シリーズ横溝正史短編集Ⅲ 池松壮亮×金田一耕助3
「女の決闘」「蝙蝠と蛞蝓」「女怪」
3/12(土)までNHKオンデマンドで配信中!(2/26(土)初回放送)
小説家・横溝正史の傑作を、“ほぼ原作に忠実に映像化する”「シリーズ横溝正史短編集」。第3弾となる今回は、金田一耕助が、踊ったり、嫌われたり、失恋したり!? 事件を通してこれまでにない姿が描かれる。
前回*に続いての主演は、俳優・池松壮亮。本シリーズへの思い入れ、そして、日本を代表するこの名探偵を「今、自身が演じる意味」について語ってくれた。さらに、3人の監督たちとの座談会も実施。今作の魅力を余すところなく伝える!
*これまでに、第1弾として「黒蘭姫」「殺人鬼」「百日紅(さるすべり)の下にて」(2016年)、第2弾で「貸しボート十三号」「華やかな野獣」「犬神家の一族」(2020年)を映像化。池松はそのすべてで金田一役を演じている。
今、どの横溝作品を届けるのか?
第1弾、第2弾と、好評をいただいて、第3弾も当然やるものだと思っていました(笑)。 同時に、やるからには前作と同じレベルのものを作るのではなく、より良いものをお見せしたいという気持ちは何よりあって。
シリーズのスタートから6年が経過しましたが、制作チームのお互いの理解も深まってきましたし、新しいことにトライしやすい環境でもあり。またみんなで新しい金田一の物語を生み出すことが、とても楽しみでした。
原作の横溝作品が小説として発表されたのは、70年以上も前のこと。それを今、映像として語り継ぐことの意味は何か? 中でも、どの作品を取り上げるのか? そのことが、このチームでは重要だと考えています。
第3弾の3作品に共通するのは、“女性の生き方”や“ジェンダー”という問題。女性がとても生きづらい時代に起きた事件を扱っています。それを今の感覚をもって再解釈して、今の感覚の金田一の目を通して見つめたとき、どんな意味を持たせられるのか──。とてもやりがいのある3本でした。
シリーズを通して見えてきた新しい“金田一像”
金田一を演じ続けてきて、考えるようになったことの一つに、「彼はとてもかわいそうな人なのではないか」という問いがあります。
これまでは、どちらかというと、年代後半に横溝作品の映画を数多く手がけた市川崑監督が遺した、「金田一は戦後に舞い降りた天使なんだ」という言葉に共感し、そのイメージを、自分なりにアレンジしながら引き継ぎたいと思ってきました。
“事件を暴く”でもなく、“人を裁く”でもなく、どこか人間離れした探偵としてそこに浮遊するように存在し、実に楽しそうに事件を推理する。けれど、役を“キャラクター化”しすぎるのって、とても残酷なことだなとよく考えます。これは俳優として常々思っていることですが、キャラクター化されることで、作品として見やすくなったり、より愛される存在になったりする。
でも一方で、人物としての深みはどんどん失われていきます。いつかちゃんと金田一耕助という人を、一度“人間”に戻してあげたい。今回はそのことに挑戦するのに、もってこいの題材とタイミング ではないかと思いました。
特に「女怪」では、金田一がいつになく“惑う”姿を見ることができます。「そんな金田一見たくない!」と思われるかもしれないし、もしかしたら、金田一ファンの人たちが、このシリーズから離れていってしまうかもしれない。
それでも、金田一もひとりの人間なんだと伝えることが、今、金田一をやるうえで自分が果たせる最低限の役割なんじゃないかと思いました。僕は、俳優として、演じるキャラクターの人生については俳優が責任を取るべきだと思っているので、今回、惑う金田一を演じることで、自分が金田一を演じてきた責任の一つを取れたのではないかと思っています。
金田一が、この国が誇る名キャラクターだという思いに変わりはありません。例えば、シャーロック・ホームズのように、世界中の人たちに知られる存在になってほしい。これ、けっこう本音なんですよ(笑)。
未来の金田一に託す思い
“ほぼ原作に忠実に映像化”するというのがこのシリーズ最大の特徴ですが、単純に原作をなぞっただけでは、ただの再現になってしまいかねない。だからこのチームなりの“解釈”がとても重要になってきます。そこにこそ、最も時間と労力をかけていると言っていいんじゃないでしょうか。
前回は2019年の撮影だったので(放送は2020年)、殺ばつとした世相を感じさせるようなつらい事件や、天災が続いた時期だったと記憶しています。ですから、“人が死ぬことはもう嫌だ”という気分を、個人的なテーマにしていました。
探偵である以上、“死”が身近なところにあり、ストーリー上でも人が亡くなってしまうことが多いけれど、もし金田一が今の時代を生きていたら、たくさんの死を目の当たりにすることに対して、きっとそう思うはずだと信じたからです。
一方、今回は、金田一自身の内面や、ひとりの人間として、本当はどんなことを感じて、それをひた隠しにしつつ金田一耕助として生きているのか。感情をあらわにしつつ、惑い、あがき、狂う姿に重きを置きました。そのことが、最大のミッションでした。“同時代の物語”として、新しい金田一を楽しんでいただければうれしく思います。
時代とともに新しい解釈をされながら、金田一はこれからも続いていくと思います。このシリーズとしても、まだまだ続けていけたらうれしいですし、どこかで全く別解釈の金田一が生まれてくるのも期待したいです。
古くから語られてきた金田一耕助を継ぐ者のひとりとして、常にアップデートを続け、そして未来の金田一に託すことができればと思っています。
撮影/植村忠透 ヘア&メーク/FUJIU JIMI 協力/AWABEES 取材・文/近藤春名、小倉佳子
(NHKウイークリーステラ 2022年3月4日号より)