8月28日(水)から開幕する「パリパラリンピック2024」。

「NHKパリパラリンピック2024アスリートナビゲーター」を務めるのは、パラリンピックに5大会出場し、金メダル4個、銅メダル2個を獲得した車いすテニスプレーヤーの国枝慎吾。

2023年に競技を引退した後は、海外でコーチングを学ぶなど新たな挑戦を続ける彼に、パラリンピックの魅力やパリ大会の注目ポイントを聞いた。


パラリンピックは人生の転機となる大きな舞台

――NHKパリパラリンピック2024のアスリートナビゲーターを務めることになった、率直なお気持ちを教えてください。

引退したときは、自分自身がこのような立場でパリパラリンピックに関われるということを想像もしていなかったので、すごくうれしいです。

今はパラリンピック全体のレベルはもちろん、どのスポーツも競技性が上がってきているので、見ていただければ伝わるものがたくさんあると思います。今回のパリ大会も、一人でも多くの方に見る機会をお届けできたらいいですね。

――現役時代、国枝さんにとってパラリンピックはどのような存在でしたか。

2004年のアテネ大会から5大会出場しましたが、5回とも人生の転機になりました。4年に1度という区切りの中で、パラリンピックを中心にキャリアのタイムマネジメントを考えていたと思います。

最初に出場したアテネ大会の時は20歳で、就職活動の時期でもあったので、この大会で金メダルを()れなかったら車いすテニスを辞めていたと思います。ダブルスで金メダルを獲得できたことで、仕事をしながらテニスを続ける道が開けました。

2008年の北京大会は、アマチュアからプロ転向を見据えた中で臨んだ大会で、悲願だったシングルスで優勝でき、プロ転向を決意しました。2012年のロンドン大会では連覇を果たすことができましたが、次に臨んだ2016年のリオ大会ではケガに苦しみ、メダルを逃す結果となってしまいました。

このときは競技人生でいちばん大きな挫折でしたね。ただ、次回は地元開催となる東京大会が決まっていたので、復活してもう一度金メダルを獲るという目標に変わりました。そして、東京大会で再び金メダルを獲得できたときは、夢がかなった瞬間でしたし、本当に燃え尽きたという感覚になりました。

もし東京大会がコロナで開催されていなかったら、今もたぶん現役を続けていたと思います。パラリンピックはそれほど重要な大会ですし、どの選手にとってもものすごく大きな舞台なんですよね。

――パラリンピックの金メダルは、テニスの4大大会の優勝と達成感が違いましたか。

別物でしたね。特に、最後に出場した東京大会は地元開催ということもあり特別なものがありましたし、やはり4年に1度という重みも違います。パラリンピックの試合中にも、1ポイント1ポイントの重さというのを体感しました。

さらに、心の整え方も4年に1度用にやっていたと言いますか。「パラリンピックでいつも通りにプレーしよう」と思うと絶対に慌ててしまうので、逆に「どうせいつも通りにはできないんだから」と考えるようにしていました。パラリンピック用に自分の中での心構えを持っておくことは、とても大事だったと思います。


車いすテニスの小田選手、上地選手の活躍に期待したい!

――パラリンピックに出場する前は、パラリンピックをどのようにご覧になっていましたか。

僕がパラリンピックに出ていなかった時代は、テレビでの放送自体がなかったですからね。今とは全然違いますし、車いすテニスを始めたときも、車いすテニスがどんなものなのかイメージすらできませんでした。

ようやくテレビでも放送されるようになって、車いすテニスを認知してくれる方も少しずつ増えていきました。だから、こうやって継続してパラリンピックがテレビで放送されることは、とても大切だと思います。さまざまな競技を知る機会にもなりますし、パラスポーツの魅力を知ることもできますからね。

――パリ大会で注目している競技はありますか

車いすバスケットボールに注目しています。僕も引退後、車いすバスケをする機会が増えてその面白さを実感しましたし、パリ大会で世界レベルのプレーを見ることが今から楽しみです。日本は残念ながら、男子は出場権を逃してしまいましたが、女子の代表に頑張ってほしいですね。

もちろん車いすテニスも注目していますし、僕は球技が好きなので車いすラグビーも楽しみな競技の一つです。また、先日パラ陸上を見に行く機会があり、選手たちが自分の障害と競技で使う器具をどのように使いこなしているのかという部分はとても興味深かったですね。

さらに、盲目のランナーがサポートする方とペアで走って、足の動きや走るリズムをシンクロさせる姿はすごく美しいなと思いました。完全に合わせるために何日も一緒に練習を積み上げてきたはずですから、パラリンピック本番でも力を発揮してほしいです。

――車いすテニスの日本代表チームに、どのような活躍を期待していますか。

男子は小田(とき)()選手がシングルスの金メダル最有力候補です。小田選手にとっては初めてのパラリンピックになりますが、特別な舞台でどういったプレーをしてくれるのか非常に楽しみ。

