江戸中期につけ盗賊とうぞくあらためかたとして活躍した実在の人物、長谷はせがわ平蔵宣以へいぞうのぶため。「べらぼう」では、“鬼平おにへい”として知られるようになる前の、吉原で放蕩ほうとうの限りを尽くす青年時代がコミカルに描かれている。従来のイメージを打ち破るキャラクターを、どのように考え、演じているのか、中村隼人に聞いた。


頼りないボンボン息子が、どのように町人の味方になっていくのかを逆算して、役作りをしています 

——大河ドラマは3作目の出演ですが、「べらぼう」のオファーを受けてどう思われましたか?

お話をいただいたときには「えっ、本当に?」という驚きと喜びの両方を感じました。これまで「龍馬伝」と「八重の桜」に出演させていただいたのですが、短い期間の出演でした。今回のようにレギュラーの登場人物として発表していただける役どころは初めてだったので。

演じる役が長谷川平蔵ということもありますし、プライベートでも仲良くしている横浜流星くんが主演する作品に少しでも携われることに、とても縁を感じました。

——長谷川平蔵役と聞いて最初に思ったことは?

池波正太郎先生の『鬼平犯科帳』の影響から長谷川平蔵=“鬼平”のイメージがあって、僕の師匠である中村吉右衛門のおじさまのことが頭に思い浮かびました。今は世代交代して、松本幸四郎兄さんが“鬼平”をやっていらっしゃいますが、実は僕の大おじの萬屋錦之介も演じていたので、歌舞伎俳優が長谷川平蔵を演じる“縁”を感じました。

まず幸四郎兄さんに連絡をしました。歌舞伎の世界では、役をやらせていただくとき、当たり役の先輩に「この演目をやらせていただきたいと思っていますが、よろしいでしょうか?」とご挨拶をして、「いいよ」と言われたら演じることが決まるんです。

でも、今回は話が決まった後だったので「長谷川平蔵をやらせていただき『ます』」という事後報告でした(笑)。そうしたら「もう聞いてるよ。頑張ってね」と。他のスタッフから、既にお聞きになっていたんです。

——長谷川平蔵には、どんなイメージを持っていましたか?

やはり長谷川平蔵には男くさい、かっこいいイメージがありました。それが、いざ「べらぼう」の台本を開いてみると、「あれ? これまでのイメージとは違うんだな」と。

今回は“鬼平”になる前、彼が“本所ほんじょてつ”と呼ばれ、どうしようもないボンボン息子だったころから描かれています。ドラマが進んでからの落差をつけたいと考えて、監督さんやスタッフにアドバイスをいただきながら、ちょっとコミカルに、余白や隙がある男として演じたいと思って取り組んでいます。

——役作りにあっては、どんな準備をされましたか?

長谷川平蔵のお墓参りに行って、ご住職に話をうかがいました。いろんな史料を見ましたが、今回のような“本所の銕”の時代の姿が具体的に紹介されているものは少なかったので、監督さんの指示と自分自身で役を膨らませていこう、と思いました。

思うに、長谷川平蔵という人物は、町人の目線で物事を考えられる人間だったのではないでしょうか。どちらかと言うと武士階級からはあまり好かれていなかったようなんです。でも、町人からは気に入られていて、だからこそ火付盗賊改方になってからの捕り物がうまくいったように思います。

この頼りない人物が、どのように町人の味方になっていくのかを逆算して、役作りをしています。遊ぶところは遊んで、締めるとこは締める、ということを心がけながら。


父親より立派になりたいという上昇志向を持つ平蔵は、 “いき”とか“日本一”とかのワードに弱くて、カモられてしまう

——物語の序盤で、平蔵はつたじゅう三郎ざぶろう(横浜流星)に乗せられて50両を入銀してしまいます。

いま2月に公演する『きらら浮世伝』という蔦屋重三郎を主人公にした歌舞伎演目の稽古中なのですが、ドラマを見た(中村)勘九郎さんから「カモ平」と呼ばれています(笑)。

