっているため、映像や写真もそんなに残っていない中で、THE BLUE HEARTSらしさを自分の中で確立させようと、デザインに落とし込むという作業がとても難しかったです。まずは、THE BLUE HEARTSのことをめちゃくちゃ調べ上げることから始めたのですが、それがいちばん時間もかかりましたね。

今回の課題をとおして、セットの単純なデザインだけではなく、照明の当て方やカメラワークなども含めて、番組全体の構成をデザインすることで、すばらしい番組ができあがることを学びました。今後、バラエティー番組やドラマのセットでも、「こう撮ったらもっといいんじゃないかな」という、キラーショットやパターンを自分で考えながらデザインしていこうと思いました。

 

齋藤遥さん(2年生)「Aqours」

1曲目「smile smile ship Start!」のセット(模型)

2曲目「Aqours Pirates Desire」のセット(模型)

3曲目「DREAMY COLOR」のセット(模型)

今回は、大好きなアーティストということもあって、自分の中のイメージをセットデザイン全面に出しちゃいそうになったんですけど、テレビの音楽番組は見たくて見る人もいれば、なんとなくテレビをつけている人もいる。だから、いろいろな人に向けて、アーティストの魅力を伝えていくことが大事だし、それをセットでどのように表現するかを考えることがとても重要なんだと感じました。

その中で、今回の課題では照明の当て方に苦労しました。前回のトーク番組のセットデザインでは照明で大失敗してしまったので、今回は成功させたいと思っていて。特に2曲目の「Aqours Pirates Desire」は、イバラがあることで、光を当てたときの影の落ち方やコントラストのつけ方など、そのバランスを調整するのが難しかったです。セットも見せたいけれど、いちばんの主役はアーティストなので、それを意識してデザインすることを心がけました。

全体をとおして、自分のセットの講評だけではなく、周りの人たちがデザインしたセットの講評も聞いて、それを今後の制作にも役立てていきたいです。そして、ふだんの生活の中でも、テレビ番組はどういうふうに撮影しているんだろうとか、実際のプロの人たちがどんなセットをデザインしているのかなどを見て、デザインのノウハウを吸収していきたいと思います。

 

清水真心さん(2年生)「嵐」

1曲目「言葉より大切なもの」のセット(模型)

2曲目「Party Starters」のセット(模型)

3曲目「Song for you」のセット(模型)

自分の中にある「嵐」のイメージを、セットデザインをとおして、視聴者の方に伝えるというのが、崩しすぎずに崩す必要があることを感じました。でも、それは簡単そうに見えて、すごく難しいことなんだなということも実感しました。

中でも、3曲目「Song for you」のセットは船をモチーフにしたんですけど、最初にスケッチデザインをしたとき、演劇舞踊デザイン学科の山下(恒彦)先生から「もう少し現実感のないデザインに落とし込んだほうがいい」というアドバイスをいただいて。最初は、正直それを理解することができなかったんですけど、たくさん考えてみると、「もしかしたら、先生が言っていたのはこういうことかもしれない」という、自分の中で新しい発想が生まれて。考える時間はとても長かったんですけど、そういう時間も大切なんだなと思いました。

最後に山下先生からの話の中にあった、「ライバルがいるからこそ、自分のデザインにも刺激をどんどんプラスできる」という言葉を聞いて、改めてこのクラスのメンバーと課題演習ができてよかったなと思います。そして、これから多摩美大を卒業してからも、周りのみんなのデザインを見ながら、いいところを学びながら、自分のデザインをもっと磨いていければいいなと思っています。

 


さらに今回は、評価の高かった学生3名のスペシャルセットも紹介! それぞれが抱くアーティストへの思いとともに、これまで学んできたスキルや経験、そして多くの失敗が、デザインに込められている。

チン・シントウさん(2年生)「KinKi Kids」

1曲目「硝子の少年」のセット(模型)

2曲目「Anniversary」のセット(模型)

3曲目「Amazing Love」のセット(模型)

前回の課題演習がトーク番組のセットデザインだったのですが、そのとき照明がいかに大事なのかを学びました。今回は、真っ白のセットを基調にデザインしたので、照明の効果でどのように色づけしていくかをすごく考えましたね。そして、3曲のセットをデザインするうえで、1つ1つを別々に考えるのではなく、3曲の流れを意識したデザインしなければいけない重要性を学ぶことができました。

