新米ドッグトレーナーの成長を通して、犬と人との絆を描くEテレのアニメ「ドッグシグナル」。その原作になったのは、プロトリマーの経験がある漫画家・みやうち沙矢がWEB連載している人気作「DOG SIGNAL」だ。
アニメの放送を毎回楽しみにしているというみやうち先生、そして原作の担当編集を務めている株式会社KADOKAWA COMIC BRIDGE編集部・宮内彬起氏にも話を聞き、アニメ化に対する思いや作品のテーマなどについて、2回にわたって紹介する。
今回は、その後編。前編はこちらからご覧いただけます。
宮内さんとの出会いがなければ、この作品は誕生しなかった
━━原作の「DOG SIGNAL」は、みやうち先生の子どものころからの犬に対する愛情がすべて結実した作品だと思うのですが、それでも、編集の宮内さんと出会わなければ、誕生しなかったかもしれないとお聞きしました。
みやうち 本当に、そうなんです。これまで描いてきた漫画の中には犬を題材にしたものもあって、例えば、盲導犬の一生を描いた「永遠のウィズ」では、私の初代の愛犬であるシェットランド・シープドッグとトイ・プードルが亡くなったときのことを両方まとめた感じで描きました。
そのときは「読み切り長編だったら、犬メインで描いてもいいですよ」と。それでも「連載にはできません」ってはっきり言われたんですね。セラピードッグのことを描いた「キミノココロ ボクノココロ」も「読み切りならいいよ。だけど、ちょっとは恋愛も絡めてね」と言われていて。
犬のことを描きたくて、いろんなところに企画を出しても、直して直して直して直して直して、結局「没」ということが続いていました。それでも諦めずに何とかしようと思ってちょこちょこ動いていたのですが、実現することはなかったんです。
本当に「もう限界かな」と感じて、「これで最後にしよう」と思ってネーム(原稿の設計図となる、下書きのようなもの)を持ち込みしたところで、宮内さんと出会ったんですよ。私ね、兄くんと坊ちゃんが宮内さんと出会わせてくれたと思っているんです。
宮内さんと最初に外で打ち合わせをすることになって、私、「犬を連れて行ってもいいですか?」と聞いたんですね。そうしたら、うちの犬たちと会うことばっかり楽しみにしているぐらいの勢いだったんです。
編集・宮内 僕も犬が好きなんですよ(笑)。ただ、そのときに持ってきていただいたネームは「DOG SIGNAL」とは全然違う内容で、確かに犬は登場しているんだけれど、お色気漫画にちょっと犬が出てくるようなものでした。
おそらく、これまで犬だけじゃ漫画として成立しないと言われてきたから、漫画として成立することをやりつつ、自分の好きなものも入れている、という印象を受けました。
それでも、そのネームからは犬に対して愛情を注ぎ、とても大切にしていることが伝わってきましたし、お話ししていても犬が大好きなんだいうことがわかったので、改めて「犬だけのものを描いてほしいです」という話をしました。それだけ強く好きなことは、絶対に人の心に届くものになると思ったので。
みやうち それを聞いて、本当にびっくりしました。編集さんで、そんな人がいるとは思わなかったので。
━━アニメ化の話を聞かれたときのインパクトと似ている感じでしたか?
みやうち あ、本当に似てます。似ているというか、同じくらいのレベルで驚きました。こんな担当さんだったら、いい犬の漫画が絶対に描けると思ったし、うちの犬たちもめっちゃ可愛がってくれたので。
そういう人とお仕事ができて、思った通りの作品ができて、私の足りない部分を宮内さんが繕ってくれるので、本当にありがたい存在です。持ち込みに行ったときに、宮内さんじゃない人が読んでいたら、多分「DOG SIGNAL」は生まれなかったし、一生描けなかったと思います。もう、その出会いで全部の運を使い果たした感じがしていました(笑)。
━━当初は書籍の部数が伸びなかったという話をお聞きしましたが、連載を続ける中での手応えと言いますか、読者からの反響が大きくなった「転機」のような回はありますか?