その彼のライバルとなるのは、イギリスのアルフィー・ヒューイット選手です。この2人がどのように勝ち上がって、最後激突するのかが大きな見どころだと思います。

女子のシングルスは、前回の東京大会で銀メダルを獲得した上地結衣選手に期待したいです。パラリンピックの出場は今回で4大会目になり、パリ大会にかける思いは人一倍強いと思います。

去年から一緒にコートで練習をする機会があって、アドバイスもしたので個人的にも思い入れが強いです。本人の中では金メダルを獲るラストチャンスと思っているかもしれないので、ぜひ悲願を達成してほしいですね。

――パリ大会に臨む選手たちには、今どんな言葉をかけてあげたいですか。

月並みになってしまいますが、とにかく悔いなくやってほしいです。1ポイント1ポイント、1球1球に、すべてを出し切ることが大切だと思います。ベストを尽くせば勝っても負けても後悔はないと思うので、その瞬間に自分がやれることを貫いてもらいたいです。

ただ、コントロールできないことを無理してコントロールしようとしてもうまくいかないですから、準備やメンタルを含めて、自分自身でコントロールできることに集中して試合に臨んでほしいなと思っています。


選手たちはパラアスリートのすごさを見せつけてほしい

――現在はアメリカでジュニア選手のコーチングをされている国枝さんですが、いつかコーチとしてパラリンピックに参加されている姿を見てみたいです。

ありがとうございます。オファーがあれば可能性もありますかね(笑)。今はアメリカでコーチングをさせていただいて、とてもやりがいを感じています。僕自身、現役時代は練習メニューなどを自分で考えてやっていたので、それと照らし合わせながら、この選手にはどういった練習方法がいいかといったことを考えています。

現役のころは、お風呂やトイレに入っているときも常にテニスのことで頭がいっぱいだったんですが、今も同じようにコーチングについて四六時中考えていますね。

でも、コーチングの難しさも同時に感じていて。選手を指導することは人生で初めての経験ですし、自分の練習方法が他の選手に当てはまるのかというと、そうではないと思います。やはり、選手それぞれの身体的なことや、能力の違いもあるので、全部自分の考えを押しつけるのは難しいです。

そのあたりの兼ね合いも含めて、日々試行錯誤しながらコーチングを勉強中です。もちろん英語もマスターしなければならないので、ハードルは高いですが、今チャレンジできていることがとても楽しいですね。

――パリの印象や思い出などがあれば教えてください。

パリは全仏オープンが行われるローラン・ギャロスがあるので、何度も試合した思い出深い場所です。その中でも、パリの観客はものすごく熱いですよ。他の国と比較しても声援がすごいですし、いいプレーをすれば大きな歓声で称えてくれるので、戦っている選手も気持ちが乗ってくるといいますか。その意味でも、僕はテニスの四大大会の中で全仏がいちばん好きでした。

また、全仏オープンの期間はパリの街がテニス一色になっていたので、今回オリンピック・パラリンピックが開催されることで、どのような街に変貌しているのかも、とても楽しみです。

――初めてパラリンピックをテレビで見る方も多くいると思います。どんなふうに楽しんでもらいたいですか。

ぜひパラアスリートのファンになってほしいですね。やはり、選手のファンを増やすことがパラリンピックの継続的な盛り上がりにつながると思います。

今、僕は車いすバスケットボール協会の理事を務めていますが、日本選手権でたくさんの観客が会場に来てくれていることに驚きました。それは、前回の東京大会で男子代表が銀メダルを獲得したからこそだと思いますし、たくさんのファンが選手に付いてくれた結果だと思います。

今回のパリ大会をきっかけに、どの競技においても、一人でも多く方が選手のファンになってくれたらうれしいです。

――パリパラリンピックを見てアスリートを目指す子どもたちもいると思います。パリ大会がどのような大会になってほしいと考えていますか。

パラリンピックはスポーツの最高峰の舞台だからこそ、それぞれの競技の魅力をたくさん知ることができます。それが自ずと子どもたちの夢にもつながると思いますし、夢を持つことで練習のクオリティーも上がり、また次の世代のパラリンピック選手が生まれる可能性も広がっていきます。

その意味でも、パリ大会に出場する選手は自分の力を思う存分発揮して、パラアスリートのすごさを見せつけてほしいです。そして、僕自身もこれまでの経験を交えながら、パリの現地の熱さやパラリンピックの魅力をお伝えできたらと思っています。

【プロフィール】
くにえだ・しんご
1984年生まれ、千葉県出身。9歳で脊髄腫瘍のため車いす生活となり、11歳で車いすテニスと出会う。パラリンピックには5大会(2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ、2021年東京)に出場し、金メダル4個、銅メダル2個を獲得。テニスの4大大会では車いす男子で初めて「生涯グランドスラム」(4大大会を制覇)を達成するなど数々の偉業を成し遂げた。

パリパラリンピック2024

8月28日(水)~9月8日(日)
総合/Eテレ/ラジオ第1

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