「明日をまもるナビ」南海トラフ巨大地震 最悪の事態に備える
4月16日(日)総合 午前10:05〜10:50
【番組HP】https://www.nhk.jp/p/ts/698KRW7VJW/episode/te/3JLM1637L8/


四国の南西部に位置する高知県黒潮町は、人口1万人余り。太平洋に面して海岸線が長く続き、カツオを始め、豊かな海産物が獲れる漁業の町として知られています。潮風に吹かれ、眩しい陽光に包まれていると夢見心地ですが、南海トラフ巨大地震が発生すると、最悪の場合、最大震度7、高さ34.4mという「全国一高い津波」が押し寄せる心配があります(内閣府想定)。

NHK高知放送局が主催、黒潮町が共催し、私たちNHK財団が運営した今回のワークショップは、巨大津波から命を守るために「どんな心構えが必要なのか」「日頃からどう備えれば良いのか」、その答えを黒潮町の皆さんと一緒に考える機会になりました。


南海トラフ巨大地震とは

南海トラフは、日本列島の南、太平洋の海底に延びる、陸側のプレートと海側のプレートの境目です。東は静岡県沖の駿河湾から、西は九州の日向灘まで、全長700㎞にも及びます。南海トラフでは、陸側のプレートの下に、海側のプレートが1年間に5センチほどの速さで潜り込んでいます。この潜り込みによって、南海トラフには少しずつ歪みが貯まります。やがて耐えきれなくなるとプレートが跳ね上がり、エネルギーが解放されます。この時、最大でマグニチュード9クラスの「南海トラフ巨大地震」が発生するのです。「歪みが貯まって跳ね上がる」という現象は、100年から150年という周期で起きることが、過去の地震から明らかになっています。


「全割れ」と「半割れ」

プレートの跳ね上がり=岩盤の壊れ方には、大きく「2つのパターン」があります。まず「全割れ」と呼ばれるもの。東西700㎞に及ぶ南海トラフが、同時に広い範囲にわたって壊れます。巨大なエネルギーが一度に放出され、大規模な災害が同時多発的に起こります。もうひとつのパターンは「半割れ」です。例えば、まず南海トラフの東側でプレートが跳ね上がり、地震が起きる。全体ではなく、半分が壊れるので「半割れ」と呼ばれています。

この「半割れ」が起きると、そのあと、残りの半分、あるいは、他のどこかで、新たな地震が起きる可能性が高まります。例えば1854年には、先に南海トラフの東側で「安政東海地震」が起き、その32時間後に西側で「安政南海地震」が起きました。1944年には、先に東側で「昭和東南海地震」が起き、その2年後に、西側で「昭和南海地震」が起きています。このように、南海トラフで起きる地震は、連動する可能性があることが、過去の地震で明らかになっています。


「南海トラフ地震臨時情報」とは

こうした「連動して後発地震が起きる可能性」に注目して気象庁が準備しているのが「南海トラフ地震臨時情報」です。南海トラフでマグニチュード6.8以上の地震が起きるか、プレートの境界面で異常な現象が見られると、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」を発表します。そして専門の科学者が集まって評価検討会が開かれます。

検討の結果、地震の規模を示すマグニチュードが8.0以上で、地震がプレートの境界で起きたと評価した場合には「巨大地震警戒」を発表します。南海トラフのどこかで巨大な後発地震が起きる可能性が高まっている重大局面です。各地の自治体は、住民が津波から逃げ遅れないよう、事前に避難しておく必要がある地域を定めています。対象になっている住民は83市町村で少なくとも47万人余り。最低1週間の事前避難が求められます。

マグニチュードが7.0以上だった場合や、プレートの境界で普段とは異なる動きが発生したと見られる場合には、後発地震が起きる可能性が高いと評価し、「巨大地震注意」を発表します。住民には、地震への備えを改めて確認し、注意しながら過ごすことが求められます。どちらにも当てはまらない場合は「調査終了」という発表が行われます。


「犠牲者ゼロ」を目指し、町を鼓舞し続けた防災学者

東日本大震災の後、南海トラフ巨大地震の被害想定の見直しが行われ、震災から1年後の2012年3月31日、内閣府は新たな震度分布と津波高の推計を公表しました。そこで明らかになった高知県黒潮町の想定は「最大震度7、最大津波高34.4m」という全国一厳しいもの。黒潮町役場の情報防災課長、村越淳さんは「私たちは“331ショック”と呼んでいます。2011年の“311”に続く衝撃だったのです」と当時を振り返ります。

黒潮町の住民が途方に暮れかける中、駆け付けたのが、京都大学防災研究所・巨大災害研究センターの矢守克也教授です。矢守教授の専門は「防災心理学」。様々な科学的知見と手法を駆使し、巨大災害から命を守る方法を研究してきました。

矢守教授は、研究室のスタッフを伴って、度々、黒潮町を訪ね、地域の特性を調査し、住民の声に耳を傾けるフィールドワークを重ねました。そして、浸水の可能性がある3791世帯を対象に黒潮町が実施した戸別の「津波避難カルテ」づくりや、全住民の避難行動調査へのアドバイス、高齢者が玄関先まで避難することで救出しやすくする訓練の提案、スマホを使って津波の浸水状況を確認しながら避難訓練が出来る防災アプリ「逃げトレ」の開発など、黒潮町と連携し、10年余りにわたってさまざまな防災対策を生み出してきました。