今回難しかったのは、図面と最後の加工です。1/50の模型にあわせて、最初は紙で簡単な模型を作ってから、平面図を描いて最終的な模型を作りました。その中で、3曲目「Amazing Love」のセットのサイズ感を間違えてしまい、ゼロから作り直したのがいちばん大変でしたね。

私はKinKi Kidsのコンサートなどをたくさん見てきて、自分がセットをデザインするときは「照明にこだわりたい」と思っていたので、どうすれば照明で華やかな空間が作れるかということをいちばん大事にデザインしました。

 

テイ・コウさん(2年生)「中森明菜」

1曲目「少女A」のセット(模型)

2曲目「難破船」のセット(模型)

3曲目「Rojo -Tierra-」のセット(模型)

前回の課題でトーク番組のセットをデザインしたときは、ミスが多くて。そのときの経験を生かして、「SONGS」のセットデザインではカメラワークがよくできたと思います。今回の講義では、セットをデザインする前の段階で、いろいろなことを考えて決めなければならないこと、いかに事前の準備が大事であるかを学びました。山下先生は「課題なのでアイデア優先で、セットの予算は考えないで大丈夫です」と言っていたんですけど、将来はこのような美術セットをデザインする仕事に就きたいので、しっかり予算も考えたうえで、できる範囲の中でデザインすることを意識しました。

大変だったのは、セットのコンセプトを決めることと、イメージスケッチを描くこと。イメージスケッチは私があまり画力がないので、自分のイメージをどうやって表現しようか悩みました。そのうえ、自分が決めたコンセプトをスケッチでちゃんと表現しないといけないので、とても難しかったです。セットの模型作りは自信があったので、最終的にはイメージスケッチ通りの模型ができたと思います。

「SONGS」の課題演習をとおして、美術セットのデザイナーは、1つのことに没頭するのではなく、全体を見て、演出やカメラマンなど、周りとしっかりコミュニケーションを取ることもすごく大事なんだということを実感しました。

 

松田梨邑りゆさん(2年生)「TWICE」

1曲目「Feel Special」のセット(模型)

2曲目「PIECES OF LOVE」のセット(模型)

3曲目「Fanfare」のセット(模型)

音楽番組のセットでは、アーティストと楽曲の世界観をセットデザインで表現しなければなりません。今回の課題をとおして、ライブなどで生で見る観客の目線とは違い、テレビで見る人たちの主観というものをデザインするときに考えるという点は、1段階成長できたところだと思います。

私は多摩美大に入りたいと思ったきっかけが、デザインされたステージが照明1つでまったく違うステージに生まれ変わることに感銘を受けたことだったんです。だから、自分も同じようなセットをデザインしたいという思いがありました。実際にデザインしてみると、照明によって、全然イメージとは違うものができたり、逆にイメージしていたものよりもいいものができたり。その照明のバランスを決めるのがとても苦労しましたね。

2年生になって、第1課題、第2課題をとおして、1週間に1回は山下先生と面談をするんですけど、自分のコンセプトや先週からの修正点などを報告すると、次のステップに向けたアドバイスをもらいます。その中で、さまざまな指摘を受けることがありますが、プロのデザイナーになれば、こういったやり取りが日常茶飯事になっていくと思うので、場数を踏むではないですけど、今の段階からたくさん経験できていることは、自分の力になっていると思います。

約3か月におよぶ制作期間を経て、完成へとたどりついたスペシャルセットのデザイン。単に音楽番組のセットをデザインするというものではなく、番組全体の構成をデザインするということを学生一人一人が理解し、オリジナリティーあふれるスペシャルセットを仕上げていた。
 


学生たちの思い思いのプレゼンテーションを聞いた山口さんは、作品の完成度と課題に取り組む姿勢を高く評価。そして、授業の最後に学生にエールを送った。

「お世辞抜きで、みなさんのデザインのクオリティーの高さに驚きました。山下先生に教え方を変えたのですかと聞いたのですが、やり方は変えていませんとおっしゃっていて。それは、ものすごくいい環境にいると思います。昔、トキワ荘という1つのアパートに、若き日の藤子不二雄や赤塚不二夫、石ノ森章太郎といった、その後日本を代表する漫画家たちが住んでいました。その環境は、おそらくお互いしのぎを削って、『こいつがあんな漫画を描くなら、俺はこんな漫画を描いてやる』という刺激があったと思うんですよね。だから、みなさんも同じようにお互いしのぎを削れる場所にいられることって、とても得がたいチャンスだと思います。

