駿河湾から日向灘沖まで、東西700㎞に及ぶ南海トラフ。そこでは陸側のプレートの下に海側のプレートが潜り込み、100年から150年の間隔で繰り返し大きな地震が起きています。

今回の防災ワークショップの舞台は、南海トラフの西端に近い、大分県佐伯市。突然、大きな地震が起きたとき、何を考え、どう行動することが適切か、佐伯市の皆さんと一緒に考えました。(主催:NHK 大分放送局 ワークショップ設計・実施:NHK財団)

リアス式海岸を有する佐伯市(写真提供:佐伯市)

発生直後の30分に、何を考え、どう行動すべきか?

佐伯市は、豊後水道の西沿岸に位置し、入り組んだリアス式の海岸が長く続く町です。内閣府の想定では、最大規模(M9クラス)の南海トラフ地震が発生すると、最大震度6強、地震発生の30分後には、所によって10mを超える津波が到達すると見られています。

佐伯市のみなさんが「巨大地震から命を守る知識」を学ぶためにどうすればいいのか? 監修役に大分大学・減災復興デザイン教育研究センター長の鶴成悦久教授をお迎えし、今回の防災ワークショップを準備。そして、2023年3月2日、会場の「さいき城山桜ホール」には、佐伯市民を中心に387人が集まりました。

鶴成教授の専門は「減災科学」。災害の発生直後から行政と連携して被災地の支援に当たり、被災者の救済から復興計画に至るまで、科学的な知見を提供し、専門的な助言を行います。

佐伯市の地形的な特徴や、想定される津波を考慮して導き出されたのは、「生死を分ける発生直後の30分にポイントを絞り、何を考え、どう行動することが適切かを考える」というアイデアです。

参加者に災害をリアルにイメージしながら適切な行動を考えてもらうため、「発生直後の30分」を3つの段階に分けることにしました。

第1段階=揺れている
第2段階=揺れが収まった
第3段階=避難開始

それぞれの段階で、参加者と一緒になって「今、何が重要か」「どう行動することが適切か」を考えていきました。その答えが、鶴成教授が推奨する「最重要の4項目」のどれかと一致すると、用意したパネルが開きます。

約400人の人たちが会場につめかけた。

深夜に地震発生!

ステージ上には、海沿いに暮らす3組8人のご家族が市民代表として登壇し、巨大地震発生直後のシミュレーションが始まりました。

登壇した3組のご家族。

第1段階は、次のような想定です。

季節は春、時刻は深夜1時、場所は自宅です。寝室で寝ていると、大きな揺れが始まります。家がきしむ音が聞こえます。まもなく停電。揺れは3分ほど続きます。寝室のタンスが倒れてきました。

総合司会の元NHKアナウンサー・滝島雅子さんが、3組のご家族の意見を丁寧に聞き取りながら進めていきます。

大分大学・減災復興デザイン教育研究センター長の鶴成悦久教授(写真左)と、総合司会の元NHKアナウンサー・滝島雅子さん。

1組目の神崎一臣さんは「家族に怪我がないか確認し、大きな地震なので津波を心配する。すぐに避難所に向かうことを考える」と答えました。

2組目の菅正人さんは「テーブルの下などに潜り、安全を確保する。夫婦2人暮らしなので、声を掛け合い、お互いの安全を確認する」と回答。

3組目の山本展禎さんは「まず頭を守り、安全を確保する。懐中電灯や防災ラジオを持って逃げることを思い浮かべる」と話しました。

ここで、鶴成教授が用意した「最重要の4項目」パネルを確認。《安全確保》《津波を警戒》《家族に声かけ》の3枚が開示されましたが、残りの1枚は閉じたまま。ここで鶴成教授は次のように解説しました。

「もう1枚のパネルは《揺れ方を確認》です。今回の揺れは3分間も続いています。揺れている時間が非常に長いということは、直下型の地震ではなく、海溝型の地震=南海トラフ地震を疑い、津波を警戒することが重要です」


「今すぐ高いところへ逃げて!」と呼びかける防災無線

ステージ上のご家族も会場の皆さんも「なるほど」と得心したところで、第2段階に進みます。

揺れが収まりました。家族がタンスの下敷きになり「助けて」と叫んでいます。停電が続き、あたりは真っ暗です。西日本の太平洋沿岸に大津波警報が発表され、大分県にも大津波警報です。防災無線とNHKは「今すぐ高いところへ逃げて」と呼びかけています。スマートフォンに避難指示の連絡が届きました。
揺れが収まったあとの適切な行動について意見を出し合う登壇者たち。

