1968年の大学閉鎖後、級友と喫茶店で自主授業を始めた。しかし最後は必ず最近見た映画の話に。論客であるT君が今見るべきは「アメリカン・ニューシネマ」だと熱弁をふるった。確かに、その年度の『キネマ旬報』外国映画のベスト1は『俺たちに明日はない』で、6位は『卒業』、70年度のトップは『イージー・ライダー』、4位が『明日に向って撃て!』だった。
T君は言った。アメリカン・ニューシネマの特徴は、ハリウッドの〝ハッピーエンド神話〞の否定であり、基本、逃げたり追われたり放浪する物語だ。そこには、間違いなくアメリカの若者が抱えているベトナム戦争への脅威が反映されている、と。僕も同感だった。
『 俺たちに明日はない』の主人公ボニーとクライド(注1)も、 『明日に向って撃て!』のブッチとサンダンス(注2)も、執ように追われた末、無残な最期を遂げる。『卒業』のダスティン・ホフマンも、「エレーン!」と叫んで教会の結婚式から花嫁のキャサリン・ロスを奪ったところまでは威勢がいいが、その後二人で乗り込んだバスの中で見せた情けないほど不安な表情は、当時のアメリカの若者の心情を象徴しているかのようだった。
T君は、自分たちは英文科の学生だから『ロミオとジュリエット』 (1968年公開) の話もしようと提案した。シェークスピア原作の映画化はこれまでにもあったが、イタリアの監督フランコ・ゼフィレッリの舞台から飛び出したようなダイナミックな演出は見事だった。そして、ぼくたちはみんな当時15歳でジュリエットを演じたオリビア・ハッセーに恋をした。
日本映画についても熱く語った。今村昌平の『神々の深き欲望』、岡本喜八の『肉弾』、大島渚の『絞死刑』など、1968年公開の独立プロの問題作が話題になったが、そこに翌年の夏、ユニークな作品が現れた。山田洋次監督の『男はつらいよ』である。テレビドラマ (フジテレビ系で1968〜69年に半年間放送) からの映画化ということで評価は分かれたが、劇場が爆笑の渦に包まれていると聞いて見に行って驚いた。
〝非常識なロマンチスト〞寅さんと彼に振り回される柴又の家族とのやりとり。日本人の人情の機微を笑いで包み込んだ山田監督の巧みな演出。そして、渥美清さんの流麗な啖呵売の口上の見事さなど、一気に虜になった。以来、主演の渥美清さんが亡くなり、シリーズが終わりを告げるまで26年間、全国各地で見続けた。
最高の映画の友だったT君は卒業後、病を得て20代後半で早世した。映画を熱く語り合える友を失った悲しみは大きかった。そして、僕は彼の分まで多くの映画を見ようと決意した。
(注1)…大恐慌時代のアメリカに実在した強盗カップルがモデル。
(注2)…19世紀末のアメリカ西部で列車強盗などを働いた実在の2人組。逃亡先のボリビアで追い詰められ殺される。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2023年3月号より)
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