多摩美術大学が取り組んでいる地域連携アートプロジェクト「タマリバーズ」が、10月8日(土)・9日(日)で開催。美術大学ならではの色鮮やかな衣装に身を包んだ学生たちが、二子玉川の街の人々と演劇やアートを通じて交流しました。
このプロジェクトは、2011年に二子玉川ライズ開業イベント(2011年5月)をきっかけにスタートし、ことしで11回目。イベント当日は、二子玉川ライズに訪れた多くの人々が、学生たちの広場演劇やアートマーケットなどの催し物を楽しみ、大いに盛り上がりを見せました。
劇作・演出・出演・美術デザイン・舞台制作・広報宣伝など、その全てを学生たちが自ら手がけた広場演劇『ふたこのわたし 真夜中におはよう』では、会場となった二子玉川ライズ・ガレリアが「夢の世界」に変貌。舞台には観覧席が設けられ、1日3回の公演(計6公演)は、どの回も満席という人気ぶり。中には、毎年観覧に訪れる“リピーター”もいるほど。学生たちが織りなす幻想的な舞台を二子玉川の多くの街の人たちが楽しみました。
劇中では、夢の世界へと迷い込んだ主人公の前に現れた「夢の住人たち」や「闇の住人たち」、「星の子」などの色彩豊かなキャラクターが次々と登場。閉塞感を感じる現実の世界と自由気ままな夢の世界を、それぞれの役柄で表現し、“おやすみ”と“おはよう”の言葉に込められた本当の意味を問いかけました。
そのほか、広場演劇に登場したキャラクターたちが、二子玉川ライズ内のさまざまな場所でパフォーマンスを繰り広げる「ふたこのわたし はみだしあたー!」では、クイズやダンスのレクチャー、二子玉川の歴史が学べる企画などが催され、家族連れや子どもたちから人気を呼んでいました。
イベントを盛り上げるパフォーマーたちはどこ行っても大人気! 記念写真を撮ろうと列をなす子どもたちもいるほど。広場演劇が行われたガレリアだけではなく、二子玉川ライズの各所で笑顔があふれている様子が印象的でした。
この「タマリバーズ」は、多摩美術大学が実施するPBL科目として、産学連携のカリキュラムを展開。「PBL」とは、Project-Based Learningの略で、プロジェクトをベースにした実践型・参加型の授業。ことしのタマリバーズには70名を超える学生が参加しました。多摩美術大学の全学科の学生が履修可能なため、異なる専門的なスキルを持った学生たちが集い、新たな創造を生み出す場となっています。
第1回のタマリバーズの立ち上げから関わってきた美術学部・演劇舞踊デザイン学科の加納豊美教授は、このカリキュラムの意義を次のように語っています。
「このカリキュラムは、産学連携ということで学外での演習です。学生たちは、まるで多摩美術大学を背負っているのか(笑)と思うほど一生懸命に取り組みます。そして、演劇を観に来てくれた人たちや、子どもたちに喜んでもらおうと、ホスピタリティーの精神が自然と生まれるんです。私は“外づら効果”と言っているんですが、この経験によって学生たちはすごく成長するんですよね。そんな彼らの姿を遠巻きに見ていると、お姉さんぶったり、お兄さんぶったりして、こうやって育っていくんだなとつくづく思います。もちろん準備は大変ですし、なかなかうまくいかないこともあります。けれど、学生たちはさまざまな困難を乗り越え、成し遂げていく。ストレスに負けない豊かな感性を育む場になってほしいと、いつも願っています」
約半年間の準備を経て、「タマリバーズ vol.11」を無事に終えることができた学生たち。各班をまとめてきたリーダーに、このイベントへの思いを伺いました。
プロデューサー:木島史人さん(演劇舞踊デザイン学科 4年)
今回参加したメンバーの中に、昔のタマリバーズを見に来てくれていた学生がいたんです。しかも、広場演劇のタイトルまで覚えていて。それがとてもうれしかったんですよね。僕は2年続けて参加して、今回は学生代表という立場でしたが、今後のタマリバーズが発展していくうえで、どんな出会いや奇跡が巻き起こっていくのか本当に楽しみです。ことしは、それぞれの班で苦労したこともたくさんあったと思うんですけど、それを乗り越えて2日間のビックイベントを完走できたのは感謝しかありません。ありがとうございました。この感謝の気持ちを絶対に忘れずに社会へ出ていきたいと思います。
ぜひ、後輩たちにはタマリバーズを引き継いでいってもらいたいですし、訪れた子どもたちが10年後、15年後に多摩美大に入学してきてくれて、「私、たぶんこれ見ているんですよね」という瞬間が来ることを期待しています。
サブプロデューサー:石田 陸さん(演劇舞踊デザイン学科 4年)
