新米ドッグトレーナーの成長物語を、犬との暮らしに役立つ知識とともに描くアニメ「ドッグシグナル」。作品の制作統括を務めた野島恵里チーフ・プロデューサーに話を聞くインタビューの後編は、制作現場の舞台裏やスタッフが大切にしている「原作への思い」などを紹介していく。今回のアニメ化にあたって、高いハードルとなったことは……!?
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「犬とわかり合う喜びを描き、社会で生きるヒントを」制作統括 野島恵里チーフ・プロデューサー インタビュー【前編】
犬の動きをアニメで表現する難しさ
――アニメ「ドッグシグナル」には、たくさんの犬が登場していますが、実は、犬の動きをアニメでちゃんと表現するのは、相当難易度が高いことですよね?
野島 そうなんです。アニメとしてはかなりハードルが高くて。そもそも原作の「DOG SIGNAL」は、映像化するのがなかなか大変な作品だと思うんです。例えば実写のドラマにしようとすると、実際の犬は漫画のキャラクターのようには動いてくれないし、人と人の関係性が軸になるのではないかと思います。アニメだと、犬の表現は原作通りにできるのですが、動物の動きをきちんと描けるアニメーターさんは貴重なんです。人間を上手に描ける方はたくさんいますが、四足歩行の犬の骨格、動きを理解して、きちんと描ける人がある程度スタッフにいる、という状態をキープするのは、結構難しいことなんですよ。
しかもサンジュ、ウルソンというメインキャラクターだけでなく、毎回さまざまな種類の犬がゲストキャラとして登場するので、映像をひとつひとつ人の手で描くアニメとしては手間がかかりますよね(笑)。さらに、番組内で紹介する犬との接し方や動物行動学についても、NHKの放送で扱う情報として適切な監修が必要になりますし、いくつもハードルがあるなぁと思っています。
――今回はシリーズ構成も古橋一浩監督が手がけられていて、物語の進め方などを含めて、原作への愛というか、リスペクトを感じました。
野島 古橋監督は原作をすごく愛してくださっていて、登場する犬の生態をきちんと描くことを、いちばん大事にしていらっしゃいますね。原作者のみやうち沙矢先生が愛犬家で、ずっと「犬の話を描きたい!」と思っていたものがやっと形になったのが「DOG SIGNAL」なので、そういう、みやうち先生の犬への愛を監督がしっかり受け止め、そこに応えていこうという気持ちがあるのだと思います。
映像編集のときにも「この足の動きが」とか「骨格がこうだから」ってよくおっしゃっていて、同時に悩んでもいらっしゃいます。ただ、それも含めて楽しんで作ってくださっている感じがします。例えば第1話「共倒れなボクら」で、サンジュの首輪が外れてしまうシーンがあるんですが、その動きが「めちゃくちゃすごいな!」と思ったんです。いわゆるリアルな表現とはまた違った、「人の手で描いて、こういうふうに見せよう」という意図を持った犬の動きがしっかり再現されていて、感動しました。
それを古橋監督に伝えたら「修正して『すごくうまくいったな』と思ったカットだったから、わかってもらえてうれしい」とおっしゃっていました。もちろん、アニメ全編を通してすべてのカットで犬が動いているわけではなく、人間のキャラも同じく「ビタ止め」のカットもありますが、制作におけるさまざまなハードルがある中で取捨選択をして「ここは演出として、動かしたほうがいいよね」というカットはきっちり動かす、ということなのかなと思います。
――原作コミックスの「あとがき」を読んでいるとわかるのですが、描かれていくエピソードは、みやうち先生の愛犬との実話もかなり含まれていますね。
野島 そもそも、サンジュとウルソンは、みやうち先生の愛犬がモデルです。愛犬たちといっしょに過ごす中で、お話のネタノートのストックが今もどんどん増えている、とおっしゃっていました。本当にすごい熱意や愛が詰まった作品なんだなと改めて感じます。
犬種によって鳴き声を変える声優さんたちの職人芸
――サンジュ役の麦穂あんなさんやウルソン役の松田健一郎さんをはじめ、声優さんたちが担当されている犬の鳴き声も、とても印象的でした。
野島 麦穂さんはご自身でも「麦穂動物園」と称していらっしゃいますが、犬以外にもいろんな動物の声を演じることができる方です。「ドッグシグナル」でも、サンジュだけでなく、アニメに登場するほかの犬もたくさん演じてくださっています。制作の最初は「犬の声は、リアルな犬の声で」という意見もあったのですが、物語の中には虐待やひどい目に遭うシーンもあるので、「それは無理です」ということで、声優さんにお願いすることになりました。それで正解だったな、と思います。
「犬といっしょにアニメを見ていて、うちの犬も声を合わせて吠えはじめました」という感想もありました。そういう職人的な能力を持った方たちの技も、実はこの作品に隠されているんです。松田さんは、スパイのファミリーが活躍する人気作品でも犬の声を担当されていますが(笑)、そんなみなさんが、それぞれ「ドッグシグナル」に登場する犬たちの気持ちを作ってきてくださっているように、アフレコ現場でお見受けしました。
――犬の気持ちを作る、というのは?
