先日、旧友と会食し、それでも喋り足りず喫茶店に入りました。昔ながらの重厚な雰囲気の店で、エプロン姿にサングラスをかけた50代くらいの渋いマスターがにこりともせず迎えてくれました。
水を運んできた折に私の手元を指し「それ見せてくれませんか?」と低音で声をかけてきました。私の手にはスポーツ新聞、一面の写真は大谷翔平の顔のアップ。「俺、大好きなんだよね。いい男だよねぇ。ねえこれ見てよ!」と手に取った新聞を広げて掲げ、カウンターの中の妻に差し出したときには声が裏返っていました。
あれ? 昔はスポーツ新聞って喫茶店に必ず置いてあったよね! とちょっと不思議な気分、インターネットのある現代では喫茶店にも置かなくなったんだと改めて感じました。
スポーツ新聞といえば子どもの頃の憧れの存在でした。父に連れられて行った中華料理店や理容室で目を通すのが楽しみでした。プロ野球はテレビやラジオの中継を視聴して情報を得ていましたが、スポーツ新聞には華やかな写真やデータが詳細に載っていて魅力いっぱいでした。
特にお気に入りは両リーグの打撃個人成績や本塁打、投手防御率のランキングで、自分の推しの選手が何位くらいの成績なのかとドキドキしながらページを開いていました。また、日頃あまり中継のないパ・リーグの記事に目を通すと、見たいなぁなどと興味をそそられる選手が大勢いたものです。
そんな憧れのスポーツ新聞の定期購読を父にねだっていましたが、なかなか許可してもらえませんでした。それが小学5年の夏休みに、ラジオ体操会に皆勤すること、8月15日までに宿題を終わらせることを条件に、2週間に限って購読を認めると言いだしたのです。もう必死で朝起きて体操に参加し、宿題をこなしました。人生の中で相当頑張った瞬間でした。夢が現実のものとなりました。
そして早朝から新聞配達のお兄さんを玄関で待つ幸せな夏の終わりを過ごしました。私のスポーツ新聞物語、大谷君が思い出させてくれました。
(おのづか・やすゆき 第1金曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2024年7月号に掲載されたものです。
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