僕が担当したのは、タマリバーズをPRする映像「絆CM」の制作と「はみだしあたー!」。絆CMでは、二子玉川ライズにあるお店の方たちにインタビューさせていただきました。前回はコロナの影響で、お店にチラシを置いてもらうことくらいしかできなかったのですが、ことしは新たなスタートということで、CMという形で、さまざまな方たちに出演していただきました。
実際に、お店の方と話をしてみると、二子玉川ライズができる前からお店を営んでいる方もいて、今までの二子玉川の歴史なども聞かせていただきました。そういう歴史があって、“今”があるということを実感しました。その感謝の思いを「絆CM」という形で発信できたことが、とてもよかったなと思いました。
サブプロデューサー:余 夢霊さん(統合デザイン学科 2年)
私は、会場を訪れた外国人や体の不自由な方のアクセシビリティーを担当しました。私自身、中国から留学して多摩美大で学んでいるので、今回のタマリバーズが外国人の方たちも楽しめるイベントになるといいなと思っていたんです。まず、今回できることは何かというのを考え、外国人の方と車椅子の方が楽しめるようにしようと頑張りました。イベント当日は、英語で案内をした外国人のご家族のお子さんから「ありがとう」という言葉をいただいて、本当にうれしかったですね。そして何より、多摩美大の学生たちみんなでイベントを成功させようという思いのもと、ひとりひとりが自発的に取り組む姿に感動しました。
サブプロデューサー:阿部柚葉さん(演劇舞踊デザイン学科 3年)
私は、多摩美大の学生たちが作成したアート作品などを販売する「たまたまマーケット」の運営と、入場口の演出として、地元の保育園と連携しながらエントランスの共同制作しました。
私自身は、二子玉川ライズという場所で「多摩美大がイベントをやっているんだよ」ということ、そして、「多摩美大は、二子玉川の近くの上野毛という場所にあるんだよ」ということをPRしたいという思いでやっていました。さらにことしは、上野毛キャンパスだけではなく、八王子キャンパスの学生も参加していたので、たくさんの人に多摩美大のことを知ってもらおうと試行錯誤しました。上野毛と八王子のメンバー同士でコミュニケーションを取るのに苦労しましたが、リモート会議なども活用して少しずつコミュニケーションが取れるようになって。当日は「たまたまマーケットで、たくさんの作品を売ろう!」という思いをみんなで共有し、一緒にできたことがすごくよかったと思いました。
サブプロデューサー:盛田羽菜さん(統合デザイン学科 3年)
私が担当したのは、二子玉川ライズのお店とのコラボメニューの制作です。昨年はコロナの影響で、ポスターの掲出をお願いすることしかできませんでした。でも、ことしは、コラボメニューという形でご協力いただき、何回もお店の方にも試作品を作っていただきました。そういった試行錯誤を繰り返す中で、二子玉川という地域の人たちと学生とのつながりが、より深くなったことはとてもよかったと感じています。また、今回コラボメニューをお願いした2つのお店は、二子玉川ライズができる前からあるお店と、できた後に開店したお店でした。この先もずっとつながっていければと思っています。本当にお忙しい中、私たち学生を相手に、丁寧に対応していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
広報班リーダー:小林凜香さん(統合デザイン学科 2年)
私がいる統合デザイン学科は、「幅広いデザインを横断的に学ぶ」というのがコンセプトですが、その学びがフルに活用できたと思っています。例えば、メインビジュアルとなるポスターを作っても、それをどう広めていくのかというツールが大切です。そこを中途半端にしてしまうと、「学生が作ったものだから」というフィルターがかかってしまう。私は、絶対にそのフィルターをつけたくないと思っていたんです。私たち広報班のメンバーは、クオリティーを求める学生が集まったので、実際の当日には、イベントのビジュアルを目にした方たちから「これ全部、学生さんたちがデザインされたんですか」という質問をいただいて、「そうです」とお答えすると皆さんすごく驚いていて。その反応は、一つの目標にしていたことでもあるので、完成度を求めてよかったなと思いました。
劇作:奥山樹生さん(演劇舞踊デザイン学科 4年)
物語のアイデアは、演出の松井絵里さんの発案です。それを脚本に落とし込んでいく作業の中で心がけたのは、多摩美大の学生が二子玉川ライズで何か面白いことをやっているんだというアピールとともに、衣装や美術、そしてパフォーマーたちが自由にアイデアを盛り込んでも違和感がないものにするということです。その自由さが作品のテーマにつながればいいなと思いましたし、それに向けて一生懸命学生たちが取り組むことが、訪れた人たちに何らかのメッセージとして届けばいいなと。本番では、同じ空間の中で、お客さんと一緒にテーマを分かち合うことができたという実感がありました。そして何より、みんなの努力が最終的に実を結んだことが僕はうれしかったです。
