
蔦屋重三郎(横浜流星)の前から突然姿を消した謎の少年・唐丸(渡邉斗翔)。年月を経て再会した蔦重は、彼に“歌麿”という名を与え、再び面倒を見るようになった。やがて、蔦重と浮世絵の美人画を仕掛け、喜多川歌麿は世界的に著名な浮世絵師になるが……。演じる染谷将太に、本作での人物像や作品の魅力を聞いた。
ミステリアスな一面を表現するため、本心を隠すよう意識しながら演じている
——喜多川歌麿という人物に対して、どんなイメージをお持ちでしたか?
とてもミステリアスな絵を描く“謎の絵師”というイメージですね。作品を初めて見たのは歴史の教科書でしたが、その時から「歌麿の絵は、どこか他と違う」と感じていました。彼の美人画に描かれている女性は、何を考えているか分からないような表情をしています。作品を見れば見るほど、より謎が深まるというか……。同時に、人間の色気のようなものがにじみ出ているような作品だとも思いました。
——歌麿もミステリアスですね。
台本を読み進める中でも、歌麿が何を考えているのか読み取れない場面が時々出てきます。何かを遠慮して本心を言えないのか、我慢していることがあるのか、それとも実は本心をそのまま言っているのか、演じる自分もつかみきれないんです。でも見方を変えれば、歌麿の言葉は、何通りもの捉え方ができるとも考えられる。その曖昧さが、今回の歌麿の大きな魅力だと思います。

象徴的なのは第18回の、蔦重と再会する場面です。歌麿のセリフに、「自分なんか死んだ方がいいんだ」という言葉がありましたが、これもとても曖昧だなと思いました。蔦重に迷惑をかけたくなくて本心からそう言っているのか、実はすごく生きたくて蔦重に救ってほしいと思っているのか、どっちなのか分からない。
演出の方とも相談して、あえて本心を隠すよう意識しながら演じている部分もあります。「歌麿って、実際はどう思っているの?」と思っていただけるような演技を重ねることで、そのミステリアスな一面を表現できればと。
——絵を描くシーンもたくさん登場しますが、練習されてみていかがですか?
難しいですね。太さの均等な線をまっすぐ描くのがこんなに難しいのかと驚きました。でも、楽しくもあるんです。もともと浮世絵などの日本画は好きでしたが、今作で描く練習をさせていただき、より好きになりました。下手なりに作品を模写してみたりもしますが、描いているとなぜかすごく気持ちいいんです。新しい経験をさせてもらえるのは、ありがたいですね。
少年時代の無邪気さ純粋さが、その後の歌麿の不器用さにつながるのでは
——史実上も謎が多い人物ですが、今作では、少年時代に唐丸として蔦重と出会っていたという設定です。そのことについてはどう思われましたか?
ものすごくドラマチックだと感じました。蔦重と唐丸の時間の大切さが際立つと同時に、蔦重と別れた後に歌麿はどんな人生を歩んできたんだろうと、想像が膨らみますよね。ただ、演じる方としてはめちゃくちゃプレッシャーです(笑)。
喜多川歌麿というキャラクターが登場することは放送前から発表されていましたが、なかなかドラマに出てこない。ましてや、唐丸が実は歌麿だということは、いっさい明らかになっていませんでした。「歌麿はいつ、どんな形で登場するの?」という視聴者の皆さんの期待が大きくなるのと比例して、それに応えられる歌麿を自分に演じられるのかという不安がどんどん膨らみました(笑)。

——少年時代の唐丸を意識されましたか?
渡邉斗翔くんが演じる唐丸って、すごく無邪気だなと思ったんですよね。無邪気と言えば蔦重も無邪気ですが、それとは違うベクトルの無邪気さを唐丸からは感じました。ドラマの中で、2つのベクトルの無邪気さがずっと続いたら面白いと思って、唐丸の無邪気さを引き継いで演じるよう意識しています。
その一方で、蔦重と再会した歌麿が、自分の思いを素直に言えないのは、少年時代の唐丸が無邪気だったからこそだと思います。もし歌麿が自分の思いを人に伝える器用さを持ち合わせていれば、何かを遠慮したり我慢したりすることもないのではと……。唐丸の無邪気さ純粋さが、その後の歌麿の不器用さにつながるのではと思うんです。
——蔦重は、歌麿にとってどういう存在ですか?
一緒にいると楽しい人物ですね。「他の絵師を真似て描いてほしい」なんていうむちゃぶりもされますけど、それに応えようと頑張ってしまうほど、何かをともに作るのが楽しい。そして、それが形になった時には大きな達成感を得られるし、蔦重の喜ぶ姿を見てまた喜びを感じてしまうんです。
そこは、プロデューサーとしての蔦重の手腕によるところもありますね。蔦重の言うことについていけば、必ずいいものができる。まさに敏腕プロデューサーです。僕は役者ですが、例えば監督からどんなにむちゃぶりされても、結果としていい作品が出来上がれば、やはり大きな達成感を感じます。歌麿の気持ちは、とても共感できます。

新たな文化が誕生するときの“人間ドラマ”を描く点が「べらぼう」の魅力
——収録現場の雰囲気や、横浜流星さんとの共演の印象を教えてください。
収録現場の雰囲気は、“江戸の活気”そのものです。スタジオに入るだけで、自然と元気が湧いてきますね。その原動力になっているのが、流星くん。「べらぼう」って、例年にもまして主人公が出ずっぱりですよね。大袈裟でなく、彼は蔦重として毎日走り続けています。その背中を見ると、自分も引っ張られる。彼の引力のおかげで、物語の中に入り込めているように思います。
——歌麿は、絵師や戯作者の面々とも交流していきますね。
たくさんのクリエイターたちが登場しますが、みんなキャラが濃くて、しかも見事にタイプが違う。それぞれのスピンオフドラマが見たいくらいです。
特に序盤は、歌麿は見習いという立場で、絵師の皆さんのやり取りを一歩引いたところから見ているような役回りです。ある意味、皆さんの面白いやりとりを、最も間近で見られるとても幸運な位置です。あまりに面白くて、たまに笑いをこらえるのが大変な時もあったくらいです。

——改めて、「べらぼう」の魅力をお聞かせください。
「べらぼう」は、江戸時代中期の文化的変遷を背景に、“人間ドラマ”を描いている点がとても魅力的です。そもそも文化は、人が作り上げてきたもの。だから、新しい文化が誕生するときこそ、そこにはさまざまなドラマが潜んでいるはず。それをじっくり掘り下げることは、一年続く大河ドラマでしか成し得ないと思うんです。
自分も役者として、“文化を築く”ことに携わっていると自負しています。だからこそ、この作品が大河ドラマの1作品として後世に残されていくことが、とても美しく、意味のあることだと思います。