会場は笑いと涙、暖かい空気に包まれていました。

「自分の作った歌にうなずいてくれる人がこんなにいるなんて……」と言ってくださった参加者(入選作品の作者)、「歌を作っている方に、ずっとお会いしたかったんです」と何度もおっしゃる選者の歌人の先生方。
短歌を「音」にして、時間と空間を共有しながら味わうと、全く別の景色や感情が浮かんできます。
歌の力と介護の体験を通して、柔らかな絆が生まれていくようでした。

NHK財団が「新・介護百人一首」として広く介護短歌の応募を始めてから、2023年で3回目となりました。今回も昨年10月に審査会が行われ、応募作1万4196首の中から入選作100首を決定。選ばれた皆さんで語り合うつどいを、2月17日(土)に初めて開催しました。
つどいには、21人の入選者と付き添ってこられたご家族など30人あまりがご参加くださり、オンラインでも19人の方に繋がっていただけました。その様子を、この会の司会を担当した私、阿部陽子がご紹介します。


短歌の作者たちに「会いたい」

「みんなで、リアルに集まってみたいね」というアイディアは、短歌募集を始めた当初からあったそうですが、そこはコロナの真っただ中、不可能だとあきらめていました。そしてようやく去年から世の中もなんとなく人が集まる催しが復活してきて「今年はみなさんに、お声がけしてみようか」と企画が始まりました。
実際に介護に関わっていらっしゃる方が多い中、いったい何人の方に(しかも交通費など自己負担もお願いして)お集まりいただけるのか。高齢の方にとってはオンライン参加もハードルが高そうだし……不安の中、100人の入選者にお声がけを始めました。結果的にはリアルとオンライン、合わせて40首の作者とご家族が集うことができました。

当日、介護されているご家族の具合が心配で途中で退席された方もいらっしゃって、一人一人が抱えている現実を目の当たりにする場面がありました。そのことを全員が我がこととして受け止める、そんな会になりました。

ゲストのみなさん。左手前から、春日いづみさん、桑原正紀さん、笹公人さん、花山周子さん(いずれも歌人)、茂木健一郎さん。
NHK財団のオフィスの一角が会場になりました。普段は仕事をしたり、ランチを食べたり、打ち合わせをしたりするスペースです。

選者の先生方も、作者のみなさんに直接お会いしたいと4人全員がお越しくださいました。スペシャルゲストには脳科学者の茂木健一郎さん。ステラnetで紹介している「新・介護百人一首2023 (nhk-fdn.or.jp)」にコメントしていただいています。茂木さんは最初の挨拶の中で
「歌は残ります。私たちは千年前の歌を今でも味わっています。皆さんの歌も千年先の人が読んで、味わっているかもしれない」とおっしゃって、会場のテンションをググっと上げてくださいました。


介護の体験からしか生まれない、かけがえのない“ことば”の連なり

「つどい」では、参加のみなさんの40首を一つ一つ味わい、選者の先生方から全ての歌について講評や感想をいただきました。
作者のみなさん(会場・オンライン)からも、歌ができた背景や込めた想いについて話していただくことができました。(時間の関係で「全員」、とはならなかったことは本当に申し訳ないです。ごめんなさい)

福岡県から参加してくださった50代の女性は、30年以上介護の仕事に携わっている専門家なのに、自分の家族を在宅で介護してみると、それがどんなに厳しかったか、を歌に詠みました。
「長年介護の仕事をして、介護者を育てる立場にもいて……それでも在宅介護では予想もしなかったことが起きてしまい、(母を)施設に預けることになって……自分の母の面倒も見られないのか、という葛藤がありました。でも、(ここへ来て)皆さんの話を聞けてうれしいです」と、少し涙ぐみながら最後は笑顔で話してくださいました。

オンラインで結んだ作者からの感想も。会場からは拍手が。

オンラインで富山のご自宅から参加してくださった80代の女性、背景には段飾りのひな人形がありました。
亡くなったご主人は歩くのが好きな方で「昼間は何度も何度もお散歩に一緒に行って、夜は夜で、うちの中をお散歩してしまって……」と歌を詠んだ時の状況をお話ししてくださいました。
徘徊から目が離せず、ついて回る日々はきっと、とてつもなく大変なこともあったと思いますが、それを「お散歩」とおっしゃる優しい表情が素敵でした。

同じくオンラインで埼玉から参加の50代の女性は、介護の中で思わず言ってしまった「荒いことば」を巻き戻せる装置が欲しい、と詠みました。
これを聞いた茂木健一郎さんが、
「介護の現場って制約が多いと思うんです。その中で“想像力”が跳躍する瞬間がある。それが素晴らしいと思います。僕も欲しいですね、この装置」と話して会場を笑いで包んでくださいました。

歌は、後半、司会の私が読ませていただきました。
声に出すことで「時間と空間をともに味わう」のは読み手にとっても格別な出来事でした。どのように読ませていただいたらいいのか、ずいぶん練習もして、何度も繰り返し読んでいたのですが、本番ではやはり感情が動いてしまって、後半は泣くのを我慢するので精一杯でした。

