「専門医療の施設が近くにないところに住んでも、先進的な医療が受けられたらいいのになあ」
そんな願いの実現が一歩一歩近づいています。放送から生まれた8Kと映像伝送の最新技術が、医療の分野で、新たな地平を切り開いています。

8K…ハイビジョン方式の16倍の画素数があり、表現できる色や明るさの範囲も広がっている。きめ細かで立体感のある映像が特徴

世界初の遠隔指導型8K腹腔鏡手術臨床試験

2024年5月8、9日の両日、国立がん研究センター中央病院とNHK財団は、世界で初めて、8K技術を利用した遠隔手術指導型腹腔鏡手術の臨床試験を実施しました。

仕組みはこうです。手術は東京にあるがん研究センター中央病院の若手医師が執刀します。そして、大阪にいる専門の指導医が、手術室から送られてきた映像を見ながらリアルタイムで、執刀医を指導します。

指導医は、巨大モニターに写された、8K解像度の腹腔鏡の映像を見て、画像に指示内容を書き加えることができます。それが、執刀医のそばにある8Kモニタにもほぼ同時に描き出されます。

臨床試験では、指導医はメスを入れる場所や鉗子で膜をつまむ場所、引っ張る方向などを、タッチペンを使って8Kモニタに書き込み、手術を指導しました。執刀医は画面に示された指示と音声会話で指導を受けながら手術を進めました。
若手の執刀医は「指示内容が遅れなく表示され、すぐそばで指導受けているように感じた」と述べていました。

また、大阪で指導した熟練医からは「8K映像で細い血管や神経まで見えるので、丁寧な手術指導ができる。」といったコメントがあり、8K技術の遠隔手術指導利用の効用を確認することができました。

今回は、8K腹腔鏡映像の伝送を東京から大阪まですべて有線の専用回線を用いて実施しましたが、本年後半には、医療施設内の無線通信インフラとして利用可能性が検討されているローカル5Gを用いて東京と大阪の施設内回線を構築し、同様の臨床試験を実施する予定です。


遠隔手術を可能にした8K技術たち

NHK財団で開発した8K腹腔鏡

NHK財団では、手術に用いられた腹腔鏡用小型8K解像度カメラを開発※1したほか、8K映像の伝送装置や、執刀医の指導に用いる8Kアノテーション装置(指導内容を8Kモニタ上にタッチペンで描画する装置)など、必要な周辺機器の開発と全体システムの構築、更には、臨床試験中のシステム管理を担いました。
※1池上通信機(株)との共同開発

8KはNHKが放送用に開発した超高精細の映像技術ですが、開発当初から放送以外でも幅広くその活用が期待されてきました。特に医療分野では、8Kの超高精細映像によって、まるでそこに実物(手術の場合、内臓の粘膜や細かい血管の様子など)があるように見えることが、医療技術の進歩に貢献しています。

これまでも当財団試作の8K腹腔鏡システムが大腸がんの手術に用いられ、細い血管までよく見えることで手術の精度が上がり、従来手術に比べて手術中の出血量を半分以下に抑制できるなどの成果を得てきました。今回の臨床実験では、この技術を遠隔手術指導に適用したものです。

国立がん研究センター中央病院の手術室風景:右端が術者。その前に8K腹腔鏡カメラが見える

患者の身体的負担が少ない腹腔鏡手術 熟練医の偏在が課題

大腸がんの手術では、従来から行われている開腹手術のほか、腹腔鏡手術やロボット支援下の腹腔鏡手術も増えてきました。腹腔鏡手術は先端にレンズのついた金属パイプ状の腹腔鏡を腹腔内に差し込み、体外からカメラで腹腔内を撮影するものです。

術者はTVモニタに映し出された患部を見ながら鉗子やメスを用いて手術を進めます。開腹手術に比べて患者の身体的負担が少なく、術後の回復も早いことから、近年では腹腔鏡手術やロボット支援下手術の割合が増えています。

一方で、モニタを見ながら行う腹腔鏡手術は、熟練するまでに多数の症例を経験する必要があると言われています。つまり手術件数の少ない地域・病院では腹腔鏡手術に熟練するまでに期間がかかることになり、結果として腹腔鏡手術の熟練医の数が地域によって偏る点が社会課題となっています。

増える大腸がん

近年では食習慣の変化などにより、大腸がんの件数が日本でも非常に多くなっており、この40年で大腸がんの罹患数は7倍に増加しています。今や罹患数では肺がんや胃がんを抜いて1位となっています(2019年)。腹腔鏡手術のニーズが高まっているとも言えます。

《がん罹患数の順位(2019年)》

最新がん統計:[国立がん研究センター がん統計] (ganjoho.jp)より(ステラnetを離れます)

今回の臨床試験で行った遠隔手術指導型腹腔鏡手術は、手術技能の向上や手術時間の短縮をめざしています。腹腔鏡映像として8K映像を用いることで、患部の細い血管や薄い膜、神経などを観察しながら丁寧な指導が行え、さらに腹腔鏡手術熟練医の地域偏在という社会課題を解決することが期待されます。

本研究開発は、総務省の支援および日本医療研究開発機構(AMED)の委託に基づき行いました。関係各位に感謝いたします。

ステラネットでは、今後、4回のシリーズで8K内視鏡開発を中心とした8Kの医療応用について連載します。ご期待ください。

関心をお持ちの方は、ぜひ、お問い合わせください。(お問い合わせ先はこちら

(文/NHK財団 技術事業本部 伊藤崇之)