吉原で新興の女郎屋「大文字屋」を営む市兵衛は、元は伊勢の出身。江戸へ出てきてから店を始め、一代で中見世の大店の仲間入りを果たした“やり手”だ。女郎に安いカボチャばかり食べさせたことから“カボチャ”のあだ名を持つ市兵衛の人柄を、演じる伊藤淳史に聞いた。
監督から「大文字屋は最低な人間、笑わないように」と言われています
——大河ドラマへのご出演は、「春日局」(1989年)、「義経」(2005年)以来3回目です。ご出演の感想はいかがでしょうか?
ちょうど20年ぶりということで、感慨深いです。朝ドラもそうですが、大河ドラマは、やはり常に目標とするものだと思いながら仕事をしているので、純粋にうれしかったです。
——今回の役についてはどうですか?
嫌なやつですよね。監督から「とにかく笑わないように。本当に心のない、いかにも最低な人間として、大文字屋を演じてほしい」と言われました。
でも、僕は台本を読んだときから、気に入っています(笑)。人としての「弱さ」が見えるところが、リアルな人間っぽさを感じられていいんですよね。どんなにひどいことを言っても、虚勢を張っている感じが見えちゃうところが憎めないというか……。
忘八(女郎屋の主人)の中でも、ちょっと熱い部分があって、人情が見え隠れするんです。怒るにしても、人間味のない冷たい怒り方ではなく、感情豊かな人だからこそ溢れてしまうような怒り方で……。そんな魅力が視聴者の方にも伝わるといいなと思いながら演じています。
でも、初日から「人の良さが出ちゃってます! もっと人間味を捨ててください!」って監督にダメ出しされて、今でも毎回のように「もっと悪く!」と言われるので、あまり人間味は出ない方が良いのかもしれませんけど(笑)。

めちゃくちゃケチで、お金大好き、声デカい、が大文字屋らしさ
——忘八の皆さんはとても個性的ですが、その中で大文字屋らしさを出す工夫はどうされていますか?
忘八役の皆さんは、とても濃い、力強い役者の方々ばかりですから、ただ普通にいるだけでは爪痕を残せないと思っています。それは大文字屋も同じで、後から吉原に入ってきた大文字屋は、忘八の中では一番下のポジション。他の忘八たちと肩を並べるには、人並みのことをしていたら絶対に成功しません。
だから、必要以上に自分を大きく見せようとイキがっている感じを意識して演じています。大文字屋はいろんなことに対して、まずは自分から突っ込んでいくタイプです。相手が蔦重だろうが、地本問屋だろうが、怒る場面では真っ先に噛みつきに行きます。その性格のおかげで、大文字屋を一代で大店に築き上げることができたのでしょう。
また、大文字屋は食事代をケチって、女郎たちには安いカボチャしか食べさせませんが、実際の大文字屋も「カボチャ」というあだ名がついていたそうなんです。だから、僕の衣装はカボチャっぽい色合いで……(笑)。そんな派手なところも気に入ってます。
めちゃくちゃケチで、お金大好き、声デカい、というのが大文字屋らしさです(笑)。でも、やはり、いただいた設定をしっかりお芝居で表現していくことが一番ですかね。
——第1回では「女郎が死ぬのは、むしろ客にとってはいいことだ」というような、ひどい言葉が次々と出ました……。
僕にはそんな感情は一切ないですよ! 実生活でこれまで1回も言ったことがないし、これから思うこともありません!(笑)
でも、役としては完全に割り切っています。監督から事前に「こういう人たちがいたからこそ、吉原という場所も成立したんだ」と教えていただきましたから。特にあのシーンは、「もっと嫌なヤツになって」という監督からの演出を受けて、思い切り振り切ってやりました。
普段なら自分の思いと役柄を重ねる作業をするんですが、今回はあまりにも自分とかけ離れすぎていて無理でした。まあ、全く共感できる部分がないというのも、それはそれで楽しいです。現実であんな言葉を口にする機会はありませんから。

