本シリーズの第3幕に当たる「5代将軍綱吉・右衛門佐編」が放送されている。

将軍・綱吉を演じるのは、仲里依紗。ギャルからセクシー系、犯罪者まで幅広く演じきる彼女の実力はご存じのとおりだが、ひとたびスイッチが入ると表出する独特の存在感は、本作でもいかんなく発揮されている。

理知的で威厳のある冨永・吉宗とも、愛くるしい中に強い意志を宿す堀田・家光ともまったく違うタイプの綱吉。いつも色目使いのなまめかしい女性かと思えば、愛娘・松姫を慈しむ優しい母であり、孔子や孟子を堂々と論じ合う教養人でもある。なかなか複雑なキャラクターのようだ。

そもそも仲嬢、時代劇は初めてということで、最初は重くかさばる打掛を着て歩く姿が少し現代的すぎるかな?と思ったものの、その後のお芝居に引き込まれ、そんな雑念は吹き飛んでしまった。

“犬公方”として知られる実際の徳川綱吉公は、民衆の評判はかんばしくない将軍だったと聞くが、ドラマの綱吉も、阿佐ヶ谷姉妹そっくりの(笑)ゴシップ好きな2人組から「公方様は、当代一の色狂い!」とやゆされるのだから推して知るべし。それも、あの純愛に生きた家光と有功の涙の抱擁を見せられたあとなら、なおさらのこと。
初登場から“舌なめずり”していい男を物色する好色顔を見せられると、仲嬢にしかこの役は任せられないとさえ思ってしまう。

そして、綱吉の父・桂昌院こそ有功の弟子だった玉栄なのだから、時代も変わったものよのぉ。演じる俳優も奥智哉から竜雷太にチェンジしたが、桂昌院の口から「有功さま」というセリフが飛び出すと、物語はつながっているのだなあと感慨深い。

ただ、倉科カナ演じる柳沢吉保と桂昌院の爺さんが密通しているんだぜ! 玉栄ってこんなに女好きだったっけ? これこそ、村瀬以上の変わりようだ(苦笑)。

大奥で男の権力争いを桂昌院と繰り広げているのが、綱吉の正室・鷹司信平。演じる本多力がいい味出している。つかみどころのないせりふ回しがいい。間延びしたような声で、なにやら企んでいる姿は“こしゃく”感たっぷりだ。

なにはともあれ、元禄文化が花開いた時代なので、華やいだ雰囲気かつ退廃的な香りが画面から漂ってくるのも、よきかなよきかな。


佐殿になった“平六”。将軍を手玉に?

そんな大奥に京からやってくるのが、下級貴族出身の右衛門佐。
演じるのは、平然と出まかせを言わせたら右に出る者はいない山本“平六”耕史(あくまでも、ほめ言葉です)。伊豆の豪族・三浦義村が“佐殿”になるなんて、源頼朝さまはもちろん「鎌倉殿の13人」ファンも驚いたことでしょう。

本シリーズで、これほどの野心と実力を兼ね備えた男が登場するのは初めてのこと。計画通り、右衛門佐は大奥で成り上がろうと着々と手を打ち、思いどおり有功以来空席だった大奥総取締に就く。

「韓非子」の講義中のちょっとした出来事から、よこしまな考えを綱吉に見破られてしまうのはご愛嬌。扇の先で右衛門佐のあごをくいっと持ち上げ、勝ち誇った顔で語り出す綱吉(登場する全将軍が扇で「あごくい」をするんだろうな)。
このときのセリフがしびれる。

図に乗るなよ! 佐。
たかが総取締ごときが、私や父上、この徳川を動かせると思うたら大間違いじゃ。
そなたの命など、私の心ひとつじゃ。
だまされてやっておるうちが花と思えよ。佐

将軍を手玉にとろうと画策していた右衛門佐を厳しく叱責したあと、ふっと微笑みながら去る綱吉。ただの色狂いではないことを右衛門佐に思い知らせ、2人の精神的立場が逆転した、印象的なシーンだった。

しかし、運命は残酷だ。
一人娘・松姫が突然この世を去り、新たな世継ぎを生むため、綱吉はひたすら閨に男を呼び、子作りに励む。満ちあふれていた自信や奔放さ、美しさは綱吉の顔から消え、ただただ世継ぎを作る作業に没頭する。
これでは、かつてある政治家が吐いた暴言「産む機械」だ。

こんな状況に娘を追い込んだ桂昌院の言葉――――。

これは、お前がどうしてもやらなあかん、おつとめなんじゃ。
世継ぎを生むんは将軍しか、徳子しかできひん。
ほかには誰にも代わってやることのできひん、将軍のおつとめなんじゃ

なんとも罪深い父から呪いをかけられた綱吉だが、家光編で春日局が言った「徳川のためにございます!」の呪文がここでも繰り返されることになる。

それにしても、綱吉の「濡れ場」シーンには度肝を抜かれた。これまでのNHK基準を超えるほどの性表現! 撮影ではインティマシー・コーディネーターもついたと聞くが、この作品にかける意気込みは相当のものだね。

インティマシー・コーディネーター…性的シーン収録において、制作意図を理解しつつ、俳優を身体的・精神的に守りサポートする専門家。


「大奥」世界の将軍は幸せになれる?