個人的には、丹羽と律佳とのすけの3人がチームのようになって、肛門嚢になったシーズーと向き合うエピソード(第13話「信じる心」に登場)あたりから、物語がさらに深くなっていった感じがするのですが?
みやうち あ、確かに、未祐がその3人が手を組んでワンちゃんを助ける姿を見て「かっこいい」と思うシーンを描いたときに「キャラクターたちがひとつ大きくなりそう」と思いました。
私が理想とする、犬に携わる人たちが手を組むという環境を作れたことで、犬を守ってあげられる人たちがもっと強く生きていけると思えたので、「ここから(物語の世界を)広げられる」と、そこで思いました。
編集・宮内 おっしゃっていただいたポイントは、その通りだと思っています。ほかにも丹羽の過去を未祐が知るシーン(第6話「丹羽の師匠」、第7話「守りたいもの」に登場)から、キャラクターの重みが増していって、作品のメッセージがより読者に伝わりやすくなったかなと思いますね。
ただ、作品の本当のターニングポイント、部数とか、対お客さんという意味でのターニングポイントがどこだったのかというと、いくつか独立したエピソードを描いていただいたことがあって、そこが重要なターニングポイントだったかなと、僕は思っています。
━━それは、具体的には?
編集・宮内 これからアニメにも登場してくるのですが、ひとつは定年後に妻から離婚を切り出された男性が年老いたオールド・イングリッシュ・シープドッグと向き合うことで、自分の人生を省みる話(2月11日放送の第15話「おじさんと老犬」)、もうひとつは売れない漫画家と耳が聞こえなくなった柴犬の話です。
この2つは、それまで「DOG SIGNAL」でやってきたことが、ぎゅっと濃縮できたエピソードだと思っているんです。
「DOG SIGNAL」本来の、犬との関わり方や、命との向き合い方というところを主軸に置きつつ、みやうち先生の人物やドラマの作り方というのがうまくマッチして、作品の「名刺」みたいな感じで作れたので、この2つのエピソードを僕はとても大事に思っています。
もともと、いつか作品が波及していくだろうと思っていて、そのきっかけをどこで作るかということをずっと模索してきたので、それが形になったものと考えています。
このキャスティングは「神」です!
━━アニメを毎週楽しみにされているということでしたが、アニメの描写から刺激を受けて、それが原作にも影響するようなこともありそうでしょうか?
みやうち そうですね。私が「DOG SIGNAL」の第1話を描いたのは5年以上前のことなので、5年も描き続けていると忘れかけていた部分もあって、アニメになって声優さんが演じてくださったり、その犬の姿が出てきたりすることで、「あ、そうだった」と思い出させてもらっています。
犬も飼い主さんもたくさん描いて数が増えているので、ドッグトレーニングの教室の生徒さんもバンバン増えている感じになっていて、ひとりひとりに目が行かなくなっている状態(笑)。
だから「あ、最初のころに来てくれたあの子がいた」ってアニメを見て思い出して、宮内さんに「もう1回、出しましょうか」と相談したりしています。
━━今回アニメ化されたことで、先生ご自身がいちばんうれしかったことは何ですか?