原案・演出:松井絵里さん(演劇舞踊デザイン学科 3年)
ことしの広場演劇は、原案から関わらせていただき、「きちんとおやすみできていますか?」というキャッチコピーを大切に作りました。コロナが拡大する前から、「自分はちゃんと休めているかな」とか、「今、ありのままの自分でいられているかな」とかを考えることがあって。その思いを広場演劇で表現したいというのがいちばんでした。
今回は、セリフが録音ということで、キャストの声を実際に届けることは難しいだろうなと思ったんですけど、録音のセリフと一緒にキャストの声を届けることで、本当の自分を解放しているという演出にしました。その演出をしていくうえでも、パフォーマーたちに「こうやって」と言葉で伝えるのではなく、自分で実際に動いて見せたり、デザイナーにも自分で絵を描いて見せたり、同じ立場で一緒に横に立ってモノづくりをするように心がけました。
美術班:石川芽生さん(演劇舞踊デザイン学科 3年)
タマリバーズのいちばんの宣伝塔が、広場演劇のなかに登場する「船」です。ガレリア広場に置かれ、ひときわ存在感を放つ船を私たち美術班が作らなければならないというのは、とても責任のあることだなと感じていました。難しかったのは、広報のビジュアルや演出の方向性もざっくりとしか決まっていない状況の中で、船のデザインは先行して進めなければならなかったことです。船を先に作り始めながらも、あとから全体のバランスを見て、他とすり合わせていくという作業が発生するので、船がちゃんと全体になじむようにしていくことを心がけました。
こうやって、集団でモノを作るのもタマリバーズの醍醐味ですし、私たち学生にとってもすごく大切な経験になると思います。自分が作った船が劇中のピースとしてしっかりハマっているところを見たら、心にグッと来るものがあったはず。この感動はこの授業でしか得られないものですし、今後の学びにも絶対に生きていくと思います。
衣装班:本郷真衣さん(演劇舞踊デザイン学科 3年)
私は去年もタマリバーズに参加したのですが、二子玉川ライズはいろいろな人が行き来する場所だから、広場演劇で使用する衣装は、通りかかった人の目を引くもの。なんか面白い人たちがやっているなと思ってもらえることを、いちばん大事にしたいなと思っていました。もう1つは、幅広い年齢の方たちが楽しめるように、キャラクターの役割がわかりやすい衣装をデザインすることを意識しました。闇の住人であったり、動物であったり、二子玉川の要素を入れたものであったり、キャラクターを見てひと目でわかるように試行錯誤しました。
タマリバーズのすばらしいところは、小さい子どもたちが演劇を観てイマジネーションを育んでくれること、親子で来てくださった方の思い出が未来へと発展していくことだと思います。もちろん、私たち学生も学ぶことがたくさんありますが、観劇してくださった方たちにも何か感じてもらえる大切な機会なんだと、改めて思いました。
パフォーマンス班:田坂 歩さん(演劇舞踊デザイン学科 4年)
コロナ禍になってから、キープディスタンスと言われ続け、人と人との距離が離れた生活がずっと続いていました。しかし広場演劇では、ふつうの劇場での演劇よりもお客さんと演者の距離が近く、至近距離でパフォーマンスします。いつも離れなくてはいけなかった距離がグッと縮まるということを、パフォーマンスの稽古では意識しました。どうやったら自分たちのパフォーマンスがお客さんに届くのか、どうやったらお客さんに笑顔になってもらえるか。コロナになって遠のいてしまったことを表現しなくてはいけなかったので、メンバー同士で創意工夫が必要でした。
本番では、皆さん笑顔で見てくださっていたので、ホッとしました。最初の公演では私たちパフォーマーも緊張していて、どうお客さんと接したらいいのか手探りでした。でも、お客さんの熱気が伝わってくるとともに、パフォーマーたちも存分に表現することができるようになって。千秋楽では立ち見が出るくらいお客さんが集まり、本当にうれしかったですね。
“美大がある街”二子玉川を舞台に、アートやデザインが地域社会にもたらす影響力や可能性を模索する場になっている「タマリバーズ」。
学生たちの熱意が失われないかぎり、このプロジェクトは未来へと受け継がれていく大事な“遺産”になっていくことをイベントを通して実感。この広場演劇で見たような色鮮やかな世界が、今後、私たちを待っているのかもしれません。