ご存じのようにこのドラマシリーズは “男女・ジェンダー逆転”をして、女性が権力をもった架空(SFファンタジー)の江戸の世を描いている。将軍はもとより、民間でも柱になるのは女性。いわゆる「家母長制」の世界だ。

ただ、権力をもったこの世界の女性は、実際の世界の女性より幸せだろうか。男たちをあごで使い、自分の思いのままに暮らしている将軍は「我が世の春」を謳歌しているだろうか。

否、逆に苦しみが倍増しているように思う。

誤解を恐れずいえば、女性は「産む性」から逃れられないからだ。徳川幕府を継続するために世継ぎはどうしても必要で、女性が将軍となったことで、その重責を担える人間は、桂昌院が言うとおり将軍ただ一人になってしまった。
これはマジ過酷ですよ。

一方、男性たちはといえば、権力を失ったものの、というより権力から離れたことで、現実世界よりものびのび生きているように見える。

第4話で、家光がくしくも「わしは、将軍という名の人柱」と言ったが、本シリーズは徳川家のいけにえ、社会システムの犠牲者たる女将軍の受難の物語だ。ただ、「苦しみ」増し増しの世界だからこそ、将軍に訪れる真の愛、真の喜びの一瞬が大きな輝きを放つわけで……。それが視聴者の共感と感動を呼び、改めて、女性に大きな影響を与え続ける現実社会の理不尽さを浮き彫りにしていく。

加えて、史実をいかにうまく織り込みながら、この“男女逆転”世界をドラマチックに展開していくかという、歴史ドラマの構造的見どころも満載。今回も、玉栄の過去と綱吉の不妊、その因果から発せられる「生類憐れみの令」というアイデアは、見事と言うしかない。
だから「大奥」は面白い。やはり、いい意味でヤバいドラマだ。

さて松姫の死後、右衛門佐との講義の席で、これまでと全く違った姿を見せる綱吉。かつての強烈な強さは消え、何か憑き物が落ちたように従順でもの静かだ。そんな上様に心動かされたのか、右衛門佐は自分の生い立ちや“種馬”として生きてきた過去を吐露する。

そこで綱吉は知るのだ。己の運命から逃れたいと思っていたのは自分だけではなかったのだと。右衛門佐と会話をする綱吉の表情の、なんと可憐で寂しげであったか。
2人が初めて心通わせたいいシーンだった。

次回も「5代将軍綱吉・右衛門佐編」が続くと思うが、綱吉と右衛門佐の微妙な関係がこれからどうなっていくのか! 原作を読んでいない視聴者は待ち遠しいだろうし、原作既読の方も「あのシーンはどう描かれる」と興味津々だろう。

第6回のラストシーンで、綱吉は右衛門佐にこう言い放った。
心にぶち刺さる魂の叫びだ。

将軍とはな、
岡場所で体を売る男たちよりも卑しい、
この国でいちばん卑しい女のことじゃ!

彼女の悲しみをしっかり受け止めるかのように優しく抱擁するが、それ以上は踏み込まず、静かに部屋を去る右衛門佐。そこで一線を踏み越えないのは、さすが右衛門佐である。

次回、また新たな愛のかたちが見られそうだ。

ところで、すでに観覧申し込みの締め切りは過ぎているが、大奥ファンにはうれしいファンミーティングも開催されるとのこと。
観覧できる人はおめでとう! できない人も諦めるな! この模様は後日、テレビでも放送される、はず!?
みんなそろって、東京・渋谷の方向に念を送ろう!


「ドラマ10『大奥』ファンミーティング」
【日時】3月8日(水)  開場:午後6時 開演:午後7時
【会場】NHKホール (東京都渋谷区神南2-2-1)
【出演予定】冨永 愛(徳川吉宗役) 堀田真由(徳川家光役) 仲里依紗(徳川綱吉役)〈司会〉杉浦友紀アナウンサー
https://steranet.jp/articles/-/1483