当然ではありますが、介護していたご家族が亡くなったときの場面を詠んだ歌もありました。コメントしてくださるゲストの歌人の先生も涙、そのあとお話ししてくださった作者ご本人も涙、そして会場も涙……。
発言があるたびにあたたかい拍手が湧き、それぞれ共感や、感動、励ましを作者に送っていました。

思い出して涙しながら話す参加者に周囲もまた涙

最後に茂木健一郎さんが短く、ご自身の研究分野と絡めてお話しくださいました。
「いま、人工知能が文章を作るようになりました。でも、人工知能はすでにある、多くのものを学習してもっともふさわしいことを出してくるだけなんです。そこには体験がないし、個性もない、何より『生きている』という実感がない。
皆さんの作品はその逆です。生きているというかけがえのない手ごたえがある、妻や夫や子どもが登場するが、当然、一人ひとり違う。体験の個別性が言葉に載っている。そして介護という、お互いに支えあうという、かけがえのなさを感じました」

「新・介護百人一首」のコメンテーター 脳科学者の茂木健一郎さん

2時間余りの「第一部」でしたが、会場のみなさんの集中力は途切れることなく、オンラインでも多くの方が長時間ご一緒くださり、温かい時間をともに過ごすことができました。


みなさんの歌にコメントしていただいた歌人の先生方も、直接お会いできたことを喜んでいました。

選者の春日いづみさん

入選者の方々に作品の背景などについてじかに伺うことで、作品を一層ゆたかに味わうことができました。ひと口に介護といってもその状況や思いはさまざまであることを改めて感じ、だからこそ「介護百人一首」は高齢化社会の貴重な財産となることでしょう。(春日さん)

選者の桑原正紀さん

選者と入選者の交流会は初めての企画でしたが、大成功でした。生身の作者の顔や声に触れて、作品がより深く理解できたような気がします。あっという間に時間が過ぎました。(桑原さん)

選者の笹公人さん

入選者のみなさんと交流できて、とても楽しかったです。ある方が「介護されている夫から“入選したのは俺のおかげだね”と言われて笑い合った」というエピソードを聞いて、(新・介護百人一首は)思っている以上に意味のあるイベントなのだなと胸が熱くなりました。(笹さん)

選者の花山周子さん

毎年、選をしながら歌の作者にお会いしたい気持ちが募っていましたので、今回、こうして実際に作者の方々にお会いし、お話しできる機会を持つことができて、本当にうれしく楽しい時間になりました。ありがとうございました。(花山さん)


第二部は、お茶とお菓子で楽しく過ごしました

2時間を超える第一部のあとは、リアルでご参加いただいたみなさんと、選者の歌人の先生方を交えての茶話会です。

時々席を交換して、参加者同士で体験をわかちあったり、選者の先生方と意見交換したり……みなさん、同じように家族の命に向き合う、濃密な時間を過ごした経験がある(またはその真っただ中にいる)だけに、話が尽きることはありません。
中には先生のサインをいただこうと、方々回っている人もいて、本当に和やかな楽しい時間となりました。

選者の先生と談笑
あっという間にサイン会になりました

参加者の方の声です。
「このイベントに参加して、自分の作った歌を自分以上に感じてくれる方がいることがわかって、とても励みになりました」(東京都・50代)
「30代のころから介護に関わってきましたが、このように短歌を通じて介護の現実を知ってもらえるとうれしいです」(福岡県・80代)

最後に……
「このイベント、来年もやるんですか?また来たい……あ、入選しないとダメか」と言った方がいて、周囲から笑い声が上がりました。
ことばを通して深い交流が叶った時間でした。みなさん、本当にありがとうございました。


「新・介護百人一首」は来年度(2024年度)も募集します。
募集の開始などはこちら(「新・介護百人一首」(https://www.nhk-fdn.or.jp/kaigo/))のページで行います(4月15日開始予定)。ステラnetでも募集開始をご案内しますので覗いてみてください。
また、入選した百首を掲載した作品集については、送料だけご負担いただいて無料でお配りしています。作品集のお申し込みなど、詳しいことについても、同じ「新・介護百人一首」のページ、下の方に掲載しています。
2023年度の入選作品集は3月1日からお申し込みの受け付けを開始します。

ステラnetでもみなさんの歌を順にご紹介しています。(https://steranet.jp/list/poems)今は2022年の作品です。今回ご参加のみなさんの作品はおそらく夏ごろからの紹介になりそうです。こちらでもどうぞご覧ください。

NHK財団の「新・介護百人一首」は、次の皆様のご協力によって支えられています。
<企画協力>
公益社団法人日本介護福祉士会
<協賛>
株式会社スペースケア株式会社Dプロモーションあいおいニッセイ同和損害保険株式会社

(NHK財団 展開・広報事業部 阿部陽子)