ドラマ10「大奥」が終わってしまった!
毎週火曜日のお楽しみが一つ減ってしまったのだ!
これからは、シーズン2が始まる今秋まで指をくわえて待つ日々か(諦観)。

ドラマの原作は漫画「大奥」だが、私はあえて未読のままにしている。これから禁断症状にさいなまれても、ドラマ完結前に漫画に手を出すことはない。これは、純粋にドラマを楽しむための流儀といっていい。

例えば、「映画は原作を読んでから見る派? それとも見たあとで読む派?」と聞かれれば、間違いなく後者(原作を読んでいる映画はほとんど見ない)。映像作品を見てから、改めて原作本で振り返る——。そちらの方が両作品とも濃密に楽しめるというのが、長年の経験からはじき出した私の結論なのだ。


さて、ドラマ10「大奥」シーズン1の主役は、何と言っても冨永愛扮する徳川吉宗でしたね。吉宗に始まって吉宗に終わる大きな流れの中で、彼女以外に家光と綱吉という2人の将軍の治世も描かれた。

先のレビューで触れているように堀田・家光も仲・綱吉もすばらしかったのだが、やはり全10話を通して見ると、冨永・吉宗の存在感はずば抜けていた。冨永愛の全身からあふれ出す威厳が、シーズン1の空気を作っていたと言ってもいい。

何より男がタンカを切るより、女が切った方が数倍カッコいいんだよね。これは物語世界だけでなく、現実世界でもそんな気がするのは私だけだろうか。まあ、ここぞという場面でカッコいいセリフをもってくるのだから、当然といえば当然。どのセリフが原作由来で、どれがドラマ・オリジナルか、あとで検証するのが楽しみだ。

水野や杉下たち御中臈はもちろん、側近の加納久通、藤波、大岡忠相、小川笙船ら周囲の登場人物に十分光が当てられ、皆がちゃんと“あの時代を生きている”人物として掘り下げられているのも、本作のすばらしさ。原作者・よしながふみのキャラクター&舞台設定が抜群なのは言うまでもなく、この長い物語の半分を10回にまとめ上げた脚本家・森下佳子の力量には改めて感服した。

見ているこちらとしては、毎回押し寄せる名場面の連続に、涙腺は緩んだり締まったり、心拍数も上がったり下がったり。視聴後もしばらく精神状態が不安定で、ヤバいことになってしまった。ここまで心をかき乱すドラマも最近珍しい。

もちろん、見ていて気になる部分がなかったわけではない。
精神状態がヤバくなるのは、逆に考えれば1話に重要なエピソードを詰め込み過ぎているから。名場面があまり続くと、見方によっては総集編のようなダイジェスト感が出てきかねない。心を揺さぶる感動的なメインテーマもすばらしい曲なのだが、さすがに1話の中で2度も3度も流すのはもったいない、やっぱり。

加えて登場人物が決して多くないので、狭い人間関係の中で物語が進みがちな傾向も感じられた。だから、あれだけ豪華なセットの下で描かれながら、将軍が天下国家を采配しているダイナミズムが前半感じられにくかったのも残念であった。

だからこそ、吉宗が小石川養生所の開設や上米の制の実施、赤面疱瘡撲滅に動き出した第8回以降は、「これこれ、待ってました!」とひざをたたいたものだ。将軍が政の先頭に立ち、尽力する姿をもっと描けば、大奥という閉鎖された空間での切ない情愛エピソードがもっと生きるはずと思っていたから。

そこをちゃんと押さえてくるあたり、さすがです。

秋から放送されるシーズン2は、将軍の名前ではなく「医療編/幕末編」と銘打たれている。ということは、シーズン1より政や社会情勢により光が当てられるはずだ。第10回には、シーズン2のキーパーソンとなるであろう筋肉系庭師・村雨辰剛演じる蘭学者・青沼、鈴木杏演じる本草学者・平賀源内も登場しましたしね。

