NHK財団は、防災ワークショップ「災害からペットを守る」(主催:公益財団法人日本動物愛護協会)を10月27日、東京・世田谷にあるNHK放送技術研究所講堂で開催しました。
1995年の阪神淡路大震災以降、大規模災害が起きるたびに、被災地のペットの問題は「防災上の課題」としてクローズアップされてきました。動物たちの命と飼育環境をどう守るのか。会場に集まった皆さんと一緒に、日頃の備えと災害時の適切な行動について考えました。
動物たちを守る心構えや備えについて学ぼう
監修とコメンテーターは、日本動物愛護協会の評議員で、NPO法人「ヒトと動物の防災を考える市民ネットワーク・ANICE」代表の平井潤子さん。2001年の三宅島噴火災害以降、大規模災害が起きるたびに被災地に赴き、動物救援センターの開設など、支援活動に携わってきた“第一人者”です。
冒頭、平井さんは「被災地にいる動物たちの『道しるべ』となるよう、飼い主の皆さんの声に耳を傾け、どうしたら危機を乗り越えられるか、支援と情報発信に努めています」と活動を紹介しました。
司会の滝島雅子さん(十文字学園女子大学教授)は「経験豊富な平井さんにアドバイスを頂きながら、災害から動物たちを守る心構えや備えについて、会場の皆さんと一緒に学びましょう」と呼びかけました。
大地震が起こった時、ペットのためにどう行動すべき?
第1部「避難シミュレーション」では、飼い主代表として、東京都内にお住まいの家族がステージに上がり、大地震の発生を想定した4つの避難パターン=「在宅」「マイカー」「親戚知人宅」「避難所」について、注意点を考えました。
「何が大切だと思いますか」という滝島さんの問いかけに、ステージの家族や会場の皆さんが思い思いに回答し、平井さんの考えと一致すると、「重要なポイント」としてスクリーンにキーワードが映し出されます。
【在宅避難】ペットフードはローリング・ストックで備蓄を
まず、住宅に被害がない場合、在宅のまま過ごす「在宅避難」について、「安全確保」「必需品備蓄」「支援情報収集」「健康観察」の4つのキーワードが示されました。
平井さんは「大規模な災害が起きると物流が滞り、希望するペットフードの入手が困難になります。食べ慣れたフードを最低でも1か月分は備蓄し、ローリング・ストックを心がけて下さい」と助言しました。
情報収集についても「避難所には、支援物資の配給や、獣医師の巡回診療など、重要な情報が多く集まります。在宅避難の場合には、定期的に避難所を訪ね、公的な支援から漏れないよう、注意して下さい」と呼びかけました。
【マイカーに避難】夏は熱中症、冬は積雪に注意を!
2つ目の「マイカー」を使った避難については、「換気」「逃げ出し防止」「室温管理」「健康観察」の4点が注意点として示されました。
平井さんは「能登半島地震の被災地では、猫が自分でパワーウインドーのスイッチを入れてしまい、開いた窓から逃げ出してしまったケースもありました。ペットから目を離さないようにすることが大事です」と実際に起きた事例を交え、注意喚起しました。
換気や室温管理についても「冬は積雪で排気ガスが室内に逆流して来ないよう注意を払う必要がありますし、夏は強い日差しで室温が上がり、熱中症になる犬や猫もいます。命に関わりますので、換気や温度管理にも気を付けて下さい」とアドバイスしました。
【親戚知人宅に避難】ペットにはマイクロチップの装着を
3つ目の「親戚知人宅」への避難では、「気遣い」「逃げ出し防止」「動物病院」「健康観察」の4つの注意点が示されました。
平井さんは「間借りするお宅に動物が苦手な人がいる場合には、部屋を分けるなどの配慮や気遣いが必要です」とアドバイス。
また、「猫の場合、不慣れな場所で逃がしてしまうと、見つけるのが大変です。猫にもマイクロチップを装着し、もしもの事態に備えておきましょう。動物は環境が変わると体調を崩しやすいので、避難先の親戚知人宅の最寄りの動物病院をあらかじめ調べておき、何かあればすぐに連れていけるようにしておくと安心です」と助言しました。
【避難所】不特定多数の人が集まる場所での注意ポイントとは?