そんな矢守教授が、今回のワークショップで強く推奨したテーマが「臨時情報」です。
2019年5月に運用が始まって以来、まだ一度も発表されたことがない「臨時情報」は、重要な情報にも関わらず、国民に理解されているとは言い難く、高知県が行った県民アンケートでは「臨時情報を知っている」と答えた人は20%でした。「この機会に改めて臨時情報について知ってもらい、もしも臨時情報が発表されたら、どう行動するのが適切か、黒潮町の皆さんと一緒に考えたい」。それが矢守教授の希望でした。


南海トラフ巨大地震の発生確率は、今後30年間に70%から80%。全国一高い津波が到達する恐れがある高知県黒潮町の皆さんは、どう備えたら良いのか。2023年3月11日、「南海トラフ巨大地震に備える防災ワークショップ」の会場となった高知県立ふるさと総合センターには、100人近い住民が集まりました。

司会を務める滝島雅子アナウンサーの紹介でステージに登場した矢守教授は「この会場のすぐ目の前には太平洋が広がり、春の陽射しに輝いています。この美しい町は100年に一回ぐらい、大きな災害に見舞われますが、みんなの力で乗り切るため、きょうは一緒に考えましょう」と挨拶しました。

続いて、避難シミュレーションに参加する3組の家族が紹介されました。
高知県庁に勤める宮地甲さん(32)は、母親と4歳の長男を連れて参加。住まいは海から900m、第一波到達まで最短で33分、最大9mの浸水が想定されています。

町内の神社で宮司を務める浜田康太郎さん(44)は、中学2年生の次男と参加。住まいは海から1300m、第一波到達まで最短で36分、最大3mの浸水が想定されています。

宮川一誠さん(81)はご夫婦で参加。住まいは海から900m、第一波到達まで最短で36分、最大8mの浸水が想定されています。

このあと、会場の大きなスクリーンに、元「ニュース7」キャスターの畠山智之アナウンサーの姿が映し出され、緊急地震速報の入電と共に、地震発生を伝える模擬ニュースが始まりました。模擬ニュースは、地震発生以降の事態の進展を5段階に分けて構成されています。

3組の家族は、それぞれのニュースを見終わった後、手元に用意された「避難する」「避難しない」のボードのどちらかを選択し、意思表示します。客席にも赤と青の紙が配られ、「避難する」と判断した場合は赤を、「避難しない」場合には青を、それぞれ示してもらうことを確認し、避難シミュレーションが始まりました。

第1段階の模擬ニュースは「南海トラフ地震の想定震源域に当たる静岡県沖でマグニチュード7.3の地震が起き、静岡県西部と中部で最大震度6弱、津波警報が静岡県と愛知県外海に発表された」という想定で始まりました。警報が出ているため、「今すぐ逃げて下さい!」と切迫したトーンで呼びかける畠山アナの声が会場に響き渡り、場内は緊張感に包まれました。

第1段階の模擬ニュースを見終わった時点で、宮地さんは早くも「避難する」を選択。浜田さん、宮川さんは「避難しない」。宮地さんは「小さい子どもがいるので、念のための判断です」と理由を説明。浜田さんは「もう少し情報が欲しい。防災バッグの中身も点検したい」、宮川さんは「現時点の情報では、急いで避難する状況にない」と判断の理由を語りました。

第2段階の模擬ニュースでは「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」の発表が伝えられ、場内のあちこちで、ため息が漏れました。

宮地さんは引き続き「避難する」を選択。浜田さん、宮川さんは「避難しない」。浜田さんは「まだ調査中なので、結果が出るまで待ちたい」、宮川さんは「気象庁の最終判断を待ちたい」と説明しました。会場の観客の中にも「この時点で避難する」と答えた女性がいて、「高齢で素早い避難が出来ないので、念のため、早めに避難することにした」と理由を語りました。

矢守教授は「それぞれの事情に応じて避難を考えることが大事。近くに高台のある人が、我が家はもう少し様子を見よう、と考えるのは当然のことで、避難行動にはバリエーションがある」と解説しました。

第3段階の模擬ニュースでは「御前崎港で1m10㎝の津波を観測、静岡県や愛知県でビル壁が落下、火災、液状化現象、長周期地震動で高層ビルのエレベーター緊急停止」などの情報が伝えられました。

ここで宮地さんは「避難する」から「避難しない」に判断を変え、「東海地方の被害の情報が中心で、今後の情報を見極めたいので、自宅に戻ることにした」と説明しました。

浜田さんは「高知県に関わる情報が欲しくて、家に閉じこもって待っているが、情報がなく、もどかしい。明るい時間なら我慢できるが、夜だったら不安になって避難するかも知れない」と複雑な心境を語りました。

