NHK放送博物館では10月23日まで、企画展「トリローワールドへようこそ!~奇才が伝えた戦後のラジオ」を開催しています。これは、終戦直後から1960年代の放送界で大活躍した音楽家・プロデューサーの三木鶏郎(1914~1994)の生涯と業績を追ったもので、三木鶏郎企画研究所から、台本等多くの資料を寄贈いただいたご縁で企画したものです。標記のトークショーは、その関連イベントとして開催しました。
三木鶏郎については、65歳以下の方にはなじみが薄いかもしれません。しかし、コミックソング『田舎のバス』、アニメ「鉄人28号」の主題歌、CMソング「くしゃみ3回ルル3錠」などの作者といえば、思い当たるかと思います。40年代末から50年代初めに大人気だったNHKラジオ「日曜娯楽版」の中心人物を務め、バラエティ番組出演、8000曲といわれるCMソングの作詞作曲、ディズニー映画の日本語版の制作など、幅広く活躍しました。
門下からは永六輔、神津善行、野坂昭如、五木寛之、芸能人では三木のり平、楠トシエ、中村メイ子など、その後の放送文化をリードした人材が輩出したのです。詳しくは放送博物館にお越しくださって、展示をご覧になれば、その業績の量と多彩さに驚かれると思います。
今回ご出演のコラムニスト・泉麻人さんは、鶏郎作品に魅了されて取材を重ね、2019年に著書『冗談音楽の怪人・三木鶏郎~ラジオとCMソングの戦後史』にまとめられました。
「僕は56年生まれですから、さすがに『日曜娯楽版』はリアルタイムでは聴いていませんよ(笑)。大学の広告研究会に入って、初めて名前を知ったんです。少し調べてみたら、子どものころから耳になじんでいたアニメやCMの音楽のどれもこれも鶏郎作品じゃないですか。びっくりしましたね。それがご縁の始まりです。ただ、残念ながらお目にかかる機会はなかった。94年までご存命だったのに。これが心残りでね」
泉さんと旧知の「ラジオ深夜便」の迎康子アンカーを聞き手に迎えたトークショーは、こんな泉さんの言葉で始まりました。
取材秘話や鶏郎のユーモラスなエピソードの連続で、会場からはひっきりなしに笑いが起こりました。
迎「今回博物館に寄贈されたNHK番組の台本ですが、70年以上前のものなのに、とてもていねいに保存されて、きれいな状態ですね。ご性格なのでしょうか」
泉「生前を知る方に聞くと、物持ちがいいというか……。何でもとにかく、ちゃんと保存しておく。まあ、『記録魔』ですね。持病の糖尿病の精密な病状を記録していて、『糖尿病友の会』なんて団体を立ち上げる。そのうえ本まで書いている。音楽そっちのけでね(笑)」
会場で鶏郎作品を数曲聴いていただきました。その作品群は、さまざまな音楽スタイルを縦横無尽に駆使しています。
迎「今聴いた『僕は特急の機関士で』は、70年前の音楽とは思えません。スイングしているというか、すごくモダンで、今聴いても全然古くない」
泉「でももう一曲の『毒消しゃいらんかね』は、もろに日本民謡(笑)。鶏郎の音楽的素養がすごく多様で、豊かなことがわかります」
終演間際の質疑応答コーナーで、入場者のお一人が、鶏郎が初めて結成したバンドのメンバーのご子息だと明かされるという、泉さんもびっくりのうれしいハプニングもありました。
トークショーは、泉さんのこんな言葉で幕を閉じました。
「調べれば調べるほど、すごく多様な仕事ぶりで、つかみどころのない人です。だから僕は本で“怪人”と呼んだ。でも、その根底には、時代を先取りした感覚があります。それが後の放送界、特にバラエティ番組にすごい影響を与えた。だから彼は戦後日本の『ポップカルチャー』の先駆者だと、僕は考えています」
三木鶏郎は70年代以降、放送の第一線から退き、回想録などの執筆のほかは、サイパン島など海外で悠々自適の生活を送りました。結果として、年が経るとともに知名度は低くなり、それが現在に至っているようです。
しかし、太平洋戦争終結後、海外(特にアメリカ)の文化・文物を貪欲に取り入れて旺盛に活動したその姿は、高度経済成長期にモーレツに働いた日本人の姿と重なります。その作品群が当時の日本人への「応援歌」として機能したのが、人気の秘密だったのでしょう。経済成長が一段落した70年代に一線を退いたのは、故なしではなかった。けれども今その生涯や作品に触れることが、少し元気のない現在の日本社会への応援歌となるのではないか。泉さんのお話を聞いて、そんなことを考えました。
今こそ、多くの方に三木鶏郎の「応援歌」にふれていただきたいと思います。
(取材・文/NHK放送博物館 野崎博之 )
トリローワールドへようこそ!~奇才が伝えた戦後のラジオ
会期:開催中~2022年10月23日(日)まで
午前10:00~午後4:30(入館は午後4:00まで)
※毎週月曜日休館(祝日除く)
入館料:無料
https://www.nhk.or.jp/museum/