4つ目の「避難所」については、「ルール遵守」「助け合い」「好きな人対策」「健康観察」が重要なポイントとして示されました。
避難所では不特定多数の人たちが集まり、同じ空間で何日も過ごすことになります。ペットを連れて避難している他の人たちとコミュニケーションを取り、いざという時に「助け合い」できるようにしておくといい、という平井さん。「飼い主同士のコミュニケーションがあれば、救援物資の配給や獣医師の巡回などの情報を共有し、支え合うことができます」。
また、平井さんは「小さいお子さんが、猫が入ったキャリーバッグのファスナーを開けて逃がしてしまったり、同じ避難所の被災者が、支給された焼きそばパンを犬に与え、体調を崩してしまったり、動物が好きな人の行動が思わぬ事態を招くことも実際に起きています。避難所には不特定多数の人が集まっているので、手を触れないよう貼り紙をし、ペットから目を離さないようにして下さい」と注意を促しました。
会場に集まった人の9割以上は犬や猫などの飼い主で、平井さんの経験に基づく具体的なアドバイスに聞き入り、頷きながらメモを取っていました。
第2部では、チコちゃんが登場!
第2部「チコちゃんと学ぶ防災クイズショー」では、ステージにNHKの番組でおなじみのチコちゃんが登場し、コミカルなアドリブを交えながら「避難所ではインコのケージを静かな場所に置く」「災害時は普段以上にスキンシップを心がける」など、災害とペットにまつわる知識をクイズ形式で学びました。
クイズショーの後は、MISIAとの共作「明日へ」や「Everything」で知られる作曲家の松本俊明さんが、能登半島をテーマに復興への願いを込めて作った新曲「Noto」をピアノソロで披露し、会場は厳粛な響きに包まれました。
専門家のアドバイスに、真剣に耳を傾ける来場者
第3部の「フォーラム・災害をペットと生きる」では、ヤマザキ動物看護大学の福山貴昭准教授、東京都の動物行政を担当する栗原八千代さん、能登半島の被災地で動物をケアするボランティア活動に携わっている飛彈樹里さんがパネリストとしてステージに上がりました。
そして、能登半島地震で被災し、45日間にわたってペットと避難先を転々とした女性のリポートを視聴した後、意見交換を行いました。
東京都動物愛護管理専門課長の栗原さんは、ペット受け入れをめぐる避難所の現状について「首都直下地震が発生すると、多くの方々が避難所に詰めかけます。その時、ペットをどこでお世話するかを、明確にしている自治体もあれば、そうでない自治体もあります。今は受け入れるつもりの自治体も、実際に災害が起きると、混乱の中で受け入れられなくなるケースもあるかもしれません。飼い主の皆さんには、そうした不測の事態が起きることも想定しておいて頂きたいと思います」と呼びかけました。
福山准教授は「災害が起きたら、まず飼い主が生き残ることが大前提です。そして犬猫をストレスから守ってあげなければなりません。具体的な方法として背骨に沿って15分、1秒間に10センチ、繰り返し撫でてあげる。こうすると血中のストレスホルモンを爆発的に下げることができます。免疫力の70%は腸管にあります。腸内のビフィズス菌を活性化させるため、ケストースというオリゴ糖を与えるのも効果的です」とアドバイスすると、会場の多くの方々がスマホを取り出し、検索を始めていました。
NPO法人「ANICE」代表の平井潤子さんは「飼い主には、自分のペットが社会に迷惑をかけないようにする責任があります。その意味で『飼い主力』を高めていただくことと、福山先生がおっしゃったように、飼い主が生き残らないとペットの命を守ってあげられないので、自分自身の防災力も高めてもらいたいと思います」と語りました。
飼い主代表の飛彈さんは「飼い主同士がコミュニケーションを深め、備蓄のことや避難のことなど、平時のうちに情報交換しておくこと。また、お互いに預かり支援をするなど、助け合い、支え合う関係を拡げていくことが大切だと思います」と、日頃の備えの重要性を訴えました。
フォーラムの結びに、平井さんは、インド独立の父とされるマハトマ・ガンジーの言葉を引用し、「国の社会的成熟度は、動物の扱い方で判断できる、と言われています。そうした社会を目指す第一歩が災害対策です。飼い主力を高めることで、日本の社会の成熟度を高めていってほしいと思います」と語りました。
終演後、ワークショップに参加した皆さんが記入したアンケートには「知っているようで知らないことがたくさんあり、とても勉強になった」「こうした機会が災害対策の意識を高める一歩になる」「ペットを飼う責任と人間力が大事だと気づき、身を引き締めたいと思った」などの言葉が多く、学びと気づきを得た方が少なくなかったようです。
NHK財団では、日本動物愛護協会の主催による「防災ワークショップ・災害からペットを守る」を、このあとも全国各地で開催します。来年2月には茨城県つくば市で、5月には札幌市で、8月には福岡市で開催を計画しています。
動物を飼っている人も、飼っていない人も、お互いを理解し、支え合い、共に災害を乗り越えられる「成熟した社会」を目指して、私たちのワークショップがその一助になれば幸いです。
(取材/文 社会貢献事業本部 星野豊)