「ひまわり」(1996年)以来、朝ドラで法律を扱った「虎に翼」。法律家になる道すらなかった戦前の女性の生きづらさから始まり、現代社会に通じるさまざまな社会問題に光を当て、大きな話題を呼びました。

主人公のとも(伊藤沙莉)をとりまく、よね(土居志央梨)をはじめとする明律大学の同窓生、桂場(松山ケンイチ)ら個性的な上司、母・はる(石田ゆり子)たち愛すべき家族など、多彩なキャラクターたちも人気を博しています。

8月末に、最終週まで全26週分の脚本を書きあげた吉田恵里香さんに、脱稿しての率直な思い、本作で描きたかったこと、執筆の裏話などを語ってもらったインタビューの前編です。


書き終えたばかりだけど、もう1クールくらいやりたかった

──吉田さんにとって初の朝ドラである「虎に翼」。書き上げた今のお気持ちをお聞かせください。

「もう終わっちゃうんだな」っていう気持ちです。後半に行くにつれて、終わらないでほしいという思いが強まって……。撮影スケジュールなど、いろいろなことの兼ね合いで大変でしたけど、今回、本当に俳優さんにもスタッフさんにも恵まれていたので、最後までずっと楽しく書けました。だから、すごく満足してます。

でも、もう1クールくらいやりたかったなっていうのも本音です(笑)。やれなかったシーン、扱えなかった問題、もうちょっと深掘りしたかった人たちもいるので。

──もっと書きたかったことは何か、少しだけ具体的に教えていただけますか。

とどろき(戸塚純貴)、優未(川床明日香)、航一(岡田将生)、涼子様(桜井ユキ)……ひとりひとりのエピソードですね。あるいは最初の方でちょっとだけ出てきた人たちがどうなったかという振り返りや、過去のエピソードも挿入したかったです。自分が視聴者の立場だと、やっぱり嬉しいと思うので。

でも、今回は最終回までに入れなきゃいけない内容がありすぎて、そこまでいけませんでした。だから、本当に最後の最後までかなりギュウギュウに詰まってしまったんですが、かえってそれが「虎に翼」らしいかなと、今では思っています。

──もともとはそれほど登場させるつもりはなかったのに、書いていくうちに出番が増えてしまったとか、予想外に活躍したというキャラクターはいますか?

小橋(名村辰)ですね! すごく愛されているなと思っていました。現場でも、視聴者の皆さんにも(笑)。最初の構成では、こんなに後半まで登場する予定ではなかったんです。戦後の司法省民事局の同僚として誰か入れようとなったとき、すぐに小橋と稲垣(松川尚瑠輝)の名前が出てきて。本当に、想像以上でした。あの髪型も……「つづく」に使われたりして(笑)。

意外だったのは、轟です。私もすごく好きなキャラクターではあるんですけど、ここまでみんなに愛されるとは思いませんでした。SNSでも「#轟」がトレンドに上がることがあって、驚きましたね。割と気難しいキャラクターとして登場して、私自身はそう扱っていたのですが。もちろん、演じた戸塚(純貴)さんの力が大きいと思います。

──キャラクター以外でも、映像化されて予想外だったこと、感動したことなどありますでしょうか。

語りの尾野真千子さんには、とても助けられました。「スンッ」「む」「はて?」「おやおやおや」といった短い言葉に込められる感情が素晴すばらしかった。それによって視聴者の感情も自然にナビゲートしてくれるので、題材的に暗くなりがちな作品が、明るくポップになったと思います。

一方で、憲法を読む、事件の判例を説明するなど、難しい内容も多かったのですが、それも「尾野さんなら大丈夫」という信頼があったので、不安なく書けました。本当にありがたかったです。

山田轟法律事務所の壁に描かれた「憲法第十四条」も、うれしい想定外でした。私は最初、紙に書いたものを壁に貼っているイメージで、台本に書いていたんです。まさか、直接壁に書くとは(笑)。でも、よねなら書くかも、と納得しました。壁に書いてあることで、いつも目に入ってくるし、第十四条がこのドラマのテーマであることがわかる、いい美術でしたよね。


「憲法第十四条」これだけでも覚えていってください!

──まさに、このドラマに通底するテーマが「憲法第十四条」でした。これはどういう思いで、そう設定されたのでしょうか?

ぶちよしさんを主人公のモデルにしようと思ったとき、まず、日本国憲法を最初から最後まで読み通しました。そして、改めて私の心に響いたのが、第十四条だったんです。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

これが交付された当時の人たちは、きっと宝物のように受け取っただろうなと思うのと同時に、今の私たちにとっても大切なことなのに、現代社会でこれがどれくらい果たされているのか?という気持ちも起こりました。

なので、「これだけでも覚えていってください!」という思いで、ことあるごとに出したというのはあります。それに、どんな題材をやっていても、やっぱりここに立ち返るんですよ。だから、憲法第十四条は、人が人らしく生きるための根底というか、スタートラインにあるものなんじゃないかと思っています。

 

──明律大学女子部のメンバーや寅子の家族を通して、それぞれが抱えている問題も、多角的に描かれていました。意識されていたことは?

この作品のもう一つのテーマは「自分の人生を自分で決める」ということでした。そうすると、寅子一人だけでは描ききれない部分が多いので、それを補いたいという意識はありましたね。

私は、みんなが、自分が心からなりたいものになれたらいいと思っているんです。バリバリ働きたい人、ほどよく働きたい人、家庭に入って家を守りたい人……それぞれが、自分の力を発揮したいと心から望んだ場所にいけることが、本当の“一番”。

だから寅子のように働く女性ばかりではなく、専業主婦の花江ちゃん(森田望智)など、寅子の身近な人すべてを書かないとフェアじゃないなと思って、その配分には気をつけました。

男性キャラクターも同じです。女性が生きづらいということは、実は、すべての人が生きづらい社会ということでもあると思うんです。男性の特権が強い時代だって、逆にそれがあるからこそ生きづらいという場合もあったはず。また、女性が生きやすくなっても男性が生きにくくなる訳ではありません。仮にそうなってしまったら本末転倒ですよね。

つまり、結局、グラデーションだと思うんです。男女問わず、全てにおいて正しい人、善人はいない。だから寅子は主人公ですけど、いつも正しいわけじゃないし、間違えることもある。書くときは、寄り添うけれど、美化しない。それはすべてのキャラクターに対して気をつけたつもりです。

【プロフィール】
よしだ・えりか
1987年生まれ、神奈川県出身。脚本家・小説家として活躍。主な執筆作品は、ドラマ「DASADA」「声春っ!」(日本テレビ系)、「花のち晴れ~花男 Next Season」「Heaven?~ご苦楽レストラン」「君の花になる」(TBS系)、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』など。NHKでは、「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞を受賞。
ステラnetでは、コラム『脚本家・吉田恵里香の「グッときた日記」』を連載中。