ことし1月から3月まで放送されたよるドラ「恋せぬふたり」は、他者に恋愛感情を抱かない「アロマンティック」、他者に性的にかれない「アセクシュアル」の2人が始めた同居生活を描いた、ラブではないコメディードラマ。

5月12日、このドラマを題材にしたトークイベント第2弾(取材イベント)が駒澤大学(駒沢キャンパス)で開催。脚本を手がけた吉田恵里香さん、アロマンティック・アセクシュアル考証を担当した中村健さん、企画・演出の押田友太さん、司会・進行役として駒澤大学の松信ひろみ教授が登壇した。

テーマは「多様なセクシュアリティーと家族のあり方~まとめ編」
前回、2月12日に行われた「恋せぬふたり」トークイベント第1弾でも、同様のテーマで、第4回までの放送を受け、ドラマの制作者たちと学生が意見を交わした。(そのイベント記事はこちらから)

今回のイベントでは、ドラマの後半(第5回~最終回)、そしてドラマ全体を通して、学生たちが感じた思いや疑問点などをもとに、登壇者たちと議論を深めた。


〇高橋と咲子をつなぎとめるものとは

イベントでは、「千鶴(小島藤子)の『好きだから別れる』という気持ちをさく(岸井ゆきの)は本当に理解できているの?(第5回)」「アロマンティック・アセクシュアルのイベントに参加した咲子だが、自分だったら、他の参加者との違いばかりを意識してしまい、かえって不安になるのではと感じた(第6回)」など学生から多角的な質問、意見が飛び交った。

なかでも、「咲子の『家族(仮)の関係は終わらない』というセリフもあったように、何が咲子と高橋(高橋一生)の関係を家族(仮)としてつなぎとめているのか?(最終回)」という学生からの問いについて、吉田さんはじめ登壇者とのトークが活発に!

脚本・吉田恵里香さん 1987年生まれ、神奈川県出身。脚本家・小説家として活躍。主な執筆作品は、ドラマ「花のち晴れ~花男 Next Season」(TBS系)「Heaven?~ご苦楽レストラン」(TBS系)、映画『ヒロイン失格』、『センセイ君主』など。「恋せぬふたり」が第40回向田邦子賞を受賞。

吉田「『考えが合わなければ、家族もやめちゃえばいい』という咲子の言葉が、高橋の家族に対する呪いを解いてくれました。そして、咲子も高橋のすべてを受け入れました。だから、2人は家族(仮)の関係を続けられるんじゃないかなと思って書きました」

アロマンティック・アセクシュアル考証を担当した中村健さん。

中村「私は、2人をつなぎとめているものは“関係を続けたい気持ち”だと思います。お互いこの関係性を心地よく続けていきたいという思いがあったのでは。だからこそ、あえて特定の言葉などでつなぎとめないよう工夫をしたんじゃないかな。私も大事にしたい関係性ほど、相手を何かで縛らないよう努力をしています」

学生(渡部さん)「離れて暮らすのが『家族』というのは、最初は理解できなかったんですが、つなぎとめないからこそ家族だということをお伺いして、すごく納得しました」

ドラマの企画・演出を担当した押田友太さん

押田「『家族(仮)』っていい表現ですよね。家族ってそれぞれの形があるから、2人が良いと思っているならそれでいいというのが、答えなのかなと」

吉田「正直に言ってしまえば、“(仮)”は2人の間では取れているんです。けれどあえて(仮)をつけている。それが、咲子と高橋の家族の形なんです」

中村「恋愛や性愛が人をつなぎとめる要因になることは多くあります。けれど、私が大事にしている関係性は、そういった要因がほとんどないんです。恋愛や性愛によってつながっている関係もすてきだけど、恋愛や性愛なしで関係が続いているのも、すごく信頼関係があることなんだと感じます」

押田「今回、一つの家族の形を提示しましたが、もちろんこれはあくまでも咲子と高橋のベストな答えです」

吉田「皆さんのベストな関係性をぜひ見つけていただけたらと思います」


〇ドラマとの出会いが“世界”を変える

そしてイベント終盤、学生たちの質問は、ドラマ全体のことから「日本のエンタメ」に関するものまで広がりを見せた。

学生(森さん)「今回、アロマンティック・アセクシュアルをドラマの題材にした意図は何でしょうか?」

押田「『恋愛しないと幸せじゃない』っていう考えがおかしいと感じていて。恋愛しなくても幸せを描けるドラマってあるはずだという思いからスタートしました」

吉田「私も、ほとんどのエンタメ作品が異性愛を描いていることに違和感を覚えていました。異性愛以外の愛をエンタメに落とし込みたいなと」

学生(松浦さん)「ネットでエンタメ作品に触れる機会が多い今、テレビドラマでマイノリティーを扱うことへの可能性についてどう考えていますか?」

吉田「何かを知りたい、調べたいという欲求がないと、ネットは機能しません。けれど、テレビドラマは毎週放送されていて、好きな俳優さんが出演しているから見ようという方もいますよね。扱うテーマに興味がない方にも、知ってもらえることがテレビドラマの大きな強みだと思います」

押田「同時間帯にリアルタイムで、皆と同じ作品を見られるのもテレビドラマの強みですよね。まさに、同じ時間に同じことを考えている人がいるという。そういった時間の共有ができるのが、テレビのすごくいいところだと思います」

中村「テレビドラマはフィクション。実際に自分では体験していないことでも、架空の世界の中で描かれることによって、自分だったらどうすればいいだろうと、一緒に考えることができますよね。それってすごくいいなと思います」

