もし、ロール・プレイング・ゲームに音楽がついていなかったら、時間を忘れるくらい夢中になれたでしょうか? 長い冒険の旅が思い出に残るのも、場面場面を彩る素晴らしい音楽があったからこそ。
そうしたゲーム音楽の最高峰とも言える、すぎやまこういち作曲の「ドラゴンクエスト」シリーズを、NHK交響楽団(N響)の華麗なサウンドで堪能する「N響ドラゴンクエスト・コンサート~そして伝説へ…~」が、5月6日(月)に開催されました。松井治伸による観覧記です。
クラシック大好き。鑑賞歴は50年。現在、「ラジオ深夜便」の「ロマンチックコンサート」のコーナーでクラシックを担当。
「序曲のマーチ」で幕開け
会場の東京・池袋の東京芸術劇場には、開場前から列ができるなど次々と観客が詰めかけ、ホールは満席。親子連れやお友達同士など若い世代が多く見受けられました。
コンサートは、《交響組曲「ドラゴンクエストⅤ」天空の花嫁》から「序曲のマーチ」で開幕。トランペットの輝かしいファンファーレと躍動感あふれる行進曲です。ゲームファンならずとも「あ、聞いたことがある!」とわかる有名曲。さあ、冒険の始まり! 始まり! 会場内のテンションが一気に上がります。
N響と「ドラゴンクエスト」シリーズには長ーい歴史がある
実は、「ドラゴンクエスト」シリーズはN響ゆかりの作品です。すぎやまさん最初の交響組曲《「ドラゴンクエストⅢ」そして伝説へ…》を、ゲーム発売の前の年、1987年にレコーディングしたのがN響でした。
フルオーケストラによる「ドラゴンクエスト」の世界を初めて音にしたのがN響だったわけです。N響はその後、《「IV」導かれし者たち》《「V」天空の花嫁》でも録音を担っています。
その《交響組曲「ドラゴンクエストⅣ」導かれし者たち》からは、「海図を広げて」と「栄光への戦い」が演奏されました。
「海図を広げて」は、広々とした海原が見えてくるような響きに、ヴァイオリンが奏でる切ないメロディーが胸を打ちます。かたや「栄光への戦い」は、アグレッシブな曲調に邪悪なメロディー。下野竜也さんの情熱的なタクトとN響の迫力満点の表現に圧倒されました。
魔法や冒険の世界を広げるクラシックの名曲も
「ドラゴンクエスト」と言えば、魔法と冒険の物語。そこで、第1部では、魔法や冒険にまつわるクラシックの名曲も披露されました。
まずは、《行進曲「威風堂々」》で有名なエルガーが作曲した《組曲「子どもの魔法のつえ」第1番》から。彼が少年のころに書いた妖精の物語と音楽がもとになっています。中でも「妖精と巨人」は、軽やかな妖精のテーマと地響きを立てるような巨人のテーマの対比が面白く、おとぎ話の世界が広がりました。
そして、ストラヴィンスキー作曲《バレエ組曲「火の鳥」》から。こちらは魔王の手で魔法にかけられた王女を王子が救うという、「ドラゴンクエスト」を思わせるお話です。
「カッチェイ王の魔の踊り」は、凶暴なテーマと野性的なリズムが、まさに魔王の踊り。神秘的な「こもり歌」で魔王が眠ってしまうと、「終曲」で王女の魔法は解け、めでたしめでたしの大団円。ホールいっぱいに広がる壮大な音楽に、終わった後客席から「超かっこよかった!」という声も聞こえてきました。
「そして伝説へ…」N響が描く「ドラゴンクエスト」の神髄
コンサート第2部は、いよいよ《交響組曲「ドラゴンクエストⅢ」そして伝説へ》。N響が1987年に録音した全曲版です。
東京五輪2020の開会式を盛り上げた「ロトのテーマ」で華やかに開幕。ウキウキと心がはずむ「街」、雅楽を思わせる「ジパング」と、バラエティーに富んだ曲が続きます。
「ダンジョン(地下の迷宮)」は、フルートが奏でる心細く寂し気な音楽がまさに迷路を行く感じ。ホルンのおおらかな呼びかけに始まる「海を越えて」では軽やかなワルツに心躍らせ、「おおぞらを とぶ」で懐かしいメロディーにしみじみとした気持ちになり……と、次々と展開する音楽に身をゆだねるうちに、フィナーレの「そして伝説へ」。
冒険の旅を締めくくるにふさわしい壮麗な曲が終わると、客席からは「ブラボー!」の掛け声も飛んで盛大な拍手が沸き起こりました。観客の中には目頭を押さえる人の姿も……。
アンコールの《交響組曲「ドラゴンクエストⅤ」天空の花嫁》から「結婚ワルツ」でコンサートは締めくくられましたが、楽員たちがステージから退場した後も拍手は鳴りやまず、再び登壇した下野さんが指揮台のスコア(総譜)を高々と掲げて作曲者すぎやまこういちさんへの敬意を表すと、再び会場内は割れるような大拍手に包まれました。
何度でも聴きたくなる「聴き減りのしない音楽」
作曲したすぎやまさんは、ゲーム音楽には「聴き減りのしない音楽」が求められると言ったそうです。ゲームは何度も何度もやるので、同じ音楽を何度も聴く、それでも聴き飽きない音楽。それこそが「聴き減りのしない音楽」ですが、聴き減りしないどころか、何度でも聴きたくなるような曲の連続でした。
心をつかむメロディーに、華麗なオーケストレーション。そこにはクラシック音楽のエッセンスも取り入れられ、ゲーム音楽の枠を超えた素晴らしい作品になっていると思いました。
そうしたすぎやまさんの世界を、指揮の下野竜也さんとN響が、情感あふれる「熱い」演奏で聴かせてくれました。客席の感動がステージにも伝わり、それがまた熱い演奏となって返ってくるという、会場内が一体となったような素晴らしい公演だったと思います。
聴いていると、冒険の世界に入り込んだような気持ちになり、フルオーケストラだからこそ味わえる「ドラゴンクエスト」の世界を心から堪能しました。
この「N響ドラゴンクエスト・コンサート~そして伝説へ…~」の模様は、5月20日までアーカイブ配信(有料)されています。
詳しくはN響ホームページまで。
「写真:NHK財団/NHK交響楽団」
(文/NHK財団 展開・広報事業部 松井治伸)
N響 ドラゴンクエスト・コンサート~そして伝説へ…~
2024年5月6日(月)東京芸術劇場
指揮:下野竜也 管弦楽:NHK交響楽団
すぎやまこういち/交響組曲「ドラゴンクエストⅤ」天空の花嫁―「序曲のマーチ」
エルガー/組曲「子どもの魔法のつえ」第1番 作品1a ―「序曲」「メヌエット」「妖精と巨人」
すぎやまこういち/交響組曲「ドラゴンクエストⅣ」導かれし者たち―「海図を広げて」「栄光への戦い」
ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)―「カッチェイ王の魔の踊り」「こもり歌」「終曲」
[第2部]
すぎやまこういち/交響組曲「ドラゴンクエストⅢ」そして伝説へ…(1987年N響録音版・全曲)