御三卿のひとつ、一橋徳川家の当主である一橋治済。将軍後継者が次々と早世する中、息子の家斉(長尾翼)を次期将軍として西の丸に送り込んだ。田沼意次(渡辺謙)は治済を「白天狗」と呼び警戒しているが……。行動の真意の見えない不気味な治済を、どのように捉え、演じているのか。生田斗真に聞いた。
憎しみや怒りではなく、悪気のない“軽さ”を出すことを意識している
——「べらぼう」での一橋治済の立ち位置について、生田さんご自身はどのように感じていますか?
僕が「鎌倉殿の13人」で演じた源仲章よりも、もっと嫌なやつかもしれませんね(笑)。物語の中でいろいろなことが起きて、そこに黒い影が見えるけど、振り返ると治済がいた、といった役回りでしょうか。全てが明確に説明されているわけではないので、ご覧になっている視聴者の皆様も、「こいつが糸を引いているのでは」と感じるレベルで、相変わらず正体不明だと思います。
だから、治済が浮かべる笑顔が不気味に見え、彼が登場するだけでゾワゾワしていただけたらいいな、と思います。撮影現場でも、渡辺謙さんから「お前は本当に悪い奴だな」と、冗談交じりに言われたりしますけれど(笑)、「すみません」と言いながら、楽しく演じさせていただいています。

——全てを思い通りに動かしている印象を受けますが、意識して演じていらっしゃますか?
治済は御三卿でお金持ちだし、子どものころからいろんなことが思い通りになってきた人だと思うんです。自分と対立している相手に対して、「こいつを亡き者にしたい」という憎しみや怒りを出すのではなく、悪気のない感じ——「ちょっと邪魔なので、そこをどいていただいて……」くらいの“軽さ”——を出すことを意識しています。
自分の息子が次の将軍になる立場になったのですが、それで満足したのかと思いきや、そうでもない感じもあって……。治済が本当にしたいことは何なのか、僕自身、不明なままです。
——生田さんとしては、治済が目指しているものは何だと考えていますか?
どうなんでしょう。目的があって行動している感じがしないんですよね。息子を将軍にしたところで、地位や権力が欲しかったわけでもなさそうだし、お金はもう持っているわけだし……。自分が気に入らないことは「気に入らない」とはっきり言うし、彼にとって、やることなすこと全てが戯れのひとつという感じなのかな、と思ったりしています。
治済の顔の1カット、たった一言で、緊迫感を出さなくてはならないのは結構大変です
——治済を演じるにあたって、演出からはどんな説明を受けましたか?
演出の皆さんからは、「この物語で起こる事件には、治済が何かしら関わっている、くらいの意識でいてください」と言われました(笑)。ですから、「べらぼう」という作品におけるダークな部分、悪の部分をしっかりと背負っていければいいなと思っています。これから先の展開がどう描かれていくのか、実は僕自身もわかってない部分が結構ありますが、きっと、そうなっていくんでしょう。

——それぞれの事件に対して具体的な説明はありましたか?
具体的に説明を受けたところと、そうでないところがあります。例えば、西の丸にいた家基(奥智哉)が鷹狩りに行って倒れ、急死することになった経緯には、治済が関わっていると言われました。
とはいえ、誰が家基の手袋に毒を仕込んだのか、西の丸にいる誰が一橋の息のかかった人間なのか、というところは僕の想像でしかありません。絶対に単独犯ではありませんし、大奥総取締の高岳(冨永愛)と治済がどんなふうに絡んでいるのか、絡んでいないのかも、教えてもらっていません。
——そんな状況の中で、治済を演じるのは大変なのでは?
出演者の皆さんが時間をかけ、魂を注いで積み上げてきた流れを、治済の一太刀が崩す、という描写がたくさん出てきます。治済の顔の1カット、たった一言で、その場面の緊迫感を出さなくてはならない、 “ストロング・スタイルの表現”を演出から求められるのは結構大変です。信頼していただいていると感じると同時に、重大任務を背負わされているハードルの高さを日々感じています。
治済が言葉を発さずとも「この人は……!?」と思わせるシーンも多いので、もしかしたら、脚本の森下(佳子)さんは、視聴者の皆様が“考察”されることを期待していらっしゃるのかもしれませんね。
——台本の解釈は生田さんに任されていて、感じるままに演じられている状態なのですね。
そうなんです。結構なムチャ振りですよね(笑)。
——名門一橋家の当主らしさを出すために、心がけていらっしゃることはありますか?
主殿頭(意次)と一緒のシーンでは、横柄になりすぎないように気をつけています。治済が持つ“品”の中に、“邪悪さ”が見えてくればいいなと思っているので。治済の言うことなすことが十分にセンセーショナルなので、所作はスマートにしたほうが、より不気味になるだろうと考えています。

