柳井嵩(北村匠海)と千尋(中沢元紀)の父・清(二宮和也)の兄であり、頼りになる町の医師。また育ての親として兄弟の成長を支え、見守り、おおらかな心で包み込む。そんな寛を演じる竹野内豊に、この役に対する思いや、撮影現場でのエピソードを聞いた。


希望だけでなく、絶望も知っているからこその説得力

──「アンパンマン」について、もともとどのような印象をお持ちでしたか?

実は僕、やなせたかしさんが絵本に描いた初期の『アンパンマン』が好きなんです。いわゆる、かっこよくて頼りになる完全無欠のヒーローではなく、ちょっと恰好かっこうなところがいい。そこに、“正義は決してかっこいいものじゃない”というやなせさんらしい感性が表れている気がして。その世界観が好きだなと思います。

その絵本の出版から50年以上がって、アニメ化もされて、今や多くの子どもたちがアンパンマンを見て育つわけですが……もちろん、そこにもやっぱり、やなせさんの価値観、生きていく上で大切なメッセージが凝縮されている。素晴すばらしい作品だと思っています。大人になった今でも、改めて学べることが大きいですね。

──脚本の中園ミホさんいわく、やなせさんが書き残した言葉が一番セリフの中に織り込まれているのが寛さんなのだとか。実際、「絶望の隣は希望だ」など名言が多いですよね。そのような大切なセリフを口にする寛さんを演じる上で、何か心がけていることはありますか?

寛は、どんな時でも人を許す気持ちや、人の気持ちを受け止める広い心を持った優しい人物だと思います。嵩を励ましたり、のぶに声をかけたりするシーンに、それはよく表れていますよね。しかし、寛の良さは、そういう人生の希望に満ちた明るい面だけではなく、その真逆の側面もわかっていること。つまり、人生における“絶望”も、彼は知っている。だからこそ、言葉に説得力があるのだと思います。
それを踏まえて、セリフを発する上では、その“絶望”の部分を自分の腹の底に置くイメージで演じなければいけないな、と感じています。

一人の医者として、寛は多くの人を看取みとってきたはず。ドラマの中でもあちこち往診に行っているので、多くの家族、さまざまな人生のあり方や終わり方を見ているでしょうし、自分なりの死生観を持っているでしょう。その重みを演技に反映させたいと思っています。

──竹野内さんは、これまでにも医師役を多く演じられていますね。

ああ、確かにそうですね(笑)。
今回は、医療と向き合う医師というよりは「町のお医者さん」といった役なので、患者さんに対しても、もちろん家族に対しても、常に一人の人間として向き合う誠実さを出せるように意識しています。

でも、今どき、寛のような昔ながらの町のお医者さんって少ないですよね。こういう、誰のことも分け隔てなく包み込んでくれる場所って、今、誰もが求めているんじゃないかな。みなさんが寛を見て「こんなお医者さんがいたらいいな」と思ってくれたらうれしいです。


「あんぱん」が今の時代に放送されるのは、必然だと思う

──実の子どもではない嵩と千尋を育てるなど、複雑な家庭事情を持つ柳井家。特に、一度出て行ったはずの登美子さん(松嶋菜々子)が帰ってきてからは、家庭内がよりギスギスした空気に……。柳井家を大黒柱として支える寛さんは、どのような気持ちで過ごしていたのでしょう?

千代子さん(戸田菜穂)と登美子さんが一緒にいるのを見ているとね……なんというか、緊張が走りますよね(笑)。松嶋さんも戸田さんも、本当にお上手なんですよ。だから客観的に見ている分には面白いんですけど、ときに間に挟まれるかっこうになる寛としてはね……。

台本には、2人のバトルを受けてのリアクションまで全て書かれているわけではないんです。ですから、けっこうドキドキしながら演じていました。僕自身は気まずかったですが、あまり気まずさを全面に出してしまうとコメディーみたいになってしまうので、そこはやりすぎないように気をつけましたね。寛はおおらかだから、そんな2人のギスギスを見ても動じないのだ、と言い聞かせて(笑)。

──実際に撮影に入ってみて、印象的だったことはありますか?

嵩役の北村匠海くんと、千尋役の中沢元紀くんがね、クランクイン当初から比べてどんどん本当の兄弟らしくなっていくんですよ。すごくいいなと思いましたね。

それから驚かされたのは、嵩の幼少期を演じていた木村優来くん! 彼、オーディションで選ばれたらしいんですが、本当にすごいですね。嵩というキャラクターは、北村くんの持っている光と影の両極の面が重要なファクターだと思うのですが、その幼少期として木村くんは全く違和感がないんです。セリフがなくても、感情が瞳の奥に映っている。撮影中、スタジオの隅にあるモニターで木村くんの演技を見ていたのですが、ドキッとさせられる場面が何度もありました。

──視聴者の方にメッセージをひとこと、お願いします。

「あんぱん」というドラマがこの時代に送り出されるのは、必然なんじゃないかと思うんですね。日本だけでなく世界中の人にとって、戦争を身近に感じる……感じられてしまう今の時代。のぶのまっすぐさ、エネルギッシュさは現代の人たちの心を救うのではないかと思いますし、嵩の生き方には共感できることも多いはず。
人としてどう生きていくべきかという問いのヒントが、このドラマには散りばめられています。「あんぱん」が、多くの人の心に届く素敵すてきなドラマになったらいいなと思います。