1993年7月12日の北海道南西沖地震の大津波は、津波災害対策のさらなる改善を促すものとなりました。

地震発生時、被災地・奥尻島には、たまさかNHKの番組制作班(報道番組ではない)のスタッフが滞在していました。そのためNHKは、報道機関の中で最も早く、奥尻島の被害の映像を放送することができました。

NHKのスタッフは、島の南端・青苗5区にある民宿に泊まっていました。

民宿の従業員は、地震の揺れが終わらないうちに「津波が来るから逃げて」と客たちに呼びかけ、スタッフは、それに応じてすぐに車で避難し、全員が助かりました。青苗に大津波(第1波)が襲ったのは、地震発生からわずか5分前後でした。奥尻島の住民に大津波警報が伝えられる前のことです。

民宿の従業員が、警報を聞かないうちに避難を呼びかけたのは、この地震の10年前・1983年5月26日の日本海中部地震による津波の経験があったからでした。

日本海中部地震の震源は秋田県沖で、奥尻島に津波が来襲したのは、地震から17分たってからでした。北海道南西沖地震の震源は奥尻島の北方で、奥尻島で感じられた揺れは、日本海中部地震よりも大きなものでした。この揺れにより、従業員は、日本海中部地震よりも大きな津波がすぐにでも襲ってくると思い避難を呼びかけたのです。

奥尻島全体でも、この民宿の従業員と同様の判断をして、速やかに避難した住民も多かったようです。これは、日本海中部地震の経験がプラスに働いたということです。しかし、一方で、日本海中部地震の経験がマイナスに働いたというケースもありました。

例えば、前述のように、日本海中部地震では地震発生から17分後に津波が奥尻島に来襲したことから、今回も同じくらいの時間的な余裕はあるだろうと考えて避難が遅れた住民がいたということです。

そして、もう一つは(これはしかたがなかったことでしたが)「方向」です。

多くの住民が、震源や地震の規模などが伝えられる前に避難を始めました。奥尻島の青苗5区は、三方を海に囲まれているため津波がどの方向から来襲するのかはわかりません。

日本海中部地震では津波は南から来ました。しかし、北海道南西沖地震では、大津波の第1波は北西から襲いました。北西の方向は、青苗5区の住民の避難場所である高台がある方向です。つまり、避難場所に向かう道の正面から大津波が襲ってきたのです。

災害の経験は、ややともするとプラスの面に注目が集まりがちです。しかし、災害の経験はいろいろな点から評価をしなければなりません。災害の経験について放送する際に、経験が、次の災害で、かえってマイナスになるケースがあることを、日ごろから具体的な事例を示して伝える必要があるのではないでしょうか。

(NHK ウイークリーステラ 2021年7月23日号より)

日本大学文理学部社会学科教授。専門は、災害社会学、災害情報論、マス・メディア論。災害情報・報道に対する人々の意識や評価、震度情報・津波警報・緊急地震速報などの地震・津波情報の適正化が主な研究テーマ。大学では、テレビ・ラジオの歴史や番組を扱ったマス・メディアに関する授業も担当している。