神崎さんは「まず家族を助ける。飼い猫をケージに入れる。懐中電灯などを持って家族で避難する準備を始める」と回答。

菅さんは「必死で家族を助ける。スマホで灯りを確保する。避難袋を持ち出す。外に出ることに備えて靴を履く」と答えました。

山本さんは「下敷きになっている家族を全員で救出。懐中電灯で安否確認。大津波警報が出たので急いで避難行動を始める」と話しました。

ここで「最重要の4項目」のパネルを確認。《被害把握》《安否確認》《避難準備》の3枚が開示されました。残りの1枚は何でしょう? 滝島アナウンサーが会場に答えを求めると、一人の女性が手を挙げました。「ブレーカーを落とし、全ての電源を切る」と回答。鶴成教授は次のようにアドバイスしました。

「会場の女性、素晴らしいです。残りの1枚は《火の始末》です。深夜とはいえ、できるだけ出火しないよう、火の元を確認することが大事です。この4点を念頭に行動し、避難の準備を進めて下さい」


高台への避難中、どう行動すべき?

いよいよ、最後の第3段階です。

安全な高台などを目指して避難を始めます。懐中電灯で足下を照らすと、割れた瓦やガラスの破片、石の塊が落ちています。地震が断続的に続いています。避難の途中、崖が崩れています。お年寄りが坂の途中で座り込んでいます。
高台ヘの避難中にどうすべきか、自分の意見を言う神崎一臣さん。

神崎さんは「我が家の避難所になっている近くの中学校に向かいます。実際に避難ルートの途中に崖があり、崩れるかもしれず不安なので、別のルートを使って中学校を目指します。到着したら消防団に声をかけ、その後で座り込んでいるお年寄りを助けに行きます」と答えました。

菅さんは「近所に高台があるので、そこを目指します。津波が迫るのを警戒し、出来るだけ高いところへ、周囲に避難するよう声をかけながら逃げます。途中で高齢者がうずくまっていたら、おんぶして逃げます。自分も高齢者だけど、日頃から身体を鍛えてます」と回答すると、会場から大きな拍手が起こりました。

山本さんは「我が家の裏に小高い山があり、そこを目指します。崖崩れなど、道路状況を確認することが大切。正規のルートが崩れていたら、草木の茂っている道を逃げます。何度も避難訓練をしているので、別ルートでも大丈夫です」と話しました。

客席の参加者にも問いかける鶴成教授。

ここでパネルを確認。《安全確認》《津波どこから》《避難の声かけ》の3枚が開示されました。残りの1枚は閉じたまま。滝島アナウンサーが会場に答えを求めると、遠慮がちに手を挙げた女性が、「靴を履き、眼鏡を忘れず、周囲の状況を確認しながら逃げます」と発言しました。

「会場の女性のおっしゃる通り、残りの1枚は《装備》です。いつでも逃げられるように、靴は普段から玄関にきちんと揃えておいて下さい。佐伯市の場合、地質的に山崩れや崖崩れが起きやすいので、ヘルメットを準備しておくことも大事です。

津波が来ることを想定し、海の方向、川の方向を念頭に逃げて下さい。高齢者が多いので、逃げる時に声を掛け合い、助け合うことも大切です」と鶴成教授が解説。

初動の30分にフォーカスしたシミュレーションを終えた鶴成教授は「日頃から、こうした段階ごとに避難について話し合っておくことが大切です。日中、家族が別々の場所にいる時には、たとえ連絡が取れなくても、どう行動するか、具体的な場面を想定しておくことが、地震や津波から命を守る上で重要です」とアドバイスしました。

ゲストとしてワークショップに参加したチコちゃん。

ワークショップ後の第二部は、NHKの番組でお馴染みのチコちゃんをゲストに迎えた「防災クイズショー」がありました。MISIAさんとの数々の共作で知られる作曲家・松本俊明さんのピアノ演奏など、多彩な演出を織り交ぜ、幅広い世代が南海トラフ巨大地震への備えを学ぶ機会になりました。

ピアノを演奏した作曲家・松本俊明さんとチコちゃんのトーク。

私たちNHK財団は、今後も、地震や津波、集中豪雨、大雪、火山活動などを題材に、地域の課題に応じたワークショップを開催し、防災力の向上に資する取り組みを続けていきます。

(文:NHK財団 社会貢献事業本部/星野豊)

今回の防災ワークショップのように、仮想空間の中で、災害時に迫られるさまざまな「選択」を体験できる「防災クロスロード・チコちゃん編」もお試しください。(NHKのサイトに移動します)