新・介護百人一首

母の居ぬ
家は色が
無いんだと
うずくまる父
はげましたる夜

神奈川県大山 久喜子 56歳)

愛知県 カトリビニタ

詞書

結婚して六十年片時も離れず母と苦楽を共にした父は、絶望的な医師の説明を否定しつつも、ある夜、力尽きたかのようにボソッと口にした言葉です。とにかくありったけの言葉でうずくまってしまった父をはげました夜でした。

感想コメントをいただきました

恩蔵絢子

ずっと一緒に暮らし、全てを共有してきた人がいなくなることは、自分が帰れる場所(安全基地=これがあるからこそ人間は好奇心を持って外の世界を探索することができる)を失うことです。誰かがいなくなって、その人の代わりに子どもたちや、友人など、別の人を心の安全基地とするには、思うよりもずっと大きな力が必要です。結びつきが強ければ強いほど、脳はいなくなったその人を求めようとして、その人のことばかり思い出させる。おかげで現実の風景が色褪せてしまう。しかし、それでもこうして寄り添ってくれる人がいることで確実に色を取り戻せる日が来るのだと思います。

恩蔵絢子

脳科学者。2007年東京工業大学総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程修了(学術博士)。専門は自意識と感情。2015年に同居の母親がアルツハイマー型認知症と診断される。母親の「その人らしさ」は認知症によって本当に変わってしまうのだろうか?という疑問を持ち、生活の中で認知症を脳科学者として分析、2018年に『脳科学者の母が、認知症になる』(河出書房新社)を出版。認知症になっても変わらない「その人」があると結論づける。NHK「クローズアップ現代+」、NHKエデュケーショナル「ハートネットTV」に出演。2022年には、母親に限らず、認知症についてのさまざまな「なぜ?」に対して脳科学的に解説する『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか』(中央法規。ソーシャルワーカー・永島徹との共著)を出版。現在、金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学非常勤講師。