つたじゅうにいいように言いくるめられて、カモにされて、お金が全部なくなっちゃって……。これは史実にもあることなのですが、平蔵は父親がのこした資産を使い切ってしまうんです。だから吉原に来られなくなって、しばらく登場シーンがなくなりました(笑)。

視聴者の皆さんは、シケ(前髪から垂れる一筋のほつれ毛)にびっくりされたと思います。舞台では色悪いろあく(二枚目の敵役)や落ち武者がシケを出すことがありますが、映像の時代劇で「これがかっこいい」と思ってわざとシケを出す武士は、あまりいませんから……。

カツラ合わせのときに、監督から「シケを出します」と言われて、「そんなのありなの!? 大河ドラマでしょ?」と驚きました。でも、シケを自分のチャームポイントだと思っているような人物だと考えられたことは、役作りの大きなヒントになりました。

たまにいるじゃないですか。自分ではかっこいいと思っているんだけど、周りからそう見えてなくて、服の選び方にしても、髪型にしても、「それ、ダサくない?」と思われてしまうような(笑)。そんな勘違いぶりの可愛かわいい人物なんですよね。

あのシケ、油をつけないとまとまらないし、油をつけすぎると風になびかないしで、良い塩梅あんばいにするのが難しく、実はセットにかなり時間がかかっています。

——お座敷で盛大に紙花かみばなくシーンは、演じていかがでしたか。

クランクインしてすぐ、紙花を撒くシーンを撮りました。BS時代劇「大富豪同心」で演じた卯之うのきちは、しょっちゅう小判を撒いていたので、紙花もきれいに撒けました。蔦重の時代になると、小判を撒くのは野暮やぼなんですって(笑)。

紙花は和紙のすごく薄いピンクの紙に紋が入っていて、それをどこかに持っていくと、お金に替えてもらえるんです。今のお金だと1枚2万円くらいするそうです。

——カモられても蔦重に怒ることはなかったですね。

平蔵は大らかなんです。遊び方を本当に知らなくて、「この人を頼れば大丈夫」と蔦重に気を許していて……。入銀本がどうなったかも聞かないし、平蔵はだまされたとは思っていなくて、蔦重から「“いき”とは何かを教えてもらった」くらいに思っているのではないでしょうか。

——「大富豪同心」の卯之吉もボンボンでしたが、平蔵と重なる部分はありますか?

真逆ですね。卯之吉は本当にボンボンで、ボーッとしていて、流されていく人間。平蔵はボンボンなんだけども、芯があって、自ら流れを作りたいと考える人間です。武士と町人の違いもありますが、いちばん違うのは、野心があるかないかですね。

平蔵には、上昇志向——出世したい、父親よりも立派になりたいというハングリー精神があります。だからこそ、“粋”とか“日本一”とかのワードに弱くて、カモられてしまうんです(笑)。

そして、卯之吉には撒いた小判を拾う人たちの反応を見る観察眼がありますが、平蔵にはありません。なので、紙花を撒くシーンの撮影では、「こんなに人が集まっちゃうの?」という表情を入れてみました。シケを息でプッと吹きあげる仕草しぐさに気づいていただけたらうれしいです。


「武家なんて席取り争いばかりやっている」という言葉は、自分にも言い聞かせているのではないかな、と思って演じました

——第6回では、平蔵が鱗形屋に乗り込んで、『早引節用はやびきせつようしゅう』の偽板を発見することになりました。

お気づきかもしれませんが、あのシーンの平蔵にはシケがありません。平蔵はオンとオフを使い分ける人物なんです。

それまでは三枚目が強めでしたけど、鱗形屋での捕り物はちゃんとした芝居だったので、平蔵の腹の内や、懐の広さを出せればいいなと思って演じました。鱗形屋役の片岡愛之助兄さんとは、映像の世界では初めての共演になるので、それも楽しみでした。

巻き込まれることの多かった平蔵が初めて主導権を握って、共犯と疑われた蔦重を「そいつは関わりねぇ!」と言って助けてあげるんです。最初、低めの声で渋く演じたら「かっこよすぎます」と監督からNGを出されて、普通の声の高さに戻しました(笑)。