——演じるなかで、吉原についてのイメージは変わりましたか?
女郎屋のセットから感じとれる「娯楽の頂点」としての華やかさは見事ですね。でも、正直、吉原のことはほとんど知らなくて、どのへんにあったかくらいの知識しかありませんでした。
だから、気持ちの変化を語れるほどではありませんが、忘八の親父たちの“人としての心の無さ”と、一方で女郎たちが世間のことをあまり知らずに、ある種ピュアなまま、吉原に居続けていたこととのギャップが衝撃的でした。あと、吉原にはいろいろなポジションの人がいて、その感情がぶつかり合う場所だということを実感するようになりました。
ただ、僕自身はこれまで女郎との共演シーンが少なくて、煌びやかな花魁を見ることもあまりなかったんです。今後、女郎と絡むシーンが出てきた時には、きっと嫌われる役回りでしょうから、せめて撮影の合間は相手の女優さんに明るく笑顔で接したいと思っています。
大文字屋が考えた俄祭りが、「べらぼう」における戦シーン
──第12回の“雀踊り”は圧巻でした。撮影はいかがでしたか?
8月の暑い盛りに、スタジオ内の吉原の街を映したLEDビジョンの前で、まる2日間、朝から晩までかけて撮影しました。熱中症にならないよう水分補給しながらでしたが、色んな角度から撮影するので、何十回踊ったかわかりません。
踊りの先生につきっきりでお稽古をつけていただいたんですけど、本番の日は不安で……。緊張する僕を先生が、「あとは気持ちでいけば、多少リズムがズレても味になるから」と押し出してくださったんですけど、気持ちで踊っていたら先生が飛んで来て、「さすがに今のはリズムがズレ過ぎ」と注意されたりしました(笑)。
撮影が終わったときには「もう踊らなくていい」という喜びでいっぱいでした。当分、雀踊りはいいです(笑)。でも、若木屋(本宮泰風)と喧嘩の売り買いになる流れも含めて、好きな回ですね。一緒に踊りを練習したことで、本宮さん個人とも仲良くなれましたし。

——蔦重(蔦屋重三郎/横浜流星)との関係性も、変わってきたように見えます。
「吉原を昔のようなにぎやかな場所にしたい」という重三の熱い思いに対して、実は忘八たちも打たれるところがあったんですよね。重三と同じように、自分たちの街に対する愛情を根底には持っていて、代表してその思いが漏れ出ちゃうのが大文字屋なのかな、と思っています。
重三に影響された大文字屋が、“吉原に来ないと感じられない魅力”を作りだそうと考えたのが「俄祭り」です。祭りは皆で一緒になってやるもので、喧嘩をしたにしても一つになりますから。実際、“雀踊り”の最後には、若木屋とも友情に近い感情を持つようになりました。
回が進むにつれて、大文字屋にも人間味が滲み出てきましたよね。人って時代の中で変わっていくものですから、実は別の一面を持っていたり、新たな一面が生まれたりするのがリアルでしょう。そういう部分を丁寧に表現できたらいいなと思っています。
「べらぼう」には戦がないので、一年のうちの目玉のシーンがどこなのか、僕たちにもわからないところがあるんですけど、今回の“雀踊り”は絶対そのうちの1つになると思います(笑)。そんなシーンを大文字屋が中心となってやらせてもらえたのはうれしかったです。
そうそう、のぞき見ドキュメンタリー「100カメ」(3月28日放送)も、“雀踊り”の裏側に迫るために稽古の時からずっとカメラを入れていました。こちらを見ていただけたら、どれだけ目玉のシーンだったかが伝わると思います。

ただの町人の重三が、魂で周りを動かしていくところがドラマの魅力
——横浜流星さんとは初共演ですが、どんな印象をお持ちですか?
忘八が集まるシーンの撮影は飛び飛びなので、会うたびに顔が小さくなっている気がして心配です(笑)。絶対疲れてるはずなのに、疲れている気配を見せません。「無理しないほうがいいよ、そんなにいつも笑っていなくていいよ」と、何十回と言ってるんですけど……。でも、どんと構えているところが、さすが座長を任される人は違うな、と感じます。
——「べらぼう」の中で、好きな登場人物をあげるなら誰ですか?
それは、やっぱり重三です。歴史上のスーパースターでも、誰もが知っている人物でもない。言ってみれば、ただの町人です。大河ドラマの主役っぽくないのに、魂で生きている感じのする、いいキャラクターですよね。純粋に「こういう人がいたらいいな」って思います。
田沼意次(渡辺謙)のように何を考えているのかわからない人も魅力的だけど、その真逆の、人の気持ちとか感情を大切にする真っ直ぐな人間が僕はすごく好きなんです。そんなキャラクターが大河ドラマの主役で、周りの人を動かしていくところが、とても良いと思います。
あと、次郎兵衛(中村蒼)がけっこう好きですね。イケメンで、黙っていたらカッコいいのに、キャラクター的には三枚目じゃないですか。話してみると、蒼くん本人にも意外とそういう部分があるんです。
雀踊りの時にも、ずっと後ろで踊っていたんですけど、ちょっと撮影が止まったりすると、「これはちょっと待つ感じですね」とか、「そろそろ始まりそうですね」とか笑顔で言ってくる。しかも、これがよく当たるんです。いろんなところに目がいく蒼くんの感度の良さからだと思うんですけど。そんなところも、ちょっとお調子者な次郎兵衛っぽくて味があります。

——「べらぼう」の魅力はどこだと思いますか?
いろいろな立場の人が出てきて、その感情が混沌とうごめいているさまを、丁寧に描こうとしているところだと思います。吉原の華やかできらびやかなところも、暗くて悲しいところも、きちんと描いている。そのことが、心を動かすドラマにしていて、この作品の魅力になっていると感じます。