岩手・遠野の美しい里山の風景を舞台に繰り広げられる、特集ドラマ「母の待つ里」。ミステリーとファンタジーの要素が絡み合った不思議な物語で、岩手県・遠野で約1か月にわたって撮影された。

ふるさとと母の存在について改めて考えさせられる本作には、映像化にあたってさまざまな工夫が施されている。撮影裏話について、制作統括の高城朝子さんに話を聞いた。


世界観に浸るための“田舎を走るバスのジオラマ”

特集ドラマ「母の待つ里」は、中井貴一さん、松嶋菜々子さん、佐々木蔵之介さん、が演じる、都会で働き、人生の区切りを迎え、または迎えようとする男女3人を中心とした物語。

ドラマ第1話は、中井さん演じる大企業の社長・松永徹が故郷に里帰りする場面から始まるが、ほどなくして、実はこの“帰郷”が外資系カード会社の上級会員向け特典「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」であることがわかる。

1泊2日50万円という高額の“サービス”で提供されるのは、とある過疎の村での故郷体験だ。住職や食料品店を営む人など、村人はさながらテーマパークのエキストラ。サービス利用者は、宮本信子さん演じる老女“ちよ”の子どもとして扱われ、都会で立派になって久々に帰郷したという“設定”を守っている。

古い日本家屋で子どもの帰りを待つちよは、利用者を我が子として迎え入れ、手料理を振る舞い、風呂を準備し、寝る時には古い昔話を聞かせてくれる……。

一見、途方もない設定に思われるが、ドラマには、見る者をその世界観に引き込むためのさまざまな工夫が凝らされている。その一つは、登場人物たちが故郷を訪れる時に現れる、田舎を走るバスのジオラマ。これは脚本家・一色伸幸さんのアイデアだったと、高城さんは言う。

「一色さんが、『テーマパークに入るための仕掛けがほしい』と、このアイデアを提案されました。ロケ地である遠野のリアルで美しい情景と、ジオラマのアンバランスさが面白く、ジオラマを経て入ったテーマパークには“本物”の空間が広がっている。この導入が不思議なドラマに一役買っていると思うんです」(高城さん


不思議な空気を醸し出す、ジオラマや文楽の演出

そのテーマパークのメインキャラクターとも言えるのが、ちよ。カード会社のサービスとして母親役を演じているはずなのに、振る舞いや発する言葉にうそがないと感じさせる何かがある。このちよのたたずまいも、物語にリアリティーを与えている大きな要因だ。

「小説を読んで、真っ先に頭に浮かんだのが宮本信子さんでした。セリフは全編方言で、量も膨大で、かなり大変な役。宮本さんは3か月かけて方言に取り組まれていました。方言指導の方が、ゆっくりと話したセリフと、通常の速度のセリフを録音し、それをカセットテープにダビングして宮本さんにお渡ししました。

実はこの方言、花巻弁と盛岡弁、遠野弁をミックスした、浅田さんオリジナルの方言なんです。そこにさらに、宮本さんも独自で解釈を加え、さらにオリジナルのことばに仕上がっています」(高城さん

「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」は、他の利用者と遭遇しないように事前予約が必須。ちよの家には、予約日に合わせて利用者の名字が表札として掲げられ、ちよは利用者の母として誠実に向き合う。

「撮影中、ちよを演じる宮本さんを見ていて、中井さん、松嶋さん、佐々木さん演じる子どもたちとの接し方がそれぞれ微妙に違うことに気づきました。中井さんには真面目な長男に丁寧に接するような感じで、やんちゃな次男坊的な佐々木さんには少しぞんざいな振る舞い。

娘である松嶋さんには母と娘という女性同士ならではの、ちょっとぶっちゃけた感じが伝わってきます。宮本さんご本人が、『自然とこうなっちゃったのよ』とおっしゃっていて、不思議だなと感じました」(高城さん

利用者が眠りにつく時、ちよは地元に伝わる昔話を語り始める。朴訥ぼくとつとした方言で語られるのは、『遠野物語』を題材にしたさまざまなストーリー。これが、登場人物たちの境遇と重なり、いろいろなことを考えさせられることになる。ドラマでは、この昔話の部分を文楽で表現しているのが大きな特徴だ。

「実はここの表現を文楽にしよう!と言い出したのも一色さんでした。人間国宝の桐竹勘十郎さんに演じていただいたのですが、これが本当に素晴らしかったです。人間が再現ドラマ風に演じると生々しすぎるし、普通の人形で演じると、心情を見る側が想像しなくてはならないところがあります。

でも、これが文楽だと、指先などの繊細な動きによって感情が見る側にものすごく入ってくるのです。文楽も人形のはずなのに、そこには確かに感情が宿っていて、存在感もある。この文楽パートによって、さらにこのドラマの不思議な感じが高まったと感じています」(高城さん

