幼いころに父を病気で亡くし、高知に住む伯父・寛(竹野内豊)の家に引き取られた、柳井嵩。彼はもちろん、アンパンマンを生み出した漫画家・やなせたかしをモデルにした人物だ。嵩は転校先で出会い、ともに成長していく朝田のぶ(今田美桜)と、どんな物語を紡いでいくのか。嵩を演じる北村匠海に、連続テレビ小説への意気込みや、のぶを演じる今田の印象、やなせたかしに対する思いなどを聞いた。
撮影現場が、こんなに楽しくていいの?

――高知でクランクインしてから半年近く経ちましたが、日々の撮影はいかがですか?
いやー、楽しいですね。初めての朝ドラで「本当に、こんなに楽しくていいのだろうか?」と思ってしまうくらいです。正直に言うと、現場に入るまでは長期作品でもありますし不安だったんですよ。先輩の俳優からいろいろ聞いていたので。僕の周りにも朝ドラに出演している方がいて、「まんぷく」に出演されていた長谷川博己さんからは、「あんぱん」の撮影が始まる前にいろいろと話を聞かせていただきました。
今回の「あんぱん」スタッフの皆さんとは初めてでしたし、やっぱり8歳から役者をやっていると、どの映画、どのドラマの現場に行っても「お久しぶりです」みたいな人がいたのですが、それが1人もいなかったんです。そういう現場は久々で「おおっ!」と思ったんですけれど、この「あんぱん」の現場は雰囲気がすごくあったかいなと思います。

――高知ロケでは子ども時代の嵩のシーンもご覧になったそうですが、それを自分の中に取り込んで、ということもありましたか?
ありました。僕は1日早く現場を見に行かせていただいて、幼少期の嵩を演じている優来くんのお芝居をずっと見させてもらいました。歩き方とか体の使い方、のぶちゃんを見る目線の高さはどんな感じなのかな? とか。
それって、いちばん純粋にやっていると思うんですよね。僕らの「経験しているから、やれてしまっていること」じゃない、今、目の前に起きているからこそ彼がやれる芝居が必ずあるから、そういうピュアなものを拾えたらいいなと思って、見ていたんです。
子ども時代と、同じ場所、同じ画角で、のぶちゃんを追いかけていくシーンがあって、それも真似したというか。僕が彼の真似をして、そういう“かけら”をいただいて、という感じです。
――高知にはクランクイン前にも今田さんと足を運ばれていて、だからこそ感じられたものはありますか?
町の方々が「あんぱん」という作品をとても楽しみにされていて、アンパンマンミュージアムを訪ねたときに、その近くで出会ったおばあちゃんが「今度『あんぱん』という朝ドラをやるんだよ」ということを、僕ら2人に話してくれたんですよ。
――その方は、北村さんだとは気づかずに?
そうです。「そうなんですか、僕たちも楽しみにしています」とお礼を申し上げたのですが、それだけ町の方々が待っていてくださる、それも満面の笑みで待っていてくださる感じがして、本当に温かかったです。
あの暑いクランクインの日に、高知の大自然に囲まれながら僕らが清々しい気持ちで芝居に臨めたのは、高知で温かく迎えてもらったから。そして今の、東京・渋谷で撮影している充実した日々も、高知での時間があったからこそだな、と思っています。
――それら現地で感じたことを、これから作品の中に込めていくわけですね。
高知でものすごくいい経験をさせていただいたので、それを作品としてお返しできたら、と思っています。これだけ長期間に渡って、ひとつの作品に携わるのは初めての経験ですが、一緒に作っていくスタッフさんやキャストの方々、すごく心強い仲間たちに囲まれているので、きっと大丈夫。気負うことなく、まずは自分も楽しみながら取り組めるよう、頑張っていきます。
撮影現場が、今田美桜演じるのぶにあったかく包まれている

