NHK財団主催の「第2回インフォメーション・ヘルスAWARD」の表彰式・シンポジウムが、2024年12月13日東京の会場で行われました。
※当日の様子はNHKニュースでも紹介されました※ステラnetを離れます
※第1回表彰式の様子はこちら
「インフォメーション・ヘルス」とは、情報の過剰摂取や偽情報の影響を避け、情報を「バランスよく」摂取して「情報的健康」の実現を目指すものです。
自分の好きな情報ばかりをとり続けることは、好きなものを食べ続ける“偏食”に似ています。偏食が身体のバランスを崩し、健康を損なう原因となる様に、情報の摂取もバランスを欠くと、信じたいものだけを信じるようになり、結果としてフェイクニュースや誹謗中傷の拡散に加担してしまうおそれがあります。
一人ひとりが望む情報空間の実現を目指して始まった「インフォメーション・ヘルスAWARD」。
第2回目となる今回は、【社会実装部門】(技術的な裏付けがあり、実現性の高いもの)と、【アイデア部門】(「あったらいいな」という新しさと豊かな発想を求めるもの)の2部門で募集。10代から40代の幅広い世代から、104件のアイデアが寄せられました。情報空間に関わる分野から選考委員が集まり、社会実装部門からはグランプリ1件、優秀賞2件。アイデア部門からはグランプリ1件、準グランプリ3件、特別賞8件が選ばれました。
(※このイベントの詳細や選考委員の情報、入賞作品の内容については、NHK財団の公式サイトでご覧いただけます。また、表彰式の動画もこのあと公開される予定です)。※ステラnetを離れます
「インフォメーション・ヘルス」はなぜ重要なのか
表彰式に先立ち、選考委員の山本龍彦・慶應義塾大学教授から開会のあいさつがありました。
その中で、山本教授は、偽情報の問題が現実の生活にも影響を与えており、フェイクニュースに対する法規制が必要だという声も高まっている現状について話しました。
憲法学者である山本教授は「法規制は表現の自由を過剰に制約してしまう恐れもある」といいます。そのため、リテラシーを高め、知的な抵抗力を備えることが重要で、これによってマーケットや情報空間を「内発的に変えていく」構造を作ることが求められる、と述べました。
(山本龍彦 慶応義塾大学大学院教授のインタビュー記事はこちら)
グランプリ、準グランプリ、優秀賞 受賞作品
今回受賞した、グランプリ、準グランプリのみなさんです。NHK財団の公式サイトも参照してください。※ステラnetを離れます
【社会実装部門】
このアイデアでは、若年層向けの情報リテラシー⽀援ツールをブラウザ拡張機能で提供します。記事解析にAIを活⽤し、事実と意⾒の区別、要約、⼀次情報の識別、メディア背景情報の提⽰、他視点の検索をサポート。学校端末への標準搭載を⽬指します。
ニュース記事やSNS投稿をLLM(大規模言語モデル)で分析し、それらを図表などのビジュアルで表示できるツールです。
スマホにミニスイッチのついたデバイスを接続し、スイッチのオンオフを手作業で行い、特定のアプリを使えなくするもの。
【アイデア部門】
(追手門学院大学 心理学部心理学科 人工知能・認知科学専攻 杉本幸大さん)
SNS上でユーザーが自然に自分とは異なる多様な意見に触れるための「きっかけ」を提供します。人は「何を言われるか」よりも「誰が言っているか」に影響されやすいという心理の特性に注目し、利用者が好意的に思う人物の異なる意見を表示します。
個人のトラブルをコミュニティ全体で共有して「他山の石」にするという試み。トラブルが多様化している情報空間の中で、自分が初めて見る情報に対しても冷静な判断を下すためのものです。
(三田学園中学校高等学校・教諭 勝本浩平さん)
このアイデアでは、安全に詐欺を体験し、対策を学びます。金銭の支払いや個人情報の流出がない環境で実際の詐欺師とのやり取りを行い、詐欺への耐性を向上させるとともに、詐欺師のコストを増やし被害を減少させることを目指します。
新聞社と提携するアプリです。アプリ内の記事を読み、それに関するクイズに正解するとキャラクターの育成やコレクションを進めることができます。サブ要素として、偏向報道について認識できる、クイズに答えるコンテンツも用意します。
異なる視点、広い視野のために (シンポジウム1)
シンポジウムの第1部はアイディア部門の受賞者と選考委員たちによって行われました。
情報空間ではさまざまな問題が起こり、年々その深刻さも増しています。今まで以上にバランスのよい情報の摂取が求められる中、よりよい情報空間を実現するためには何が必要か、受賞したアイデアを巡って議論しました。
選考に初めて参加した電通の千葉貴志さんは、シンポジウム1の全体を通して、次のように話しました。
今回、僕らはアイデア部門を選考しました。
この部門では、課題解決も重要ですがそれよりも、「これがあったら未来に暮らす人々は楽しいかな」「嫌なことが減るかな」といった、明るい未来を考えるクリエイティブな発想を持っているものが魅力的だと感じました。
実際、今回のグランプリ、準グランプリ、特別賞も含めて、しっかりと未来を考えたアイデアが多く、これが全部実装された未来はきっとハッピーだろうなと思いながら、楽しく選考させていただきました。
人類総メディア時代のインフォメーション・ヘルス
続いて、選考委員の山口真一・国際大学GLOCOM准教授の基調講演が行われました。
インターネットの発達により、人類は史上初めて「非対面・対多数」というコミュニケーションツールを手にしました。それに伴う経済効果も大きく、日本だけで1兆5千億円にのぼると言われています。
情報発信の自由化は評価すべき点も多い一方で、誹謗中傷、情報の偏り、フェイクニュースなどの副作用が大きな社会問題になっています。私たち自身が情報氾濫の危険性に気づき、健全な情報の流通のために行動を変えてゆく……特にSNSなどのパワーを持ったツールは、その良い面を伸ばし、悪い面を抑制する視点が大事であり、そのための気づきを与える「情報的健康」の大切さを強調しました。
私は不健康かも?! 第1回のグランプリ「心組成計」
前回提案されたアイデアはどのように進化しているのでしょうか?