遠野という日本の原風景を彷彿ほうふつとさせるリアルな映像美と、ジオラマや文楽、オリジナルの方言などが相まって不思議な空気感を醸し出すことで、その中心にいるちよが浮かび上がってくる。

ちよという女性が実際はどういう人物なのか、なぜこのサービスの母親役を担っているのか、ということがミステリー要素として物語に加わっているため、見る側もさらにストーリー展開に引きつけられていくことになる。

「中井貴一さんが初回の打ち合わせで、『男性は本当の母親にここまで甘えられない』とおっしゃっていたのが印象的でした。母親の方も、『子供にこんな人間に育ってほしい』という理想像があって、でも現実は理想通りに育ってくれない、というジレンマがあると思います。

でも、ちよさんはどんな子どもであっても、すべてを受け止めてくれる。中井さんは、本当のお母さんじゃないところが重要なポイントだとおっしゃっていて、なるほどなと思いました。ちよさんには絶対的に自分を肯定してくれるという安心感があるからこそ、登場人物の3人もこのサービスに魅了されたのだと思います」(高城さん


最終話のキーパーソンにも注目

高城さんはかつて、2008年まで放送されていた「世界ウルルン滞在記」(TBS系)にキャスティングプロデューサーとして関わっていた経験がある。日本で活躍している俳優やタレントが旅人として海外にホームステイし、さまざまなことに挑戦する様子に密着したドキュメンタリー番組だが、最後にホストファミリーとの別れで、旅人が涙する場面が印象的だった。

「あの番組では、旅人を受け入れるホストファミリーのみなさんに、『本当の娘や息子のように接してほしい』とお願いしていました。だから、彼らは旅人たちを全身全霊で愛してくれて、初めは緊張していた旅人たちの心も開いていき、最後にはお互いにとって大事な人になっていきました。

このドラマの『ユナイテッド・ホームタウン・サービス』もウルルンと共通する部分があるんじゃないでしょうか。50万円も払って、偽物のお母さんに会いに行くなんて、話だけ聞いたら怪しいし、友達だったら全力で止めます。

でも、それを彼らが求めてしまう気持ちは理解できましたし、自分がここにいてもいいという場所があることで、これからの人生も頑張れるかもしれない。新たな一歩を踏み出すための夏休みみたいな感覚で、このドラマを楽しんでもらえるとうれしいですね」(高城さん

最終話には、物語のキーパーソンとなる男性が登場する。満島真之介さん演じる田村健太郎は、母・ちよの謎を解く重要人物だ。

「遠野で1か月ロケをしていて、満島さんが撮影に参加したのは最後のほう。その頃にはチームの一体感も生まれてきていて、そんな中で、中井さん、松嶋さん、佐々木さん、宮本さんの豪華キャストが4人そろって、すさまじいオーラを発していましたので、現場入りした満島さんが、数歩後ずさりしていたのが見えました(笑)。踏ん張りつつ、頑張っていらっしゃったので、ぜひ楽しみにしていてください」(高城さん

いよいよ、ドラマも後半戦。さまざまな謎が明らかになるので、ますます目が離せない。


特集ドラマ「母の待つ里」(全4話)

第1・2話:9月21日(土) NHK BS 午後9:00~10:29
第3・最終話:9月28日(土) NHK BS 午後9:00~10:29

【物語のあらすじ】
仕事人間の松永徹(中井貴一)にとって、それは40年ぶりの里帰りだった。おぼろげな記憶をたよりに実家にたどり着くと、母(宮本信子)は笑顔で迎えてくれた。嬉々として世話を焼いてくれる母、懐かしい家、懐かしい料理に、徹は安らぎを感じる。しかし何故だか、母の“名前”だけが思い出せない…。
一方、古賀夏生(松嶋菜々子)も久しぶりの「里帰り」をする。夏生が向かった先も、「同じ母」が待つ家。
そして、妻を失った室田精一(佐々木蔵之介)も、居場所を求めて「同じ母」が待つ「ふるさと」へ向かう……。

原作:浅田次郎 『母の待つ里』
脚本:一色伸幸
音楽:渡邊崇
文楽人形監修:桐竹勘十郎
出演:中井貴一、松嶋菜々子、佐々木蔵之介、満島真之介、坂井真紀、鶴見辰吾、根岸季衣、伊武雅刀、中島ひろ子、五頭岳夫、松浦祐也、菜葉菜、矢柴俊博、入山法子、大西礼芳、永田凜、のこ、宮本信子、 [文楽場面]桐竹勘十郎ほか

プロデューサー:石井永二(テレビマンユニオン)
ゼネラルプロデューサー:杉田浩光(テレビマンユニオン)
制作統括:高城朝子(テレビマンユニオン)、訓覇圭(NHK)
演出:森義隆
企画・演出:阿部修英(テレビマンユニオン)

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兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。