――何度も共演されていますが、改めて、のぶ役の今田さんの印象は?
初めてお会いしたときから、印象はずっと変わらないです。持ち前の明るさというか、それが単に明るいだけではなく、生活に重きがあって、自分の人生を謳歌している感じが溢れていますね。
フラリと旅に出かけたりすることもあると話されていて、それは僕には考えられないことなので、話を聞いていると眩しさを感じますし……。仕事の大変さを人に感じさせない、現場に漂わせない人だなというのは、昔から思っています。
――お芝居については、現場で生まれる空気を大事にして演じている感じですか?
多分、撮影現場でいちばん笑っているのは、僕ら2人なんですよ。本当に他愛もない話をしながら……。
美桜ちゃんと2人で、やなせスタジオにも行かせてもらって、やなせさん夫妻の結婚生活の話などもお聞きしましたが、自分たちが今過ごしている撮影現場の明るい空気は、なるべくしてそうなっている感じがありますね。僕ら2人の間に漂う明るい空気、それは何よりも美桜ちゃんが演じるのぶのおかげですけれど、現場があったかく包まれている感じが本当にあるので、嵩としても北村としても本当に助かっています。
柳井嵩は内気で優しく、それでいて誰かの心の傷に寄り添える人

――「あんぱん」の台本を読まれて、最初にどう感じましたか?
台本を読む前、オファーをいただいたときから、やなせさんについていろんな史実的なことも目を通して自分の中で解釈し、咀嚼していたんです。そのうえで自分が演じる、やなせさんをモデルにした柳井嵩が、何を経て、何を思い、日々を過ごしてきたのか、と。
感じたのは、温かさももちろんあるのですが、同時に嵩の人生は同じくらい冷たさをまとっていて、だからこそ逆に「アンパンマン」のような、人々に温かさをしっかりと伝える作品を作っていったんだな、ということでした。
――冷たさをまとっている、とは?
人ってやっぱり、傷や痛みを知っているか知らないかで、誰かにかける言葉が変わってくると思うんですよね。伝え方や言葉に込める意味、どう受け取ってほしいのか、全てを含めて。それを本当に最大限知っている人だな、ということを、嵩から感じました。
やなせさんはあくまでもモデルで、ご本人のエピソード全てを細かく追っているわけではないですが、ドラマとして構成されている中で「やなせさんも、きっとこうだったろうな」というものが感じとれる台本だと思いました。そこには、やっぱりのぶという存在がいて、高知という場所があって、という。

――嵩を、具体的にどんな人物だと捉えていますか?
人の人生なので、大くくりにして一言で「こういう人間だ」とは、まだ言いづらい段階ではあるんですけれども、柳井嵩という人物が持っている、何と言えばいいのかな……、「曲がらなさ」だったり「不器用さ」だったり、愛情はとても大きいんだけれども、それをうまく言葉にできなかったり、伝えるタイミングを逃したり、ということは非常に多い人物だと思いました。
一方で、絵という、ある意味での逃げ場所、自分を投影できる場所もあって……。というような現段階の嵩で言うと、内気で優しくて、それでいて誰かの心の傷に寄り添える人だなとはすごく思いますね。
――嵩役への入り込みやすさ、みたいなものはありますか? 共感することなどを含めて。
そうですね。本当、考え方や生き方が自分に似ているというのは、ありがたいことですね。普段は自分と役との共通点とかをあまり考えないんですけれど、今回はやなせさんというモデルがいらっしゃるので、やなせたかしさんと自分、北村匠海はどうか、というところは、ずっと考えながらやっています。

――やなせさんについて事前に調べられたことや、こういうふうに演じたいと意識していることは?
いちばん大きかったのは生前のインタビューの映像を見せていただいたことです。ただ、それは、やなせさんが生きてきた“結果”を見ているわけであって、あの明るさやユーモアが何に基づいているのか、どういう経験をされてきたのか、ある意味、ゴールを見ながら役を作っていった感じでした。
それを答え合わせするために著作の文章を読むと――弟さんのこともしかり、高知新聞社時代のこともしかり、あとは何よりも戦争体験があって――、やなせさんが生きてきた証が記されているので、そういうものを読みつつ、常にやなせさんがインタビューで受け答えされている映像とにらめっこしながら、役と向き合っていました。
この先、さまざまな経験を経て、あの「アンパンマン」を作り上げたやなせさんにどう向かっていくのかという、グラデーションの相談はいつも監督さんとしています。だから今は、あれだけ明るくて、ひょうきんで、優しさも愛も表現するのがとても上手なやなせさんになる、かなり前の段階。それでも一貫して変わらないのは、優しさという部分だと思いますね。自分の言葉に込める優しさというか、そこは大事に、変わらずに持って演じていきたいなと思っています。