野島 ただ「ワンワン」と鳴けばいいわけではなくて、その犬が悲しんでいるときは「悲しいな」、つらいときには「つらいよ~」という気持ちを声で表現するように、意識して演じているんだろうと思います。犬の声の鳴き真似をしているのではなく、言葉を持たない犬の気持ちを代弁している、というか。
また、音響監督からの指示もありました。現実だったらこういう場面で犬はそんなに鳴かないんだけど、ここは演出として鳴いていてほしい、とか。犬種の違いで、例えば小型犬だったらそこまで大きく鳴かないかな?とか。他にも実際に犬を飼っているスタッフから、「うちの子の場合はこうだった」など話し合ったりもしています。子犬と年齢を重ねた老犬では鳴き声が違いますし、犬のサイズによっても違ってくる。そういったことも細かく調整しながら、アフレコを進めていました。各話のゲスト犬に関しては、それぞれ犬のキャラクターに合わせてキャスティングをしています。
――小清水亜美さんや森川智之さん、武内駿輔さん、西山宏太朗さんなど、ゲストとして登場する飼い主も犬も、声優さんは豪華ですね。しかも、愛犬家のみなさんが多くて。
野島 そうですね。これからも、愛犬家として知られる人気声優さんが登場される予定ですので、ぜひ楽しみにしていてください。ちなみに、メインキャストの声優さんで、未祐役の小野「賢」章さん、丹羽役の鈴村「健」一さん、のすけ役の「KENN」さん、ウルソン役の松田「健」一郎さんと、お名前に「けん=犬」が入っているのは、まったくの偶然です(笑)。律佳役の甲斐田裕子さんも、甲斐犬という犬種がいますね(笑)。
知ってもらうことで、少しずつ変わっていけば
――今後、いろいろなエピソードが描かれていく中で、「ここは見逃さないでほしい」というポイントはありますか?
野島 どの回を見ても楽しめるように作っています。これは作品の第1話、原作でも最初から語られていることですが、「人が変われば、犬も変わる」というテーマ、犬と人が関わる中で、自分とは違う存在をどういうふうに理解したり、尊重して関わっていくかということが、どの回からも伝わってくるのが「ドッグシグナル」の特徴だと思っています。
なので、途中から見ていただいても、登場人物に共感したり、何かを発見したりできるエピソードばかりです。犬たちの話が見たい方、その飼い主たちの人間ドラマが見たい方、それぞれいらっしゃると思いますが、これからもいろいろな物語が描かれていきます。
少しだけ具体的に言うと、あと何年生きられるかわからない老犬や、亡き主人の仏壇から離れようとしない犬、そして耳が聞こえなくなってしまった犬。彼らと飼い主たちが、いかにその課題や悲しみと向き合っていくのか。「自分だったらどうする?」といった問いかけが毎回出てくるので、そのひとつひとつが視聴者の方々にとっても、今後どこかの場面で参考になる「生きるヒント」のようなものになるのではと思って制作しています。
――そういう意味でも、やはり「命と向き合う物語」だという気がします。
野島 特に、生きものと暮らしている人は、そのことを身近に感じるかもしれませんね。あくまでもエンターテインメントとして作っていますが、各話各話で「どう向き合うのか」ということを問うていきますので、「自分だったら……」と考えつつ楽しんで見ていただけたら、とてもうれしいです。
この作品は「犬について、知っているようで知らなかったことをたくさん紹介しているアニメ」だと思います。視聴者のみなさんが少しでも犬のことを知ってくださったら、犬に対する見方、接し方が変わるかもしれない。それがちょっとずつ積み重なって、犬を飼う人も、飼わない人も、それぞれの生活が今よりも豊かになっていったらいいなと思っています。
*今後、原作者・みやうち沙矢先生のインタビュー記事を掲載予定。お楽しみに!
取材・文/銅本一谷
カツオ(一本釣り)漁師、長距離航路貨客船の料理人見習い、スキー・インストラクター、脚本家アシスタントとして働いた経験を持つ、元雑誌編集者。番組情報誌『NHKウイークリー ステラ』に長年かかわり、編集・インタビュー・撮影を担当した。趣味は、ライトノベルや漫画を読むこと、アニメ鑑賞。中学・高校時代は吹奏楽部のアルトサックス吹きで、スマホの中にはアニソンがいっぱい。