みなさんの作品は、演出的な観点を大事にデザインされていました。単に言われたままを作るというデザインではなく、アーティストの1曲というテーマがあったときに、従来の演出家やディレクターが思いつかないようなアイデアを盛り込むことで、照明のことや撮影のことを考えながら表現してくれていました。全体の中で美術という一部分だけを担当するというよりも、すべてのことが想像できて、すべてを豊かなものにするセットとして、『答えはこれです』という答えを導き出すのがデザインの仕事です。僕もこの仕事を結構長くやっていますけど、今回の講義をとおして、みなさんからとても刺激を受けましたし、今一度、自分の発想を自由にしてみたいなと思いました」

学生たちの新鮮なアイデアや、その発想力に驚いたと語る山口高志チーフ・プロデューサー。

 

一方、学生たちの成長を肌で感じた演劇舞踊デザイン学科の山下恒彦教授は、番組制作の最前線で活躍中のデザイナーによる特別“出前”授業の意義について、こう語る。
「今回の課題に挑んだ2年生は、自分が将来どんなデザイナーになりたいか、どういう仕事につきたいかというアイデンティティーがまだ見いだせていない時期です。1年生のときに図面やスケッチの描き方といった基礎を学び、2年生になって初めて、アイデアを具現化する授業へと入っていきます。その中で『SONGS』のセットデザインを題材に、自分のアイデアを形にしていく課題に挑んだわけですが、実際にNHKで活躍するデザイナーに来ていただいて、講義をしてもらい、考えたデザインについて講評してもらう。こういう機会は、学生にとってはものすごく重要な体験となります。そして、今回の課題をきっかけに、将来、空間演出であるとか、映像デザインの世界に進みたいというアイデンティティーが確立できる。

その意味では、『SONGS』のセットデザインの課題演習は、とても意義のあるものだと思っています。また、セット設計や映像美術の分野の本物に触れることによって、メディアの世界に興味を持ってくれる学生が増えていくことは、とてもすばらしいことだと思います。放送から感じ取る以外に、こういう出前授業のような形で、若い学生と接する時間を持っていただくのは本当にありがたいですね。

課題に挑んだ学生たちも、映像美術において単にセットをデザインするのではなく、時間軸をデザインすることの重要性を理解してくれたと思います。それはきょうの最終プレゼンでも感じましたし、中間報告で山口さんから受けた指摘を一人一人がちゃんと表現できていたことがすばらしかったですね。今回の学生たちの成長具合には、私自身も驚きました」

山下教授は「学生たちは、最後までモチベーションを高く持ってセットデザインに取り組んでくれていた」と振り返りました。

今後も引き続き、大学などで出前授業を実施していきたいと語る山口さん。このような取り組みこそ、公共メディアNHKが果たす役割の1つと言っても過言ではないだろう。
「今回の授業で伝えたかったことは、テレビ美術の魅力です。テレビの美術セットは、出演者の背景を作っているだけと思われがちですが、学生たちには『全体の流れをデザインしてください』ということをしきりに伝えてきました。とりわけ、音楽番組のセットは、出演者のステージング、照明、カメラワーク、さらには曲が3曲あれば、3曲の中でどういう流れがあって、その曲の間に何が起こるかをすべて計画することになります。単にモノを作っているだけではなく、時の流れや起承転結といった目に見えないものをデザインするという営みですね。『このように特殊な仕事だけど、テレビ美術はとても面白い仕事なんだよ』ということを、いちばん知ってもらいたかった。これを機会に1人でも多くの学生が、番組制作の現場、あるいは公共メディアが作るコンテンツといったものに興味を持ってもらえれば、出前授業の役割を果たせるのではないかと思っています」(山口)

若者のテレビ離れが進む昨今、コンテンツの魅力を発信するだけではなく、番組制作の舞台裏やその醍醐味を伝えることも非常に意義のあることである。今回、「SONGS」の課題演習に取り組んだ学生たちが、数年後、テレビ美術の現場で生き生きとセットをデザインする日が来ることを切に願いたい。