人の顔にはどのような役割があるのでしょうか。認知神経科学者の中野珠実さんが発見したのは、人が自分の顔を特別だと思う脳の仕組みです。スマホやSNSの登場で昔と比べて自分の顔にとらわれるようになった現代、人はなぜ自分の顔を美しく見せようとするのか。また、なぜ自分の顔は特別なのか。中野さんにお聞きしました。
聞き手/中村宏
この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年1月号(12/18発売)より抜粋して紹介しています。
「自分の顔」でドーパミン分泌が活性化
――顔の研究で、人が「自分の顔を特別だ」と思う脳の働きを発見したそうですね。
中野 自分の名前や顔など、人は自分に関連した情報を素早く見つけて記憶します。卒業アルバムなど、たくさんの写真が並ぶ中でも自分の顔はすぐに見つけられますよね。これはどういう仕組みなのか。自分と他者の顔が提示されたとき、無意識のレベルで脳がどのように反応するのかを調べました。
実験では、まず派手で複雑な画像を表示し、その間に自分や他者の顔の画像を0.25秒ほどの短時間、ぱっと差し込みます。ほんのわずかな時間のため、見ているほうは差し込まれたことには気付きません。それにもかかわらず自分の顔が差し込まれたときだけ、脳の深部にある腹側被蓋野という領域が強く反応したのです。
これは自分の顔の情報が入ったことで、意欲と関係する脳内物質ドーパミンの分泌が活性化し、その結果、注意が高まり、情報処理が優先されたと考えられます。
――ドーパミンは快楽物質と言われますね。
中野 実はドーパミンが分泌されることで快楽を感じるわけではありません。ドーパミンはいろいろな情報を伝達するシグナルです。それが脳の各領域に分泌され、例えば前頭葉で受け取ると「その情報をもっと入手しなさい」と、情報処理が促されます。
――それはなぜでしょうか。
中野 生存し続けるために、自分自身の情報をより多く集めようとしているからです。変化する環境の中で次の行動を選択するために、情報量は多いに越したことはありません。自分の状態を知ることは、環境に適応し、より有利に安全に生き残っていくために優先される行動だと、脳で判断されているのです。
顔画像の加工をやり過ぎるのはなぜ?
――最近、若者を中心に自分の顔写真をスマホアプリで加工するのが流行しています。目を大きくしたり輪郭を変えたり、中にはびっくりするようなものもありますね。
中野 「どうしてこんなのアップするんだろう」と思うほど、不自然に加工された写真も見かけます。ところが私自身、娘が教えてくれた加工アプリを使ってみたら、40代の自分の顔が10代のように若返ったのを見て大喜びしてしまったんです。これは依存するなと感じました。
ところがその写真を家族や友人に送っても、大して反応はありません。自分の顔だからこそうれしいし、中毒性があるんですね。実際に「人は写真にどのくらい加工を加えたとき、最も魅力的だと感じるか」を調べてみましたが、他人の顔は「それほど加工しないほうが魅力的」と感じるものの、自分の顔は「強い加工を加えた写真のほうが魅力的」だと答える人が多かったのです。
そこで顔の写真を見せながらfMRIという装置で脳の血流を計測してみました。それで分かったのは、自分の顔に対して強い加工を好むのは、やはりドーパミンの分泌が関わっているということです。大脳の側坐核という場所にドーパミンが届くと、「その行動をもっと強化しなさい」という作用が出てきます。加工された自分の顔写真を見て、「自分が思う顔よりいいものだ」と感じるとドーパミンが分泌され、「もっともっと加工して、価値を上げなさい」となるわけですね。
※この記事は2024年9月14日放送「人はなぜ自分の顔が気になるのか~顔の科学で分かること~」を再構成したものです。
「他人の写真を見ることで、加工のやりすぎに気づく」と語る中野さん。生成AIでのコミュニケーションなど興味深いお話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』1月号をご覧ください。
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