——鱗形屋が捕まった後、「危ねぇぞと言ってやりゃあ」と落ち込む蔦重に、平蔵は「武家なんて席取り争いばかりやっている」と声をかけました。

あの言葉は、蔦重に言いながら、自分にも言い聞かせているのではないかな、と思って演じました。ここで視聴者の方は初めて“奥行のある”平蔵を見られるので、「このシーンは大切に演じたい」と撮影に臨みました。

リハーサルのときに監督から「ふたりの距離感が近すぎる」と言われて、(横浜)流星くんと相談しながら距離感を探りました。蔦重に「ありがたくいただいとけ。それが粟餅あわもちを落としたやつへの手向けってもんだぜ」と言った後の「いいこと言った感満載の笑顔」が、ハマっていればうれしいです(笑)。

——平蔵の立ち位置については、どうお感じになっていますか?

ご覧いただくとわかると思いますが、平蔵は間違ったことは言っていません。いつも正論なんです。脚本の森下(佳子)さんは、平蔵というキャラクターを大好きなんだろうな、ということが伝わってきます。

僕と磯八(山口祥行)、仙太(岩男海史)の3人がそろうと、何もやってないのにスタッフが笑い始めるんです。「何かやるんじゃないかな?」と期待されている感じで。それで「僕たちはこれでいいんだな」と思いました。シリアスな場面の後でも、僕らが出ると視聴者の皆さんがちょっと肩の荷を下ろして見られる——そういう役割なのかな、と。

ただ、今後シリアスな場面があるかもしれないので、そういう面はちゃんと残しているつもりです。リアルな芝居をするところと、けれん味のある芝居をするところとのさじ加減が大事になってくると思っています。


蔦重と平蔵は「わかり合っている」関係。独特の友情で、緩やかに繋がっていけたらいいなと思います

——平蔵と蔦重の関係性については、どのように感じていますか?

流星くんとも話すのですが、このふたりは「わかり合っている」関係だと思います。蔦重も陽気なキャラクターですが、現代風に言うところの「イジる」ように接しているのは、平蔵に対してだけなんです。平蔵自身も気を許している描写がされているのは蔦重だけで、そこに独特の友情、唯一無二の関係性があるんじゃないかなと思います。

第6回の「濡れ手に粟餅」のシーンのように、武士と町人の距離感は保ちながらも、緩やかにつながっていけたらいいな、と思っています。

——蔦重役の横浜流星さんとは、以前、舞台でも共演されていましたね。

舞台『巌流島』で共演して、ディスカッションしながら殺陣たてを作っていく中で親しくなって、今では毎日メッセージをやりとりする仲になりました。普通に、世間話の流れから「次の撮影で、こういうシーンがあるんだけど、どうすればいいのかな」と相談し合うこともあります。

——「べらぼう」での横浜さんの印象は?

「役者だなぁ」と思います。流星くん自身は蔦重とは真逆の人間で、普段は物静かで、感情をバッと表に出すようなタイプじゃありません。でも、今回の作品では、蔦屋重三郎として、人を巻き込んだり、巻き込まれたりしながら成長していく姿を前面に出しています。それでいて繊細で……。芝居の組み立て方など、僕自身も刺激になっています。

——今後、楽しみにしているシーンは?

中村隼人として気になっているのは、蔦重と花の井(小芝風花)との恋の行方ですね。この先に胸を締めつけられるようなシーンがあるのですが、本当にきれいな映像になるんじゃないかと、すごく楽しみです。蔦重の人生として、一区切りにもなるシーンだと思いますし。

長谷川平蔵としては、これから蔦重がいろんな本を出版していく中で、平蔵がどんな関わり方をするのかが楽しみですし、この撮影現場には「初めまして」の方が多いので、その方たちとの共演シーンも楽しみです。今後、成長した平蔵をどのように演じるかも、ぜひご期待ください。