現在放送中のBS時代劇「おいち不思議がたり」で、主人公・おいち(葵わかな)の父で、医師の松庵を演じる玉木宏さん。無念のうちに亡くなっていった者たちの「声」を聴き、「姿」を見る力を持つおいちをそっと見守る松庵を、どんな思いで演じたかなどを聞いた。

【物語のあらすじ】
江戸・深川の長屋で医者になりたいと夢みて、父である医者・松庵(玉木宏)を手伝うヒロイン・おいち(葵わかな)。彼女には特別な力があった。それは無念のうちに亡くなっていった者たちの「声」を聴き「姿」を見る力……。明るく前向きなおいちが、岡っ引きの親分とともに、人間の闇に迫っていき、謎を解いていく。

彼の冷静さや、ブレないところは、経験値を積んでこないとたどり着けない

――松庵という人物は、誠実で達観していて、冷静な視点を持っている人です。演じていて自分もこうありたいと思うところはありましたか?

たとえ相手からどんな話が来ようと動じない、彼の冷静さや、ブレないところは、いろんな経験値を積んでこないとたどり着けないもの。そのような軸の強さはいいなと思いました。

そういうキャラクターの持ち主であり、父親という立場であり、また、この作品が時代劇ということもあるので、ゆっくりしゃべることを意識的に心がけました。

――松庵の発する言葉はどれも重みがあり、名言ぞろいなのもドラマの見どころの一つです。玉木さんはどう感じられましたか?

確かに、相田みつをさん的なところはありますね(笑)。松庵は基本的に診療所兼自宅にいるので、相手をじっと見ているだけだと、単調なになってしまいがちです。だから、何かをしながら、でも、(セリフを)聞かせるところは聞かせなければいけないと思いました。

それに、ストレートに言ったら強い言葉に聞こえてしまうところもあるので、それをいかに柔らかく言うかを意識しました。はじめは難しいと感じましたが、演じているうちにしっくりくるようになっていきました。

松庵は医師としてや病気を治しますが、おいちは不思議な力で人々の心に寄り添おうとします。松庵はそんなおいちを成長させるために後押しをして、進むべき道を導く存在だと思います。

――今回、おいち役の葵わかなさんとは初共演ですが、葵さんとのお芝居はいかがでしたか? また、他の共演者のみなさんとの撮影の雰囲気もお聞かせください。

葵わかなさんはりんとしていて、集中力が高く、ブレがなく、ミスもしない。でも、かわいらしいところがたくさんあって、ふとした時に無邪気さを見せる方でしたね。

工藤阿須加くん(かざり職人・新吉役)や髙嶋政宏さん(岡っ引き・仙五朗役)は、直近で仕事をしていたので、変わらずいつも通り。たわいもないことを話していました。

財前直見さん(おいちの伯母・おうた役)は20年ぶりぐらいの共演でした。今は大分に住まいを移されて、2拠点生活をしているということで、「実際に成立するものなんですか?」と伺ったら、「逆に東京に仕事で来る時は、割り切ってできるからすごく集中できる」とおっしゃっていました。

なるほど、そういう考え方もあるのか、と。仕事とは関係ない話もたくさんして、いい雰囲気の中で撮影ができました。

――松庵とおいちは信頼関係があり、何でも話せる間柄で、理想的ともいえます。この2人の親子関係についてどのように感じられましたか?

江戸時代が舞台なので、父と娘が隣同士で布団を並べて寝るシーンがあり、現代ではあまり見られない親子の距離感が描かれていると感じました。現代だと、子どもが大きくなったら違う部屋で寝るようになり、だんだん距離が離れてきて……となるのが普通だと思うんです。

でも、親としては子どもが何を考えているのか、何に悩んでいるかは常に知りたいもの。ただし、距離が縮まりすぎても自由度がなくなってしまいます。

僕自身はまだ子どもが幼いのですが、 おいちのように、子どもの側からちゃんと発信してくれれば、親なりに考えて言葉を返したいと思うはず。だから、そういうことができる関係が保たれているのはうらやましいし、いい関係だとすごく感じました。

ブラジリアン柔術は演技にもプラスになっている。

――ところで、去年アメリカで開催されたブラジリアン柔術世界大会「ワールドマスター柔術選手権」に出場されていましたが、柔術を初めたきっかけは何ですか? また、柔術はどんなことにプラスになっていますか?

ずっとボクシングをしていたのですが、柔術にも興味があったので、2019年の秋から始めました。コロナの影響で通っていたボクシングジムでの練習がしづらくなり、柔術へシフトしていった感じです。

柔術は接近戦かつ、寝技が中心。立ち技系は相手とある程度の距離があるのですが、柔術は組んでからが勝負。組んだ時に、常に2パターン考えるんです。自分から行くのか、相手からくるのか、上から行くのか、下から行くのか。常に2つを持っておくと、頭で考えるより、体が勝手に動くようになる。もちろん、動けるようになるためには、練習が必要なのですが。

柔術は演技にもプラスに働いていると思います。セリフのやり取りはキャッチボールのようなもの。柔術はかなり絡み合った状態にはなりますが、相手の呼吸を見て、緩急つけてやるものなので。

――これから作品を観るみなさんに、メッセージをお願いします。

時代劇というものは、余計なものが何もない、心と心の芝居だと思うんです。色味に例えると、時代劇はアースカラー(ベージュやブラウン、カーキ、ブルーなど、地球の大地や植物など自然を彷彿とさせる色のこと)のような感じ。

この作品では、無駄なものが削がれた中に、見えないものが見えてしまう力を持った主人公という、ビビッドカラーのような不思議な要素が混ざっています。にも関わらず、そこは時代劇という枠組みの中、シンプルな世界になっていて、目にも優しく、落ち着いて観られる。43分間、余計なものがない、アースカラーのような世界観に浸って楽しんでいただければと思います。

たまき・ひろし
1980年生まれ。’98年、俳優デビュー。2001年、映画『ウォーターボーイズ』や、’03年の連続テレビ小説「こころ」で注目を浴び、同年『雨鱒の川』で映画初主演を果たす。’06年に放映されたドラマ「のだめカンタービレ」(フジテレビ系)の千秋真一役でさらなるファンを獲得。’15〜’16年の連続テレビ小説「あさが来た」では、主人公の夫となる新次郎を演じた。


BS時代劇「おいち不思議がたり」(全8回)

9月1日(日)スタート
毎週日曜 NHK BS/BSP4K 午後6:45~7:28

原作:あさのあつこ『おいち不思議がたり』シリーズ
脚本:宮村優子
音楽:遠藤浩二
出演:葵わかな、工藤阿須加、財前直見、髙嶋政宏、玉木宏ほか
演出:岡田健ほか
制作統括:佐野元彦(NHKエンタープライズ)、磯智明(NHK)

BS時代劇「おいち不思議がたり」NHK公式サイトはこちら

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。