矢守先生は「こういう時は、全国の情報だけでなく、地域の放送局から地域の情報を伝えてもらうのも重要だ」と報道の在り方に注文が出ました。宮川さんは「我が家の場合、すぐ裏に山があるから逃げやすい。クルマはガソリンを満タンにしてあり、いざとなったらクルマで逃げることも考える」と語りました。

会場に来ていた高校の教諭は「うちの高校は高台にあり、町民の皆さんの避難所にもなっている。生徒を各家庭に帰す判断をすると、高台から海の近くに降りていく生徒もいるので、臨時情報(調査中)が出ている時点では帰しにくい。一方で、早めの避難を考えて、高校に来る住民もいると思うので、そうした人たちの受け入れのことも気にかける段階かなと思う」と悩ましい胸中を語りました。

この発言を引き取って矢守教授は「きょうの避難シミュレーションは、家族全員が家にいるという前提で考えがちだが、実際には家族が別々の場所にいる時に地震が起きたり、臨時情報が出たりすることは、十分に考えられる。そういう時に、どのように連絡を取るのか、連絡が取れない時には、各自でどう行動するのか、日頃から家族で話し合っておく必要がある」と助言しました。

第4段階の模擬ニュースでは「静岡県沖で再び地震。静岡県西部と愛知県東部で最大震度4」との情報が伝えられました。

宮地さんは「避難する」「避難しない」のボードを手に困った表情を見せ、「半分です。中間です。夜だけ避難させて下さい」と表明。「昼間は仕事があるので日常生活をしつつ、夜だけは怖いので避難したい」と語りました。浜田さんも「私も半分です。この段階になると、周りの人が逃げるなら、自分も逃げようと思うかも知れない」と説明しました。

矢守先生は「避難行動は周囲にも影響を与えるので、周りに声をかけ、消極的な人に避難を促すことも重要」とアドバイスしました。宮川さんも「私もこのボードを半分にしたい。夜と昼とでは考えが違います。昼は耐震補強を済ませた我が家で過ごすが、夜は不安になるので避難したい」と揺れる思いを語りました。

最終の第5段階の模擬ニュースでは、後発地震の発生に注意を呼びかける「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」の発表が伝えられ、客席からどよめきが起きました。

会場には模擬の町内放送も流れ、黒潮町が町内全域に「高齢者等避難」を発令し、「町内7か所に避難所を開設する」という町の対応が周知されました。この段階で3家族全てが「避難する」のボードを掲げ、避難シミュレーションは終了しました。

このあと、矢守先生の講評が行われ、「皆さん、それぞれに、きょうは臨時情報と地震津波からの避難について、しっかり考える機会になったと思います。臨時情報の良いところは、突然、地震が起きて避難することに比べて、多少かも知れないけれど、時間的な余裕があることです。巨大地震警戒が発表されたら、1週間を目安に、どこに避難するのか、今のうちに相談して決めておき、荷物を預けたり、自分が食べる保存食を用意したり、出来ることをしておきましょう」と、平時の備えの大切さを強調しました。

また、臨時情報について「発表されたからと言って、必ず後発地震が起きるとは限りません。どれだけ日常生活を続けながら、災害への備えをしっかりし、注意を怠らないように過ごせるかが大事です。日常生活と災害対応を同時に進める、言わば二刀流です」と助言しました。

更に「臨時情報が発表されたものの、後発地震が起きないという事態が何度か繰り返されたとしても、そのことを空振りとは思わず、むしろ、素振りをしたのだと受け止め、避難の練習が出来たと、前向きに捉えてほしい」と呼びかけました。

最後に矢守教授は「あくまで確率の問題だが、次の南海トラフ地震が、考え得る最大クラスで起きる確率は低いです。なぜなら、大きな地震ほど起きる確率は小さいからです。中ぐらいの南海トラフ地震が起きる確率が一番高く、これは科学的事実です。私たちは、最大震度7、最大津波34mだけを思い描いて、避難を諦めてしまったり、過剰に反応してしまったりするが、ここは冷静になって、最悪のシナリオもあるけれど、もっと確率の高い、もう少し小さめの地震や津波を想像して、まず対策を始めることが大事だと思う。そして、その次に、もっと大きな地震が起きた時のために、今の対策のどこをグレードアップすれば良いかを考える、発想のステップアップが大切だ」とコメントしました。

ワークショップ終了後、会場で行ったアンケートでは「臨時情報のことがよくわかった」「住民のリアルな声を聞くことが出来た」「状況によって様々な判断があることが参考になった」などの感想が多く寄せられ、「満足度」は87%と高率でした。

災害への備えは、まず地域の皆さんに、防災への理解を深めて頂くことが大切です。私たちNHK財団では、これからも全国各地の放送局と連携して、地震津波、豪雨、大雪などの災害をテーマにしたワークショップを開催、地域の防災力向上に資する取り組みを続けていきたいと考えています。

今回、高知県黒潮町で開催した防災ワークショップの模様は、総合テレビ「明日をまもるナビ(78)南海トラフ巨大地震・最悪の事態に備える」で全国に放送されます。
放送は4/16(日)午前10:05〜10:50です。ぜひ、ご覧下さい。

(NHK財団ことばコミュニケーションセンター/ 星野豊)