ステラnetでは、NHK財団が関わっている、放送から生まれた8K(*1)と映像伝送の最新技術を用いた医療への取り組みについて、シリーズでお伝えしています。(前回の記事はこちら)
今回は、腹腔鏡カメラの8K化がテーマです。腹腔鏡(*2)手術における現状の課題と腹腔鏡カメラの8K化を説明し、最新の8K腹腔鏡カメラの魅力について紹介します。
*1 8K:ハイビジョン方式の16倍の画素数があり、表現できる色や明るさの範囲も広がっている。きめ細かで立体感のある映像が特徴*2 腹腔鏡:腹腔内の手術に用いる内視鏡(先端にレンズと照明を組み込んだ金属パイプ)で、腹部に差し込んで内部を覗き見る手術用医療器具。通常は腹腔鏡にカメラを取り付け、外科医は映像モニタを見ながら手術を行う。
8K腹腔鏡カメラの変遷
NHK財団と国立がん研究センターが、連携して8K腹腔鏡プロジェクトを開始したのは2015年です。当時は最小サイズの放送用8Kカメラを使って腹腔鏡で動物の腹腔内を撮影しました。以降、3代にわたる8K腹腔鏡カメラの変遷を下の図で示します。
最新の「第3世代」カメラ(上記写真の右)は重量が210gと、「第1世代」の約1/10、「第2世代」(写真中央)の1/3以下、容積では第2世代比で1/7以下になりました。
このサイズ感は、ハイビジョン(2K)の腹腔鏡カメラほど小型ではないものの、市販のスコープホルダ(写真右の矢印の先)が利用できる、 汎用性の高いサイズです。自由自在に変形できるこのアーム式のホルダは、手術室で利用可能な圧縮ガスを送ることで固化し、カメラの保持もできるものです。
ここまでの小型化が実現した背景には、新しく独自に撮像センサーを開発(*3)したことがあります。第1、2世代のカメラでは、ともに大きさが横24.6mm、縦13.8mmの対角1.7型センサーを用いましたが、2020年開発の第3世代カメラでは、横6.2mm、縦6.2mmのセンサーを使用し、大幅な小型化に成功しました。
また、第1、第2世代カメラのセンサーではテレビ画面の縦横比と同じく16:9の横長形状なのに対して、新しいセンサーは腹腔鏡や顕微鏡の円形の視野に合わせた正方形です。(*3:財団の特許技術に基づき池上通信機株式会社と共同開発)
8K技術は腹腔鏡手術の課題を解決できるか?
8Kの腹腔鏡カメラの進化は、小型化だけにとどまりません。高精細な映像のメリットを生かすためのシステムも進化しています。
現在の大腸がん手術では、腹腔鏡を用いた手術が主流となっています。手術では腹腔鏡の先端を患部に近づけて患部の詳細を観察しながら、鉗子で臓器の一部をつまんで手術部位を広げたり、電気メスで患部周辺の臓器を切除したりします。
この際、腹腔鏡が臓器に近づくことによって、次のような課題が生じます。
① 腹腔鏡先端のレンズを通して見える視野が狭い(レンズ背後の見えない領域「死角」が多い)
② 手術器具と腹腔鏡の干渉が生じやすい
③ 電気メスで生じる油煙で腹腔鏡のレンズが曇る(レンズ清掃のたびに腹腔鏡を引き抜く必要がある)
こうした課題を8Kの特徴を使って解決しようというのが今回の目的の一つです。8Kは解像度がハイビジョンに比べて16倍と高いため、電子ズームを使って映像の一部を拡大表示しても、大きな画質劣化なく映像を映し出すことが可能です。
それによって腹腔鏡の先端を患部に近づけるのではなく、少し引いた位置から腹腔内を俯瞰する方法が可能になります。(上図参照)電子ズームによる拡大で、腹腔鏡を患部に近づけて撮影するのと同様の効果があり、同時に、①~③の課題も解決できると考えられます。
また、撮影した映像の見せ方でも工夫を重ねてきました。
上の図をご覧ください。左側(a)が2017年当時のシステムです。当時は、2台の大型モニタを並べ、8Kモニタに腹腔鏡映像、4Kモニタに拡大像、というようにそれぞれに別々の映像を表示していました。
右側(b)の新しいシステムでは、今回開発したカメラの映像が横長ではなく正方形であることを利用して、画面を2分割します。そして画面左側に腹腔鏡の映像を、右側に、腹腔鏡の映像の一部を拡大表示します。こうすることで、モニタ1台で全体像と拡大像を同時に見ることができます。また、コンパクトな装置構成となるので手術室スペースを有効活用できます。
さらにこの最新の8K腹腔鏡カメラでは、カメラ自体はスコープホルダに半固定状態ですが、拡大部分の位置変更やフォーカスは、手で操作するジョイスティックや足で操作できるように、ユーザー・インタフェースを開発しました。
腹腔鏡を大きく動かす場合はスコープホルダをセットしなおしますが、それ以外は術者がメスや鉗子から手を放すことなく手術を進めることができます。
3人体制から2人体制の腹腔鏡手術へ
この写真は、8K小型カメラを使用した腹腔鏡手術の動物実験の様子です。写真には外科医が3名映っています。執刀医と助手、3人目がスコーピストと呼ばれる外科医で、この体制で実際の手術も行われています。
執刀医はメスを使って患部を切除するなど手術の実行者です。助手は執刀医を支援するため、臓器の他の部分を引っ張って切除する部位を見やすくするなど、執刀医の仕事を助けます。3人目のスコーピストは、腹腔鏡を手で保持し執刀医の指示に従って腹腔鏡の位置を変更したりフォーカスを合わせるなど、スコープ操作が主な仕事です。
今回開発した8K腹腔鏡システムでは、腹腔鏡はスコープホルダに半固定状態で、フォーカス合わせや注目領域(ズーム領域)の移動は足で操作できるので、執刀医でも対応できます。
実際、遠隔指導を受けながら手術を行うケースでは、手術室はスコーピストなしの2名体制で、3名体制の場合と同様の手術が行えることが動物実験で明らかとなりました。今年5月に実施した臨床試験でも、2名体制で手術が行えることを確認しました。
少数の外科医で手術が行えるということは、手術費用の削減という医療経済的意味だけでなく、腹腔鏡手術の専門医が東京など大都会には多いが地方では少ないという地域偏在の課題を解決する提案としても大きな意味があります。エンジニアだけでなく医療従事者の方々とのコラボレーションがあって初めて可能となった技術開発と言えるでしょう。
ローカル5Gを用いた臨床試験に向けて
今回は腹腔鏡用の小型8K解像度カメラの開発について紹介しました。次回はいよいよ最終回です。本プロジェクトでは、今後、医療施設での利用が検討されているローカル5Gを用いた遠隔手術指導の臨床試験を行う予定です。その準備と結果、課題などを紹介したいと思います。
この研究開発は総務省の支援および日本医療研究開発機構(AMED)の委託に基づき行いました。関係各位に感謝いたします。