学生(田中さん)「今後、どのようなテーマのドラマを作っていきたいですか?」

吉田「もう一度、アロマ・アセクの方が主役の作品を描きたいですね。苦しさや辛さを描くのではなく、日常の生活を切り取った内容にしたいです」

押田「『幸せって何だろう』ということをテーマに、いろいろな形の幸せについて考えられる物語を届けたいですね。『恋せぬふたり』の企画を書いたときは、周囲からは『ドラマにならないのではないか』とよく言われました。でも、“恋愛しない=ドラマティックではない”ってなんかおかしいなと。普通の人(この場合、誰かが決める「普通」ではなく、その人にとっての「普通」)が普通に生きること​を、ドラマティックに描けたら最高ですね」

吉田「エンタメに期待していない人もいらっしゃいますが、私はエンタメの力を信じています。作品に触れることで、その人の世界が変わることがあると思っているから」

押田「私も『ドラマには何かを変える力がある』と思います。多くの方にそう感じていただくために、ドラマを作り続けていきたいです」

学生からの率直な意見・質問に対して、真摯に答える登壇者たち。一方、現場の第1線で働く制作者の生の声を聴いた学生たちにとっては、自分の考えをさらに深める、とても有意義な時間となった。


〇ドラマから社会へ広がる活動

駒澤大学の松信ゼミの学生は、「恋せぬふたり」のドラマやトークイベント第1弾で得た、気づきや学びをもって、「“性”と“生”の多様性」を祝福するイベント「東京レインボープライド2022」にボランティアとして参加。
(「東京レインボープライド」の記事はこちらから)

「自分の生き方にプライドを持てる場だと感じました。このイベントをきっかけに、より多様性が認められる社会になったらいいなと。参加してよかったです」
「ポジティブな空気が会場全体に広がっていました。自分がマイノリティーではないかと思うほど、皆さん魅力的だったのが印象的でした」

「東京レインボープライド2022」に参加した学生たちの感想を聞いた登壇者たちも、それぞれ思いを語った。

吉田「『自分がマイノリティーのように感じた』という視点はとても大事だと思います。セクシュアル・マジョリティーである人も、ある部分では何かしらのマイノリティーを持っているはず。必ずしもマジョリティー側ではないと考える視点を持っているだけで、物事の見方が変わってくると思います」

中村「このイベントに来ることができなかった方たちもたくさんいらっしゃいます。イベントに参加した人はごく一部で、『他にもこういった人もいる』と想像することが大事だと思います」

押田「イベントだけで終わってはいけないと思います(自分にも言い聞かせています)。ボランティアに携わった経験を、ぜひいろいろな形で活かしていただければ」

「恋せぬふたり」を通して、「多様なセクシュアリティ―」や「家族」のあり方について、考えを深めた学生が、LGBTQのイベントに参加し、さらに学びを深めていく――。

「ドラマには何かを変える力がある」という押田さんの言葉の通り、今後もNHKのコンテンツから、さまざまな活動が広がっていく可能性を強く感じた。

イベント終了後、登壇者は、今回のトークイベントをこのように振り返った。

押田「ドラマを見て感じたことを率直に質問してくれてうれしかったですし、作品について、いろいろと考えを巡らせてもらえたことは、本当に制作者冥利に尽きますね」

中村「家族の概念を改めて見つめ直すなど、自分にとっても学びの場となりました。脚本の吉田さんや演出の押田さんの考えを聞けたことは、学生たちにとって本当にすばらしい経験だったと思います。ぜひ今後もこういった学びを深めるイベントを続けてほしいです」

駒澤大学・松信ひろみ教授

松信「私の専門の家族社会学でも、『家族の多様化』は30年来指摘されており、近年ではセクシュアル・マイノリティーの家族も含めて考えるようになっていますが、基本的に性愛関係があることが前提となっています。このドラマで提示された性愛関係に基づかない『家族(仮)』は、『家族』の定義とかかわって検討が必要だと改めて認識しました。

また、ゼミでドラマを学びの題材に使うことは初めての試みでしたが、アライ(LGBTQの方たちの活動を理解し、支援する人たち)として当事者に向き合う場面について、リアリティーをもって『自分だったらどうするか』を考える機会となり、文献を読んだり、当事者の方の経験談を伺ったりすることでは得られない学びとなったと思います。本日は本当にありがとうございました」

そして、学生は、一連のイベントを通して、以下のような感想を語ってくれた。

小野澤さん「『恋せぬふたり』という一本の作品をきっかけに、セクシュアル・マイノリティーについて改めて、向き合う機会を得られ、さらにTRP(東京レインボープライド)のボランティアでは自身の目で当事者の方々やアライたちを見ることができました。それまで少し遠くに感じていた社会問題を、自分ごと化できる貴重な経験ができて本当によかったです」

丸田さん「ドラマ視聴とトークイベントの参加によって、セクシュアル・マイノリティーを多角的に捉える姿勢が身につきました。当事者と非当事者間の問題はもちろん、当事者同士の葛藤があることに気づかされ、TRPのように、彼らがありのままの自分で過ごせる空間や悩みを気がねなく共有できる場所の必要性を強く感じました」

平安山さん「当たり前だと思っている『暮らし』の中にある『家族』や『恋愛』が、さまざまな形に変化していけるんだ、ということを『恋せぬふたり』のイベントやTRPを通して感じました。『恋せぬふたり』を見た若者世代が、自分たちの『家族』や『恋愛』に置き換えたときに、当たり前にとらわれない幸せの形を見つけることが、『恋せぬふたり』に対する恩返しになるのかなと考えさせられました」

「多様性」「家族」さらに「エンタメ」など、幅広いテーマで登壇者と学生が意見交流を行い、新たな気づきや学びを得る場となった今回のイベント。この経験が、学生たちの今後の糧となること、そしてより多様性を認め合える社会になっていくことを願いたい。

▼脚本・吉田恵里香さんのインタビューは、こちらから!
▼トークイベントのコラムは、こちらで公開中!