©みやうち沙矢/KADOKAWA/NHK・NEP

10月にEテレで放送が始まったアニメ「ドッグシグナル」は、さまざまな犬の生態を描くことで、犬を飼ったことがある人、飼ったことのない人、それぞれが犬の「常識」を再発見できる、楽しさと優しさに満ちた作品だ。

主人公は、元カノに押し付けられた愛犬の世話に手を焼いている青年・佐村未祐(声:小野賢章)。散歩中、腕利きのドッグトレーナー・丹羽眞一郎(声:鈴村健一)と出会った未祐は、丹羽の卓越した技術に魅了され、彼の弟子となって犬との接し方を学び始める――。

主人公・佐村未祐(写真右)と、腕利きのドッグトレーナー・丹羽眞一郎
©みやうち沙矢/KADOKAWA/NHK・NEP

犬と人(飼い主)との関わり方だけでなく、人と人との関わり方、命と向き合うことについても大きな学びを得られるアニメになっている。制作統括を務めた野島恵里チーフ・プロデューサーに話を聞き、作品の見どころや楽しみ方、制作の舞台裏などを、前後編で紹介していく。


犬の生態を描くことを大切にして

――みやうち沙矢さんが執筆された漫画「DOG SIGNAL」を、Eテレでアニメ化しようと考えた意図を聞かせていただけますか?

野島 「日曜の夕方に親子で見られるアニメを」と考えて、さまざまな企画を検討していた中に、アニメ「ドッグシグナル」の原作「DOG SIGNAL」もありました。それが2021年のことで、当時はコロナ禍でしたが、日本国内の犬の飼育頭数に関するデータのひとつでは、当時「新しく犬を飼い始めた数」が増えていました。

ステイホームも要因にあったかと思いますが、単身者世帯や夫婦のみの世帯が増えるなど、人々の生活スタイルが多様化する中でペットとともに過ごす選択肢を選ぶ人が増え、犬と暮らすことも身近になっている、と。これから犬を飼ったり、飼わなくても周囲に犬がいる環境がある中で、「身近に存在する生きものとどう触れ合ったらいいのか」を伝える番組をEテレで放送することは、とても意義があると考えました。

NHKアニメとして意識していることの1つに、見た人に「社会の中で生きていくヒント」を感じ取れるような番組を世に送りだす、ということがあります。「DOG SIGNAL」はそれに当てはまる作品です。言葉で自分の気持ちを伝えられない相手=犬と理解し合うことは難しいですが、だからこそ乗り越えた先に、わかり合えたときの喜びをより大きく感じられるのではないか。犬を飼っている人にも飼っていない人にも、その魅力やおもしろさを伝えることができると思い、アニメ化に至りました。

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また、「ドッグシグナル」は、犬を飼ったことのある人にとって共感できるポイントがたくさんありますが、飼ったことのない人にも、知識としての「へぇ~」と感じられる面白さもあるのが魅力だと思っています。「犬って、呼ばれた名前を『名前』としては理解していないんだ」とか、「はじめて会った犬とはそうやって触れ合えばいいのか!」とか。そういう情報を伝える上で、アニメーションとして犬の動きや生態がきちんと描けていないと作品の大きな軸のひとつが失われてしまいかねないので、犬の生態を描くことはとても大切にしています。 


レクチャー部分は、このアニメのアイデンティティー

――原作でも、物語の中に「犬とどう接すればいいのか」をレクチャーするパートが挿入されているなど、有益な情報が盛り込まれていますね。

野島 そうした情報が作品の大きな特徴になっているので、アニメでも原作を踏襲しています。お話とは切り分けて視聴者の方にもわかりやすく見てもらえたらと「今日の『わんっ』ポイントレクチャー」というコーナーを作りました。アニメ本編を含め、丹羽の解説や説明セリフの量が多いのではないかと感じることもありましたが、「ドッグシグナル」ならではのアイデンティティーでもあるから、そこは「そういう作品です」と振り切ってやることにしています。アフレコでは、(丹羽を演じる)鈴村さんが専門用語の説明が続く長セリフに大変そうになさっていましたが……(笑)。

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――それも含めて、どんな物語にしたいと考えたのですか?

野島 「ドッグシグナル」って、基本的には、犬のことを全く知らなかった未祐が、のちに「サンジュ」と名付ける自分の犬との関係性をまず見つめ直して、そのサンジュと未祐が同じ時間を過ごしていく中で、ほかの犬や飼い主たちと出会って、さらなる課題に直面したり、学びを得たりして成長していく物語だと思っています。

いろんな飼い主、家族、そして犬のことを見て、いろんな考え方があることを未祐が「発見」していく。彼は最初は失敗ばかりで何もできない子なんですが、犬のことをよく見ていて、たまに褒められて、またつまずいて……。それを繰り返しながら、一歩一歩少しずつ成長していく姿がすごく人間らしい気がします。

――人とのコミュニケーション能力については、未祐のほうが丹羽さんよりも高かったりしますよね。

野島 そうですね。丹羽も、最初は魔法使いみたいなスーパー・ドッグトレーナーとして登場していますが、師匠である藤原(声:松田健一郎)との関係が描かれる中で、実はできないことがあったり、つまずいた過去があって、今の敏腕ドッグトレーナー・丹羽になったんだね、ということが見えてきます。みんな完璧じゃないし「誰でも最初はできないことがあるよね」というところもEテレ向きかもしれませんね。


「犬を飼う」ことは、命と向き合うこと

――丹羽と藤原の関係もそうなのですが、この原作では、犬を通して人と人が向き合うことを描いていたり、犬を飼うことで「命と向き合う」ことを描いているような印象を受けます。

