大河ドラマ「べらぼう」に、また新しい強力なキャラクターが登場しました。大田南畝、またの名を「四方赤良」、「寝惚先生」、「蜀山人」等々。武士でありながら、狂歌師であり、黄表紙作家。さまざまな顔で江戸後期のカルチャーをリードした重要人物です。今回の「『べらぼう』の地を歩く」は南畝ゆかりの地を訪ねます。
※この記事はNHK財団が制作する冊子「『べらぼう』+千代田区観光協会」のための取材などをもとに構成しています。
貧しき侍の住居跡
まず訪れたのは、牛込神楽坂駅からほど近い新宿区中町。南畝が住んでいたのはこのあたりです。

中町は当時、牛込仲御徒町と呼ばれていました。“御徒”とは下級の武士のこと。この町には江戸城に勤める貧しい下級武士たちの小さなあばら家が立ち並んでいました。南畝は、番所に勤める父と、この時代としては珍しい教育熱心な母のもと、幕府から貸与された粗末な家で生まれ育ちます。そして南畝も御徒として56歳になるまで、長くこの場所で暮らしています。

南畝の家があった場所は、赤で囲んだ「御徒組」の中です。
「べらぼう」では、須原屋市兵衛と蔦重が、南畝を訪ねて執筆を依頼するシーンが登場しました。畳は日焼けし、障子は破れている粗末な家でしたね。
ちなみに、蔦重が住む「耕書堂」(吉原大門前)からの距離ですが、スマホの地図アプリで見てみると7kmをゆうに超えます。(もちろん、当時とは様々な条件が異なりますが)徒歩で1時間半以上かかる計算になりますね。人にものを頼むのも大変な時代だったようです。もし留守だったら、さぞかしがっかりしたでしょうね。
南畝を世に知らしめたのは
南畝は神童と呼ばれ、若くしてその才能を開花させ、平秩東作や、かの平賀源内に見いだされます。
訪れたのはJR神田駅近くの旧今川中学校。千代田区鍛冶町、当時の「神田白壁町」です。ここに住んでいたのが平賀源内。南畝はしばしば白壁町の源内のもとを訪れたといいます。

明和4年(1767)、南畝、弱冠19歳の時に、デビュー作として、それまでに書いた狂詩を集めた『寝惚先生文集』を出版しますが、その序文を平賀源内に依頼しています(板元は源内が懇意にしていた須原屋市兵衛)。序文の中で源内は南畝のことを褒めたたえ、“馬鹿話を一緒にできる友人なのですよ”(※1)と書いています。
本は評判をよび、南畝の名は広く知られることになります。
(※1)小池正胤『反骨者 大田南畝と山東京伝』教育出版 から引用
蔦重との出会い
南畝は批評家でもありました。時は流れて天明元年(1781)、南畝は、この年の正月に出版された黄表紙47種をランク付けし批評した評判記『菊寿草』で、朋誠堂喜三二が耕書堂から刊行した「見徳一炊夢」を絶賛します。

恋川春町の黄表紙第1号とされる『金々先生栄花夢』と同様、夢の中の栄華のお話です。南畝はこれを最高ランクの「極上上吉」に評価しています。

蔦重は“その御礼という名目で初めて南畝を訪ね”(※2)たとされます。さらに蔦重は南畝と近しくなるために、得意の接待攻勢をしかけたようです。南畝の日記『三春行楽記』には、吉原の耕書堂で宴が開かれたことが記されています。
(※2)増田晶文『蔦屋重三郎 江戸の反骨メディア王』新潮選書 から引用
最後は、都心にある南畝ゆかりの地をご紹介します。都庁のすぐそば、新宿中央公園にある熊野神社です。

境内は大都会の真ん中とは思えないほど深い緑の木々が生い茂り、静謐な雰囲気があたりを包んでいます。ここには南畝による銘文が刻まれている水鉢が保存されています。

水鉢は南畝の晩年、文政3年(1820)に行われた神社の祭礼に際して奉納されたといいます。鉢の正面に「熊野三山十二叢祠 洋洋神徳 監於斯池 大田覃」と刻まれています。現代語に訳すと、“熊野三山十二叢の祠、洋々と広がる神徳はこの池にみえる 大田覃”。大田覃とは南畝のことです。
江戸時代、熊野神社は「熊の滝」とよばれた人口の滝が流れ、大小ふたつの池を持ち、周辺には数多くの茶屋が立ち並ぶなど、江戸有数の景勝地として大変な賑わいだったそうです。8代将軍吉宗も参拝しています。

大田南畝は黄表紙評判記『菊寿草』をきっかけに蔦重との交流を深めていきます。いよいよ江戸の中心、日本橋に進出する蔦重とともに、狂歌や黄表紙の世界で大暴れする南畝。「『べらぼう』の地を歩く」では、これからも、南畝ゆかりの地を取り上げたいと思います。
(取材・文 平岡大典[NHK財団])
(取材協力 千代田区観光協会 新宿歴史博物館)
主要参考文献:
小池正胤『反骨者 大田南畝と山東京伝』教育出版
増田晶文『蔦屋重三郎 江戸の反骨メディア王』新潮選書
芳賀徹『平賀源内』ちくま学芸文庫
『歴史人』2023年12月号増刊、2025年2月号 ABCアーク
「十二社 熊野神社の文化財」熊野神社
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