最新のエッセーは月刊誌『ラジオ深夜便』9月号で。
腕時計が好き、といってもブランド品に凝っているわけではありません。半年ほど前でしょうか、朝出がけに腕時計を着けたところ8時3分を指していました。「ん?」部屋の掛け時計は8時10分。とりあえず腕時計を8時10分に合わせて自宅を出て、駅に着いた時にもう一度見ると、8時10分のまま。やはり止まっていたんですね。数日後近くの専門店で電池交換をしてもらい、無事元通り動き始めましたが、これがきっかけで自分の「腕時計史」を思い起こすことになりました。
初めて腕時計を買ってもらったのは中学生の時。まだ手動でゼンマイを巻くタイプで、厚みのある本体に金属製のベルトが付いていました。ずしりとした重量感に、ちょっと大人になったような気分でした。
就職祝いも、放送の仕事に役立つだろうと、腕時計でした。金地の円い文字盤で、秒針もあって電池式、革のベルトでした。これは長く使いましたね。スマートフォンもなかったころ、中継現場でも正確な時間が分かるようにと、出発前には117番に電話をして針を秒単位で合わせたものです。
ある時は、編集中に急にコメントの尺(所要時間)を出してくれと言われ、手元にストップウォッチがなかった私は、代わりに腕時計で計ったこともありました。二十数年間お世話になったこの腕時計も、針を合わせるネジが壊れ、交換品の在庫も生産中止になったことで、役目を終えました。止まったままの思い出の腕時計は、今でも手元にあります。
深夜も早朝も、遅刻しそうな時も、暇を持て余している時も、私が文字盤を覗くと、腕時計は黙って時刻を教えてくれます。言ってみれば、私と共に時間を過ごしてくれる相棒のような存在です。
今使っているのは、白地の円い文字盤に長針と短針だけのいたってシンプルなもの。「深夜便」の放送中も着けています。スタジオにはもちろん時計があるのですが、着けているとどこか安心するのです。私の大切な相棒は、今日も私のそばで時を刻んでいます。
(まつい・はるのぶ 第1・3月曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年7月号に掲載されたものです。
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