野島 第3話「幸せな暮らし」の、去勢手術の話が象徴的だったかと思います。未祐が自分の飼い犬の去勢手術をするか、しないかを決断しなければいけないという話でした。去勢手術で命を落とす可能性もあるということを知り、未祐が「犬を飼うってこういうことなんだ。命の行き先も僕が握ってる」と言うシーンがありました。動物を飼うことで生じる、命を預かることの重みと責任、そのための覚悟みたいなものをわかりやすく描いている回でした。

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「命と向き合う覚悟」というテーマは、今後の物語の中でも、ずっと通底していきます。そこにさらに、人間よりも犬の寿命が短いからこそ生まれる悩みや悲しみとどう向き合うかであったりとか、さまざまなテーマを各話で描いていくので、毎回が見どころになっています。

ただ、犬との接し方や向き合い方の「正解」は、犬の個性や状況、家族との関係性やさまざまな事情によって違いますし、それは番組として気をつけているところでもあります。

――確かに、番組の終わりで、丹羽と未祐が「今回のお話が、すべての犬に当てはまるわけではないから注意してね」と言っていますよね。

野島 第7話「守りたいもの」では、丹羽と師匠の藤原が、犬に問題行動を起こさせないようにするために「犬に体罰をするか、しないか」という話で衝突する様子を通して、ドッグトレーニングに対する考え方の違いが描かれました。犬への体罰は許されることではありません。ただ、物語の中で未祐が語っていたように、藤原が犬を殴ったことで問題行動が解消されて飼い主の家族が笑顔になるなら、それも犬を救ったことになるのではないか…?、と。当事者が幸せにだったら、それも1つの手段かもしれない。だからこのアニメで紹介するやり方が正解です、ということは言いきれず「あくまでひとつのケースである」ということなんです。

第4話「回る犬」では、とある犬の飼育本を読んでその通りにやってみたら、飼い犬を刺激して逆に噛まれてしまったというエピソードもありました。自分の犬には何が合っているのか?、これという正解があるわけではない。ただ、アニメを通していろんなケース知ってもらうこと事体は意味がありますし、それが今後、犬のことを観察したり、考えたり、触れ合ったりするときのより良い参考になるといいですよね。

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視聴者からの反響も続々と

――ところで、高橋優さんが歌うオープニングテーマ「雪月風花」は、サビ部分の「君が好きだ」がダイレクトに力強く、耳に残るメロディーも含めて「ドッグシグナル」の世界観とマッチしていると思いました。にしなさんが歌うエンディングテーマ「シュガースポット」もまた同様に、とても魅力的です。

野島 オープニングとエンディングは、その作品が持つテーマのA面B面みたいなところがあると思ってます。パッと曲を聴いたときに、私は「雪月風花」が丹羽と彼の愛犬・ウルソンのことを、「シュガースポット」が未祐とサンジュのことを歌った曲だと感じました。

「雪月風花」は、命には終わりがあることがわかったうえで今いっしょにいる時間をいかに愛でて過ごしていくか、という切なさも入りまじった感情が感じとれる歌だな、と。未祐とサンジュよりちょっと先を進んでいる、大人なウルソンと丹羽との関わり方と重なって聴こえたんですよね。

「シュガースポット」はもっと明るく、シンプルにいっしょにいる時間の楽しさが表現されている印象があって、向き合い始めたばかりの未祐とサンジュのように聴こえて。どちらも「ドッグシグナル」の持つそれぞれの魅力を表現してくれている曲です。

――「ドックシグナル」は放送開始後、次第に反響が大きくなっていて、視聴者のみなさんもSNSなどでたくさん反応していらっしゃいます。番組サイドには、どのようなご意見が届いていますか?

野島 「勉強になる!」が、いちばん多いですね。犬のことを知っているつもりだったのに、はじめて知ったことがたくさんあった、という声も。小学生のお子さんがアニメを見終わって、お母さんに「犬って、こうなんだよ!」と話してくれた、という声もありました。

番組を通して親子の会話が生まれることは、もともとの企画の発意でもありますし、会話を通して、命や動物と向き合うことについて、ご家庭で考えたり話したりする時間を少しでも持っていただけたらとてもうれしいです。あと、面白い反応としては「アニメの犬の鳴き声に反応して、うちの犬も合わせて鳴き始めました!」というものも。このアニメの犬の声はすべて声優さんが演じているので、それは声優さんの凄さでもありますよね。

©みやうち沙矢/KADOKAWA/NHK・NEP

また、エンディングでは視聴者の方と愛犬がいっしょに写った写真を紹介しています。11月末までに1800件以上、年齢問わずたくさんの方から応募をいただいていて、本当にありがたく思っています。1話につき4枚の写真を紹介していますが、いろんな犬と家族がいて、それぞれの家族の形で共存しているのだなということが伝わってきます。アニメ本編を見た後に、そうした「読後感」も含めて楽しんでいただけたらと思っています。

インタビュー後編では、アニメ制作にあたって直面したハードルや、声優さんたちの「犬の鳴き声」の演技などのアフレコ収録の舞台裏を紹介します。
取材・文/銅本一谷


番組の公式サイトでは、オープニングテーマとエンディングテーマのノンクレジット版を公開中。
…視聴者からの投稿写真の代わりに、みやうち沙矢先生の愛犬が登場している特別バージョン。

カツオ(一本釣り)漁師、長距離航路貨客船の料理人見習い、スキー・インストラクター、脚本家アシスタントとして働いた経験を持つ、元雑誌編集者。番組情報誌『NHKウイークリー ステラ』に長年かかわり、編集・インタビュー・撮影を担当した。趣味は、ライトノベルや漫画を読むこと、アニメ鑑賞。中学・高校時代は吹奏楽部のアルトサックス吹きで、スマホの中にはアニソンがいっぱい。