瀬名(有村架純)と子どもたちの奪還を描いた『どうする家康』第5話。
史実の間隙をぬった思い切ったフィクションに、感動した視聴者も少なくなかっただろう。
虚実皮膜の間で思いっきり遊んだ展開だけに、4話までとは異なる面白さに満ちていた。その起点だったのが、山田孝之が演じた服部半蔵だ。
周りの配役に次々と火をつけ、大胆な策を実行に移すが、巴(真矢ミキ)という想定外の要因で失敗に終わる。その中で半蔵自身も着火されるという展開だった。
その緻密な構成は、視聴データにも見事に表れた。
演出陣が視聴者にどう着火したのかを検証する。
データにより異なる評価
第5話全体は、大きく3つのパートにわかれる。
岡崎城の元康(松本潤)の御前、瀬名たちをどう救い出すかが話し合われた会議が最初だった。そこで出た本多正信(松山ケンイチ)の案に基づき、服部半蔵(山田孝之)を説得するのが2番目。
そして3つ目は後半の山場、実際の救出作戦とその失敗という展開だった。
番組途中でチャンネルを替えたりテレビを消したりした人の割合を示す流出率。
値が低いほど、より多くの視聴者が夢中になっていることを示す。
インテージ社が関東約130万台のネット接続テレビで調べる同データによると、番組が45分サイズとなった2話以降では、今回の5話が最も流出率が低い(オープニングタイトル以降の平均値比較)。
ビデオリサーチの世帯視聴率では、『どうする家康』は少しずつ率が下がり、第5話が最低だった。
ただしスイッチメディアのデータで特定層別視聴率を分析すると、主に大人たちで脱落者が出ていたのが原因とわかる。
一方でT層(男女13~19歳)や、特に大学生では5話は数字を大きく盛り返している。新たな視聴者層の獲得を目指した新大河。一定の成果を出していることがわかる。
視聴者全体の反応を示す世帯視聴率と流出率や特定層視聴率では、番組の異なる評価が見える。
着火の連鎖
前半の2シーンは、連鎖する着火の妙が面白い。
まず元康の前、どう瀬名たちを救出するかが話し合われた。
ここで大久保忠世(小手伸也)が案を出したところで、流出率はガクンと下がる。そして家臣たちがイカサマ師と非難する本多正信(松山ケンイチ)が登場すると、流出率はさらに下がる。
役者と役柄への視聴者の期待の高さが伺える。
そして正信が起用したいとしたのが服部半蔵(山田孝之)。
半蔵を口説き、服部一党が集結するまでが2番目のシーンとなったが、ここでも視聴者は興味深い反応を見せた。
半蔵が登場した瞬間に流出率は前半の最低値となった。
松山ケンイチと山田孝之の一癖も二癖もありそうなコンビに視聴者は大いに関心を寄せたことがわかる。
その期待は、直後に間違っていないことが証明される。
銭で口説けると考えた正信の予想は外れる。半蔵は忍びではなく武士ゆえ、銭では動かぬと聞かない。実際には現実の生活とプライドの間で半蔵は揺れていたのだが、正信は銭をわざと落として、人情の機微に触れつつ口説いて行く。
この間のやりとりが3分半。
流出率は0.3%台半ばで安定して推移するが、前半では最も軽妙洒脱で、視聴者が引き寄せられていた場面だった。
そして止めがピタゴラスイッチのようなお遊び。
半蔵が玉を落とすと連動する仕掛けが披露され、服部一党が雄叫びを上げて連絡しあい、全員が集結する。
大久保忠世→本多正信→服部半蔵→服部一党。
一つの着火が次々と他に波及し、最後は大きなうねりとなる。仕掛けとして見せたピタゴラスイッチ的遊びは、実は登場人物たち自体がピタゴラスイッチだったのである。
それぞれの戦い
後半は一転して救出作戦という大活劇になる。
ここでは忍びの戦いをはじめ、登場人物たちのさまざまな戦いが展開する。
まず服部一党は、駿府内を内偵し、瀬名たちの屋敷の警護が手薄と知る。
この辺りから流出率は0.2%台が頻出するようになるが、やはり視聴者は大活劇という娯楽が大好きだ。
次に瀬名たちとの内通で、救出すべきは瀬名とその子供たちだけでなく、関口家の何人かも対象となる。
任務のハードルがいきなり上がったが、服部一党が単なる荒くれ者ではなく、忍びのプライドを持つプロフェッショナルだと示される。
この間の1分半、流出率0.2%台が続く名シーンとなった。
実は服部半蔵は、彼らの野卑な部分を嫌っていた。
「忍びはやるな」という父の遺言もあった。ところが在野にありながら、忍びたちがプライドと手腕を保っていたことを知り、徐々に考えを変えていく。
半蔵と一党との火花が散るような内面の戦いが展開された。
そして決行の夜。
実は情報が事前に漏れ、この回での最大の実戦で、一党は次々にやられてしまった。敗走する中で彼らと行動を共にしようとした半蔵に、配下の穴熊(川畑和雄)は半蔵を逃がそうとこう伝える。
「半蔵様が死んだら、誰が俺らの妻や子に銭を渡してくださる?」
「服部党はまだまだおります。我らの子や孫が。どうぞやり遂げて、銭をた~んとくれてやってくだせえ」
命からがら生き残った半蔵は静かに涙を流したが、彼の心に新たな火が燃え始めた瞬間だった。
そして戦いは、瀬名たち関口家の中にもあった。
さらに氏真(溝端淳平)の命を受けた瀬名の幼なじみの田鶴(関水渚)と瀬名の腹の探り合いが一つ。瀬名はここでも気丈に戦い切ったが、想定外だったのは今川家につながる母・巴の不用意だった。
結果的には逃亡を阻止した田鶴の勝利だったが、その彼女の悔恨の感情があふれたシーンが、接触率0.22%と第5話の最高記録となった。
良かれと信じての言動が皮肉な結果を生む。
良く出来たドラマの真骨頂というべき展開だった。
以上が着火の連鎖に続いたそれぞれの戦いの帰結だった。
かくして心の中に新たな火を燃やし始めた服部半蔵の次の戦いが始まる。そしてそれが、元康の心にどんな火を点火するのか。
フィクション&現代風の作りで、伝統的な大河好きには少し不満かも知れない。
それでも『どうする家康』は、緻密な構成に登場人物たちの微妙な心情が見事に重なり、視聴データでわかる通り、視聴者の心に着実に火を灯している。
その火がどう燎原となっていくのか。次を楽しみにしたい。
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。