みやうち 私、いちばんは声優さんなんです。キャスティングが、もう「神」すぎて。「それ以外に何かある?」という感じなんです、本当に。私、声優さんが大好きで、何なら声優の学校に行こうかと本気で考えたくらいで。
もう漫画家としてデビューしていたので、連載を抱えながら学校には通えないので諦めましたけど、できたら勉強したいと思ったくらい、声優さんの声だけの演技に憧れていたんです。マイクの前に立って話されているのに、走っているとか泣いているとかお芝居されるのが本当に職人芸だなとずっと思っていたんですね。
その姿を見たいと思って、DVDを探してみたりとかもしていました。丹羽役の鈴村健一さんも、丹羽の父親役の森川智之さんも、ラジオでワンちゃんの話をたくさんされていたし、ほかの声優さんも「ワンちゃんが好き!」と言われた方は積極的に追いかけていた、みたいな感じですね。
だから、画面越しじゃなくて、声優さんご本人が仕事をされている姿を自分が直接見られる日が来るなんて思っていなくて、アフレコ現場におじゃましたときは、まあまあ気絶しそうでした(笑)。
だって、声優のみなさん、私が知っている方たちだったし、それまで画面越しに見たり、ラジオ番組を聴いたり、イベントに行かせてもらったりして、私はファンの中の一人だったのに、アフレコ現場でみなさんの前で挨拶をすることになって……。
本当にお面を被りたいくらいでした。
*みやうち先生による「ドッグシグナル」アフレコリポート漫画はこちら。
https://www.nhk.jp/g/blog/gw19v50yl3b/ (NHK公式サイト)
━━となると、キャスティングにあたっては、先生のほうから「愛犬家の方で」と要望されることもあったのでしょうか?
みやうち はい。お願いしました。それは「犬が好きな人に、本当に犬のことを思ってセリフを言ってほしい」と思ったからです。いや、でも、あんなにすばらしいみなさんが集まってくださるとは夢にも思っていませんでした。
ゲストでも、小清水亜美さん、西山宏太朗さん、水樹奈々さん……。主人公・未祐役の小野賢章さんは、とにかく多彩な声を出されますし、それがちゃんと未祐に合っていて、すばらしいなと思っています。
キャスティングについては、念願が叶ったどころではなくて、本当に「ありがとうございます!」という言葉しかありません。
━━犬の声を担当されている麦穂あんなさんや松田健一郎さんについては、どんな印象ですか?
みやうち それも「すごい!」の一言です。私、麦穂さんのことを存じ上げていなかったのですが、本当にびっくりして。最初にアニメ化の話を聞いたときに「犬の声をどうするんだろう?」と思っていたのですが、スタッフさんから「声優さんで犬の声をできる方に」と言われて、「人が犬の鳴き真似をして、犬の感情が表現できるのかな?」と疑問を持ったんですよ。
ワンワンワンって犬の鳴き声を再現することができる声優さんはたくさんいらっしゃるけれど、その感情までは出せないだろうな、と。こういうシチュエーションでは、犬がこんな気持ちでいると伝わる声を出すというところまでは行かないだろうな、そこまで要望してもどうしようもないしなぁ、と思っていたんですね。
ところが麦穂さんは、それを見事に表現されていたので、本当に驚いたんですよ。「こんな人がいるんだ!」って。私はサンジュのことがすごく大切で、それは彼が「兄くん」だからなのですが、この方になら全てをお任せできると心から思いました。
しかも、麦穂さんはサンジュだけじゃなくて、ほかの犬たちも演じてくださっていて、声の太さとかも微妙に変えてくださったりして……。すごい、本当にすごいですよ。あんな人、いないです。
松田さんもウルソンのほんわかした雰囲気を巧みに表現してくださっていますし、同時に藤原師匠も演じてくださっていて、師匠のちょっとかっこいいところ、チャラけたところも上手にやってくださっているので、やっぱり声優さんはすごい。すごいばっかりなんですけれど、それしか出てこないですね。
音響監督の吉田光平さんも、アフレコ現場で私が「大丈夫です」と言ったものに対しても「でも、犬を扱うときは、こうじゃないかな?」と、私以上に考えてくださったり、古橋一浩監督がドッグランに足を運んで犬の動きを研究してくださったり、丹羽役の鈴村健一さんもご自身でドッグトレーニングを受けていらっしゃるから、「うちのトレーナーの場合は、こんな感じで……」と提案してくださったり。
そんなふうに、みなさんが本当に犬のことを想ってアニメを作ってくださっているので、私はものすごく感謝しています。
犬と接するときは、相手の気持ちを考える
━━原作でもアニメでも、犬と気持ちを通わせるために、まず相手のことを観察するという描写がありますが、先生が犬と接するときに大事にしていることは何ですか?