タイトルが「大奥」なので、女将軍たちの切ない恋愛模様も引き続き描かれると思うが、私にとってはそこを楽しみにしている。

シーズン2も全10回となるのだろうか? そう考えると全20回のドラマシリーズで、大河ドラマの半分くらい? ネットでは大河ドラマとして見たいという声も散見されるが、史実に沿って描かれる“大河”は無理だとしても、大河ファンタジー「精霊の守り人」シリーズ(全22回)もあることだし(笑)。

シーズン1で吉宗が読むのをすっ飛ばした「家綱編」や「家宣編」「家継編」も加え、全32回くらいでじっくり描き直すのも面白いと思うのだが……いかがでしょう。


右衛門佐の愛のことば、久通の覚悟の涙……
第7回以降で涙したこのシーン、このセリフ

このドラマには、人と人とが向き合い会話するシーンに、人の心を打つ珠玉のことばが数多く散りばめられている。それが、この作品の大きな見どころでもある。
過去のレビューでも名場面・名セリフを取り上げてきたが、今回は第7回から第10回の印象深い場面を独断でセレクトしてみた。

第7回 綱吉と右衛門佐、ついに結ばれる!

“世継ぎ”を待つ父・桂昌院の期待に応えられないばかりか、しとねの相手から殺されそうになった綱吉は絶望の淵に。

「まったく、私は何のために生まれてきたのか……」

自死さえ考える綱吉に、右衛門佐は強く「生きなさい!」と告げる。

「上様 生きると言うことは、女と男ということは、ただ女の腹に種をつけ、子孫を残し、家の血をつないでいくことだけではありますまい」

「いやじゃ。もう誰一人、私が生きることなど望んでおらぬではないか!」

「いやや! 私の夢やったんや! もう死ぬと言うんやったら、今かなえさせてもらう」

思わず京ことばが出てしまったのは、よほど感極まった証だろう。綱吉を強く抱きしめる右衛門佐。やっぱり、ずーっと綱吉を思い続けてきたんだね、あんなクールな表情をしながら。そして、白髪混じりの初老の男女が抱き合う姿が、こんなにも美しいなんて!
その後、一人の女にやっと戻れた綱吉が言う。

「さような次第なら、もう少し早よう打ち明けてくれれば、もう少しましな私を見せられたものを……」

「上様。私は子を成すためのしとねしか知りませぬ。何の目的もなく、女性とこうしておるのは生まれてより初めてにございます。ここには何もない。ただの男と女としてここにおるだけです。こうなったのが、今のあなたで本当によかった……。なんという幸せか!」

子を成せぬ、いや子作りとはかかわりないからこそ素直な心で愛し合う男女。その関係は、年齢は違うものの家光と有功のそれと相似形だ。「なんという幸せか!」という右衛門佐の言葉は、どれほど綱吉に生きる喜びを与えたことだろう。

熟年同士のラブシーン、ここに極まれり。


第9回 吉宗、家重に将軍を継ぐ決意を迫る

障害があるため、周囲のものから次期将軍にはふさわしくないと思われてきた吉宗の長女・家重。ある日、吉宗は家重相手に将棋を差し、その頭脳明晰さに驚く。

「のう家重。私はそなたがバカだと思うたことは一度もないぞ。これがその証しじゃ。理を読み、先を見通す力がない限り、かような手はとてもさせぬ……。ただ、その秀でた頭をもってしても世の困りごとは容易には片付かぬと思う。
母もさまざまな手は打つが、失敗することもしばしばじゃ……。時として世の恨みまで買う。将軍とはまことのところさような役回りじゃ。耐えられるか家重。それでも人の役に立ちたいと思えるか?」