ここで1回目のAWARDでグランプリを受賞した「心組成計」について、社会実装の取り組みが報告されました。提案者は大阪大学の温若寒さん。(温さんのインタビュー記事はこちら)今回は温さんの指導教授、大阪大学の三浦麻子教授が登壇しました。
「心組成計」の発想のもとは、体脂肪率や筋肉量、骨量などを計測する「体組成計」。体の構成要素を測り、そのデータから自分の体の状態を把握し、健康維持や体力向上につなげるものです。それに対して、「心組成計」は、いくつかの設問に回答することで、ネット環境での自身の「心のあり様」を捉え、気持ちの偏りを知ることができるというものです。
10月にトライアルがスタートし、ここまでの結果からその有効性を確認しつつある、という報告でした。
「心組成計」の詳細については、こちらをごらんください。登録などの面倒な手続きなしで、トライアル版を体験できます。※ステラnetを離れます。
社会実装への道を切り開け!(シンポジウム2)
シンポジウムの第2部は、社会実装部門グランプリ受賞者と選考委員との間で議論が行われました。
グランプリの「ブラウザ上で動作する 情報リテラシー支援ツール」は、ネットで閲覧した記事をリアルタイムに解析し、正確な情報判断をサポートするものです。例えば、その記事のどこまでが事実でどこまでが意見なのか、確実に言えることは何か、また、掲載しているサイトの特性や背景を教えてくれます。
この支援ツール制作に必要な技術的背景は十分に整っており、すぐにでも実現は可能です。しかし、提案は「学校端末への搭載」。そのためには、自治体や企業との連携、パソコンの動作上の問題など、選考委員から具体的な課題が次々と指摘されました。こうした課題に対する解決の糸口は見えてきていて、実現に向けてこれからの取り組みが楽しみです。
シンポジウム後半には、社会実装部門で優秀賞を受賞した二人も壇上に招かれ、議論に加わりました。
福馬智生さんの「情報羅針盤」についても、グランプリに劣らず理論的背景がしっかりしており、選考委員からは「これはインフォメーション・ヘルスだけでなく、企業のマーケティングなど、他のさまざまな分野に転用可能なアイデアだ」と賞賛の声があがりました。
新井恒陽さんの「やる気スイッチデバイス」は、スマホアプリのコントロールをアナログな手作業で行うという意表をついたアイデアに注目が集まりました。手作業が入ることで使用者の「情報摂取選択への理性的な意志」が反映されるわけで、ここに「インフォメーション・ヘルス」の思想の根幹があるのかもしれません。
社会的理想を目指して 一人ひとりが望む「情報的健康」のために
最後に閉会の言葉として、選考委員の鳥海不二夫・東京大学教授は次のように述べました。
鳥海教授はまず、「情報的健康」を考える際のキーワードとして、自動的・直観的で処理が早い「システム1」(本能的認知)と、意識的・論理的で処理速度が遅い「システム2」(理性的認知)を挙げました。そしてSNSの情報はシステム1に強く働きかけるため、ネット空間では圧倒的に優位に立つ、と話しました。
現在のアテンションエコノミーの情報空間においては、どうしてもシステム1を刺激するようなものが多く氾濫しています。本来であれば、私たちはシステム2をきちんと働かせて情報空間を生き抜いていかなければならないのですが、それがなかなか難しいという実態を指摘しました。
また、今回受賞したアイデアについても、使い方によってはもしかしたら危険なものにもなり得る、というお話もありました。同じ技術であっても、個人や企業の利益のためだけではなく、社会のためになるように使われることを願っていると述べてシンポジウムを締めくくりました。
次回の「インフォメーション・ヘルスAWARD」は2025年夏に開催予定です。募集の方法などの詳細は NHK財団のホームページで今後公開していきますのでチェックしてみてください。
ステラnetでは、今回の選考委員や受賞者の方々のインタビューなどをこれからも掲載していく予定です。こちらもご期待ください。
(取材・文:インフォメーション・ヘルスアワード事務局)