みやうち まずは相手の気持ちを考えるようにしています。相手の状況を見て「今、どうしたいのかな?」「これをするのは大丈夫かな、嫌かな」と考えて、嫌がらないことならやってみよう、とか。
お腹がすいてそうなら「おやついる?」って聞いてみよう、とか。でも、それは人と接するときでも、あまり変わらないことなんじゃないかと思うんですよね。
━━アニメの放送を見て、「犬を飼いたい!」と思われた方に対するアドバイスは?
みやうち ちゃんとコミュニケーションが取れたら、犬はすばらしい動物で、たくさんのものを与えてくれます。それを多くの人に知ってほしいし、お勧めもしたいのですが、飼うには大変なところもあるので、それは理解していただきたい。
動物に関しては、メディアと現実をごっちゃにしてほしくないと思っています。例えば、「ウルソンが賢いから、スタンダード・プードルを飼おう」は大間違いで、スタンダード・プードルの世話はマジ大変なんですよ。うちの(ウルソンのモデルの)坊ちゃんは若いころは27~28kgあったし、お金もめっちゃかかるし。
犬は生きている動物で、簡単に飼えるオモチャではないので、興味を持っていただいたとしたら、まずは知識を身につけてから飼っていただきたいです。それは犬だけじゃないですけど……。
私は犬が不幸になるのは嫌だからという理由で「DOG SIGNAL」を描いているのですが、適当に飼って、ちょっとボタンをかけ違ってしまうと、犬から貰えるものも貰えなくなってしまう。
お互いに負担だけかかって辛い人生にならないように、家族で検討してから迎えてあげてほしいと思います。その子にとって適切な対応を取りながら、愛情を注いで接することで、とても幸せな日々が過ごせると思いますよ。
━━これからアニメはクライマックスに向かっていきますが、「こんなことを感じてほしい」とか、視聴者のみなさんに対するメッセージを聞かせていただけますか?
みやうち 見てくださった方が感じたことが全てだと思っていますので、私から「こう感じてほしい」ということはないのですが、もし「もうちょっと突っ込んで、犬のことを知りたいな」と思われたら、ぜひ漫画のほうも読んでいただければ。
私、これを外したら、また犬のことを描けなくなってしまうので(笑)。描きたいネタはまだ山のようにあるので、これからもがんばって続けていきたいと思っています。
今回アニメにしていただいた話数以外にも、原作にはまだまだ犬と飼い主のお話もお役立ち情報も満載なので、また続きもアニメにしてもらえないかなあと夢見て生きていきます(笑)。
3月29日、大阪生まれ。大阪在住。1988年、講談社「別冊フレンド」に投稿した作品が評価されて、同年に漫画家デビュー。主に「別冊フレンド」で活躍し、「書き順の問題」「ネイキッド」「ほんまに関ジャニ∞!!」など多くの作品を発表。犬をテーマにした作品としては、盲導犬の成長を描いた「永遠のウィズ」、セラピードッグを描いた「キミノココロ ボクノココロ」、トリマー女子高生の恋愛を描いた「あたしとハサミは使いよう」などがある。2018年から「DOG SIGNAL」の連載がスタート。
株式会社KADOKAWA コミック第2局 コミック第4編集部 COMIC BRIDGE編集部 編集長。編集者として「DOG SIGNAL」を担当。
「ドッグシグナル」原作・みやうち沙矢インタビュー前編「このアニメは、私にとってかけがえのないもの」はこちらからご覧いただけます。
取材・文/銅本一谷
カツオ(一本釣り)漁師、長距離航路貨客船の料理人見習い、スキー・インストラクター、脚本家アシスタントとして働いた経験を持つ、元雑誌編集者。番組情報誌『NHKウイークリー ステラ』に長年かかわり、編集・インタビュー・撮影を担当した。趣味は、ライトノベルや漫画を読むこと、アニメ鑑賞。中学・高校時代は吹奏楽部のアルトサックス吹きで、スマホの中にはアニソンがいっぱい。