私にはとてもできませぬ、と自信なくつぶやく家重に、吉宗はさらに問う。

「それはまことの思いか? 役立たずだから死にたいと言うておったと聞いた。裏を返せば、それは生きるなら人の役に立ちたいということ……。違うか」

「私は、さような意気地なしでございます。それでも、そんな私でもできますか? 誰かの役に立つことが……」

吉宗は娘の肩をやさしく抱きしめながら言う。

「跡を頼めるか? 家重」

誰からも期待されず、自分でも無能だと思ってきた家重を、将軍にふさわしいと確信する吉宗の頭には、側近・久通のこの言葉があったはずだ。

「将軍の器とは、他のものを思う心の有る無しであると私は考えております」

シーズン1では、女将軍が自らの尊厳を捨ててまで、次期将軍となる子を成す“役目”に身を捧げる悲劇が続いてきた。しかし、八代将軍・吉宗の世になって初めて「将軍の器とは」という新しい命題が掲げられ、母子(将軍と次期将軍)の愛と絆が描かれた。

紀州からやってきた吉宗が大奥に持ち込んだのは、まさに新しい価値観だった。そういう意味でも、吉宗編から家光編や綱吉編とは違うステージに入ったのだ。

徳川家重をみごとに演じたのは、期待の若手俳優・三浦透子。家重といえば、大河ドラマ「八代将軍 吉宗」で演じた中村梅雀が思い出される。中村も障害がありつつも聡明な内面をもつ家重を熱演したが、三浦も高い表現力で難役を演じ切った。


第10回 久通、吉宗に自分の秘密を告白

村瀬の死後、吉宗が読んでいた没日録の続きが消えてしまう。吉宗が捜索を命じ、のちに大岡忠相が発見。そこから驚くべき事実が発覚する。そして、紀州時代から仕えてきた久通が隠居する日。吉宗は没日録に書かれていたことを彼女に問う。

「私と(将軍の)跡目を争っておった尾張の吉通様を亡き者にしたのは、そなたなのか?」

覚悟していたのか、久通は冷静さをくずさず答える。

「はい。尾張の徳川吉通様を殺しましたのは、私にございます」

「紀州の姉上たちもか?」

「はい。私が自ら毒を盛ってしいし奉りました。あのお二人がいるかぎり、信様は決して将軍にはおなりになれませぬゆえ。……さような事情を、上様がお知りになってはお気がくじけると、(村瀬殺害と没日録隠蔽を)私が御庭番に命じました。
――いえ、少し違いますね。最後は上様のためではござりませぬ。見ていたかったのでございます。上様が将軍の座に就かれ、この国を導いていくお姿を。いつでもお手討ちになる覚悟で今日まで生きてまいりました」

長い沈黙のあと、どんな断罪も受け入れるつもりの久通に吉宗は……。

「つらかったであろう、久通。今までずっと一人で背負ってくれていたのじゃな」

これまで、威厳ある将軍の顔しか見せてこなかった吉宗。そのほおに、涙がこぼれる。予想外の言葉に驚き、涙で顔をゆがめながら深々と頭を下げる久通。

「一炊の夢を見させていただきました。よき夢にございました」

久通演じる貫地谷しほり、抑えた演技ながらわずかな表情の変化が多くを物語る。すばらしい俳優さんですねえ。見ている私も涙が止まらないシーンだった。

かつて柳沢吉保は「情」で綱吉に仕え、最後はその手で綱吉の命を絶った。
綱吉を永遠に自分のものにしたいという思いからなのか、将軍を苦しみから救い、あの世の右衛門佐のもとに届けるためだったのか。

それに対し、加納久通は「理」で吉宗に仕え、政の右腕として上様を支えた。
対照的な側近ではあるが、どちらも深い愛が根底にあったことだけは間違いない。


ドラマ10「大奥」 Season2
2023年秋に放送決定!「大政奉還」を初の映像化!
【放送予定】2023年・秋
【原作】よしながふみ
【脚本】森下佳子
【音楽】KOHTA YAMAMOTO
https://steranet.jp/articles/-/1531