「徳川のためにございます!」

春日局(斉藤由貴)が言い放ったのは、この世界ですべてに優先される“呪文”。この言葉によって、男女平等はもとより、結婚・出産、職業選択、居住移転の自由、そもそも人々の命さえ問答無用に奪われていく。
こんな世界は昔の話? ファンタジー? それとも……。

ドラマ10「大奥」が相変わらず好調だ。視聴率が特段高いわけではないが、ツイッターなどSNSではつねに話題沸騰。平日火曜の夜の放送ながら「#大奥リアタイ」のハッシュタグが登場するほどだ。

1月31日放送の第4回で「三代将軍家光・万里小路有功編」が佳境を迎え、次回から「五代将軍綱吉・右衛門佐編」へと移行していくようだ。
そういえば、綱吉の世のキーパーソン・柳沢吉保は倉科カナが演じると発表された。11年前の映画版では、尾野真千子が演じていた役だ。
男あさりに励む奔放な五代将軍・綱吉(仲里依紗)と吉保の強力コンビ。そこに、大奥総取締・右衛門佐(山本耕史)がからむというのだから、視聴者の期待も膨らむというものだ。

それにしても出演者の見事な芝居、存在感には毎回舌を巻く。セットや衣装、小物の豪華さにいたってはNHK以外のテレビ局では実現不可能だろう。

第1回、八代将軍として登場した吉宗(冨永愛)は、2回以降、右筆の村瀬(石橋蓮司)と物語の“ガイド役”に回っているが、彼らが登場するだけで画面がキリッとしまる。
トップモデル仕込みの気品と威厳にあふれる吉宗が、奥行きのある物腰の村瀬と相対するシーンは、短い時間ながら見ている者をすっと物語世界に引き込んでいく。

ほの暗く燭台がともる“資料室”で、大奥の“生き字引”村瀬からその成り立ちを克明に聞いていく吉宗。ちなみに「三代将軍家光・万里小路有功編」では、若き日の村瀬を岡山天音が演じているので、岡山がいずれ石橋になるわけだが、どうしても同じ人には見えない(笑)。
どんな経験を積むと、ほんわか顔があんな深みのある顔になるのだろうか。

吉宗といえば享保の改革を進めたことで知られるが、村瀬から得た知識や問題意識が、のちに改革の原動力になっていくはず。再び吉宗メインパート(あるよね、たぶん)が始まるのが、今から楽しみで仕方がない。

そして家光(堀田真由)と有功(福士蒼汰)。
この華も実もある若手2人の芝居には、何度泣かされたことか。悲惨な生い立ちから心を閉ざした家光の過酷な仕打ちに耐え、そっと寄り添うように仕えていた有功。
心を通わせるようになっても、子ができぬという理由で引き離され、結局2人は近くにいながら別の道を歩まざるを得なくなり……。

とはいえ、有功は根っからの僧侶気質の人のようなので、一人の女性に尽くすより、広い心で民衆を救済する方が向いている?
子を成さぬほうが最後まで(髪はあるが)美坊主の道を邁進できるだろう。

そんなとき、春日局が病に倒れる。
斉藤由貴がみごとに演じた春日局の最期の言葉にも感涙。

有功殿 どうかどうか世が滅びるその日まで、上様と共にいてくだされ。
あの日、わしは仏をさらってきたのじゃ。
間違いばかりのババであったかもしれぬ。
そなたには気の毒であった。
じゃが、そなたをさらったことだけは間違いではなかった。
上様を救ったのはそなたじゃ。これからもそなたしかおらぬ。
だから、どうか……

圧巻でした。「家光編」は斉藤さんの存在感がもっとも光っていました。

一方、 “男の将軍が支配する社会”を最後まで維持しようとしたのが、女性の春日局であったことはなんとも皮肉なことだ。
加えて、時間稼ぎのために幼い千恵を影の将軍・家光に仕立て、その相手役に有功を選んだことで、逆に家光の覚醒を促してしまい、図らずも女性の将軍継承システムを確固たるものにしてしまったことも。

大名たちがかみしもを着てひれ伏す江戸城の広間。どう見ても女性たちなのだが、その前で家光は高らかに宣言する。

今日より、私は父・家光公の男名を名乗ることとする。
わしは父の名代、将軍という名の人柱である。
万が一このまま男子が減り続け、この世が滅ぶというなら、
わしも共に滅ぶまでのこと。
誰かわしが女将軍になることに異存はあるかえ!

かっこええー! 心震えました。
かわいいだけではない堀田真由の底力を見せつけられた。
こんなに心震えたのは、映画「鬼龍院花子の生涯」で、夏目雅子演じる松恵が、

「わては高知の侠客・鬼龍院政五郎の、鬼政の娘じゃき、なめたら……なめたらいかんぜよ!」

とタンカを切るのを見て以来かなあ(笑)。
※ちなみに宮尾登美子の原作小説には、このセリフはないのです。


エンタメの衣を着たヤバいドラマか?

“男女逆転”SFファンタジーとも称される「大奥」。
確かに、代々男子が将軍職を継いできた江戸幕府において、はやり病の影響で激減した男子に代わり、女性がトップの座に就いたのだから “男女逆転”で間違いはないのだが、“ジェンダー逆転”と言った方が正しいかもしれない。
(ちなみに京の都では病がはやっていないので、天皇は男性のままらしい)

実際、原作漫画は「センス・オブ・ジェンダー賞特別賞」や「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞(受賞当時)」など国内外の賞に輝いている。2つはどちらもジェンダーの理解を深めることに貢献した作品に贈られる賞だ。

NHKでも、最近とみにジェンダーやLGBTQをテーマにしたドラマや番組が作られている。そういう意味では「大奥」も時代にマッチしているといえるが、原作漫画の連載が開始された20年ほど前は、現在ほど環境が整っていたとは思えない。
“男女逆転”SFファンタジーというエンターテインメントに仕立てたことが、多くの人に支持された理由なのだろう。

男性が女性を演じるエンタメには、伝統芸能では能楽や歌舞伎があるし、女性が男性を演じるものには、身近なところでは“宝塚”がある。
映画「転校生」や「秘密」「君の名は」など、男と女の心が入れ替わってしまう作品もあまた作られてきた。

もちろん、それはそれで面白いのだが、本作が違うのは、女性は女性の体と心のまま、男性は男性の体と心のままジェンダー逆転が起こり、社会システムを根底から覆してしまっている点だ。大げさに言えば、はやり病という天災をきっかけに、女性が男性になり代わって起こした社会大革命を描いているのだ。

エンタメでコーティングされてはいるが、現代の男性社会に対するかなり強烈なアンチテーゼでもあるわけで。「大奥」って、いい意味でヤバいドラマだ(笑)。次回は、この辺りをもう少し考えてみたい。

とはいえ、楽しんだものが勝ち。しばらくはこのパラレルワールドに身を委ねてみよう。来週からいよいよ「五代将軍綱吉・右衛門佐編」。

その前にうれしいニュースもある。このドラマの魅力を出演者やスタッフが語る番組が2月5日の夕方に放送されるというのだ!
「大奥」ファンなら、どんと見据えて!

「私の大奥語り」
出演:冨永愛、風間俊介、森下佳子、大森望
2月5日(日) 総合 午後5:30~5:59
▼詳細はこちら▼

https://steranet.jp/articles/-/1427