——渡辺謙さんとどのようなやり取りをしていますか?
演出チームは、治済の“飛び道具感”を楽しみながら演出しているので、人によっては「派手にやってください」とか、「わかりやすく表現して大丈夫です」と言われることもあります。そうすると、謙さんが「斗真くんがニコッとするだけで、十分怖いから」と、僕がいき過ぎないように制御してくださるんです。
謙さんとは一緒のシーンがたくさんあるので、お芝居をしながらいろいろアドバイスをいただいたり、他愛もない話をさせてもらったりして、僕にとって何よりも楽しい時間になっています。
平賀源内が残した原稿で焼いた芋を食べるシーンが印象に残っています
——松前道廣役のえなりかずきさんは、生田さんが演じる治済を見て「同じ穴のムジナだと感じた」とおっしゃっていました。
その通りだと思います。だから治済と道廣は気が合うんだと感じます。宴席で、誰も笑っていないのに、このふたりだけが笑っている場面もありました。粗相をした部下の妻を火縄銃で撃つ道廣に、意次はドン引きしていましたけれど、治済はビクともしてなくて、むしろ笑顔を浮かべていましたよね。
あのシーンでサディスティックな道廣が見られましたが、えなりさんには優しいイメージしかないので、「こんなえなりさん、見たことがない!」と、現場のみんなもゾクゾクしていたのを覚えています。
——そのほかに生田さんの印象に残っているシーンはありますか?
そうだなぁ……。平賀源内(安田顕)の死に、治済が関わっていたところですかね。源内が残した原稿を燃やして薩摩芋を焼くシーンのとき、現場で安田顕さんとたまたますれ違ったんです。源内が亡くなるシーンを撮った直後だったみたいで、「お前のせいだ~!」って首を絞められて……(笑)。
そのあと、焼き芋を食べる撮影だったんですけど、死ぬ前の真っ白なメイクをした安田さんの顔を思い出しながら芋を頬張りました(笑)。

——傀儡人形を操ったり、ワインをくるくる回したり、ムックリ(アイヌ民族に伝わる楽器)を鳴らしたり、小道具でも治済のキャラクターが際立ちましたね。
ムックリは、鳴らし方が面白いし、ビヨンビヨンと変わった音がして、つかみどころのない治済を表現するのに、すごくいいアイテムをもらったと思いました。音を鳴らすのが難しくて、ちゃんと鳴るようになるまでかなり練習をして撮影に挑みました。撮影後に先々の台本が届いたら、またムックリが出てきて……。これは誰かが気に入ったな、と思いました(笑)。
——改めて「べらぼう」の面白さは何だと思いますか?
たくさんの登場人物が関わりながら描かれ、壮大な人間ドラマになっているところが、素晴らしいと思います。そこに可笑しみや、真似をしたくなる言葉遊びがたくさん出てきて、かわいらしさと人間の深い部分が表現されていて、とても心地よく感じます。
これからの展開で何か悪いことが起きたときには、僕の影を思い出していただければ
——蔦重(横浜流星)を含む江戸市中でのドラマについては、どんな感想をお持ちですか?
横浜さんが本当に素晴らしいですね。蔦重が「行かないでくれ」と瀬川(小芝風花)を引き留めるシーンがすごくよかったです。上質なラブ・シーンだったと思うし、深い友情で結ばれているようにも見えて……。とても印象に残っています。

——今後、治済と蔦重は出会わないまま話が進むのでしょうか?
身分がかなり違いますからね。ただ、史実ではこの先幕府が出版統制を行うことになるので、そのあたりで関わってくる可能性があるかもしれません。
いずれにせよ、田沼意次とはこれから直接対決になるだろうと思っているので、謙さんとのシーンがどんなものになるか、今はそれがいちばんの楽しみです。視聴者の皆さんには、これからの展開で何か悪いことが起きたときには、僕の影を思い出していただければ、と思っています(笑)。