「全国高校生童話大賞」
宮沢賢治が生まれたまち、岩手県花巻市の取り組みのひとつとして、人生の中でも最も多感で豊かな創造力をもつ高校生を対象に、“童話”という自由な表現の場を提供することを目的に実施。
「全国高校生童話大賞」実行委員会:富士大学、花巻市、花巻市教育委員会
表彰式の様子はこちらから→https://steranet.jp/articles/-/1283

八月十五日。

「こんにちは」

にこやかに挨拶するご近所さん。

「こんにちは」

私はいかにも面倒臭そうに返事をした。お姉ちゃんならこんな時でもわいらしくあい良く百点満点の対応ができるのだろう。しかしこの時の私にそんな余裕は無かった。あんなに大変な事が起きたというのに皆どうして普通に過ごしていられるのだろう。なぜ普通に挨拶なんてできるのだろう。やっぱりあの事を引きずっているのはもう私だけなのだろうか。

そんな事を考えているといつの間にか家に着いていた。

「ただいまー」

重い玄関のドアをゆっくり開ける。

「おかえりー」

懐かしい声がした。気のせいだと思った。

それでもわずかな希望を胸におそるおそるリビングの扉を開く。

一カ月前、私のお姉ちゃんが亡くなった。なんの前触れもなく突然に、交通事故で。まだ十四歳なのに。

そのお姉ちゃんが今私の目の前でさも当然のようにポテトチップスを食べている。一体今何が起こっているのか。亡くなったはずの人が蘇るなんて。頭の中が混乱して何も整理できない。

「お姉ちゃん?」

お姉ちゃんはにこりと不思議な笑みを浮かべた。困ったときに笑顔になる、お姉ちゃんの癖。私の目の前にいるこの人は間違いなくお姉ちゃんなのだと確信させられた。ぼう​然と立ちつくす私をお姉ちゃんは何も言わず自分の部屋へ連れて行った。死んだはずのお姉ちゃんが今私の手を握って歩いている。信じられない。でも階段の途中で気づいてしまった。お姉ちゃんは私の質問に決してうん、そうだよとは答えなかった。お姉ちゃんではないということだろうか。もしかしてゆうれい?そういえば今ってお盆…!嫌な予感が頭を駆け巡りだんだん私の手を握って歩いているお姉ちゃんが恐ろしくてたまらなくなってきた。

私が急に立ち止まったせいだろう。お姉ちゃんが私の方を振り返る。今からでも逃げなきゃ!と思った次の瞬間、

「言っておくけど幽霊とかじゃないから」

私の考えをかしたような発言に驚きを隠せない。しかし一安心したのもつか

「まぁでもそれに近い存在なのかもね」

「私、あなたのお姉ちゃんのニセモノなの」

もう何もかも訳が分からない。これ以上何かあったらきっと心臓がもたないだろう。

話を詳しく聞いてみると、どうやらニセモノは性格、ぐさなど隅々までお姉ちゃんと全く同じのいわゆるコピーのような存在らしい。

そんな話もちろん信じるはずがない。よく出来た夢、ドッキリ、幻覚、色々な可能性を考えた。けど、この際正体なんて何だっていい。どんな形でもいいからお姉ちゃんとまた一緒に居たい。一緒に学校に行って家に帰ってご飯を食べたりゲームで遊んだり、まだやり足りないことがたくさんあるのだ。心の奥底でモヤモヤしていた思い出の数々が一斉にあふれ出して気がついたらニセモノを受け入れている自分がいた。お姉ちゃんなら本物でもニセモノでもいいなんて我ながら最低だと思う。でも亡くなったはずの大切な人が目の前に現れたら誰だってこうなるだろう。

しかしそれにしてもニセモノは本当にお姉ちゃんにそっくりだ。きっとニセモノと本物を並べられてどちらが本物か見抜けと言われても私には不可能だろう。ニセモノは私がぎょうしているのに気がついて

「何か他に聞きたいことはある?」

と何だかちょっと楽しそうにたずねた。聞きたい事はもちろん山ほどある。どこから来たとか人間なのかとか。でもこれだけは聞かないといけない気がしていた。私のためにも、お母さんやお父さんのためにも。

「何のためにお姉ちゃんのフリをしているの。何か目的があるならはっきり言って」

語気が荒くなったのはきっとお姉ちゃんのマネをする存在をやはりどこかで許せていないからだろう。

「そんなに怒らないでよ。強いて言うなら私の運命の選択をしてほしいってだけ!」

「選択?」

「そう!私を消すか消さないかってこと!」

なんだそれ。責任重大じゃないか。私は明日からの一週間以内にニセモノを消すか消さないか決めなければならないそうだ。この時の私はまだ事の重大さに気づいていなかった。こうしてニセモノお姉ちゃんと私の奇妙な一週間は幕を開けたのだった。

その日はまだ事情が飲み込めなくてまともにニセモノの顔も見れずに一日が終わった。ベッドに入ってこのげきてきな一日を振り返った。未だに全て夢なのではないかとうたがってしまう。しかしもしこれが現実だと言うのならば私はニセモノの運命を選択しなければならない。その晩、私はたくさんたくさん考えた。ニセモノという存在はやっぱり生理的に受け付けない。でもお姉ちゃんとこれからも一緒にいたい。そして決断した。一週間ニセモノお姉ちゃんとの生活をとことん楽しもう!そして最終日にニセモノを消そう!

八月十六日。まず朝起きて

「おはよー」
と言いながらリビングに下りるとさっそくニセモノと対面した。まだ慣れなくて一瞬こうちょくしたが昨日の夜のことを思い出してなるべく普通に接した。

「お姉ちゃんもおはよう」

そういえばお母さんたちはニセモノに気づいていない。そもそも娘の死を忘れている。姉のえいなどもてっ​去きょされている。ニセモノがやったのだろうか。不安が強くなった。

午後からは私とニセモノでお出かけをした。今日はもともと本物の姉と映画を観に行く約束をしていた。私は映画で感動して泣いたことがまだ一度も無い。

「今日は特にポップコーンを買ったから食べることで頭がいっぱいで内容が何も入ってこなかった!」

と不満そうに言うとニセモノは声をあげて笑った。笑っているが目はウルウルしている。ただの映画でいくらなんでも泣きすぎだ。姉はよく笑うしよく泣く。そういうところにも私は憧れている。

「お姉ちゃんってほんと涙もろいよね」

「あのシーンで泣かない人なんてなかなかいないよ」

二人しておかしくなって笑い合う。私は姉との暖かい時間が返ってきたような気がしてもう二度と離すまいとその幸せをめていた。

家に帰ったら私たちは休むひまもなく一緒にテレビゲームをした。二人ともゲームは大好きだけど実はお姉ちゃんはゲームがとてつもなくだ。一方、私はというとゲームの腕にはまぁまぁ自信がある。そんな二人が一緒にゲームをやるととうぜんしょう​突とつする。

「ちょっとお姉ちゃんそこどいてよ!」

「あ!間違えて味方にこう​撃げきしちゃった!ごめん!」

「なんでそんなに下手なのよ!」

「ひどい!もう!」

今日も相変わらず口喧嘩はぼっぱつした。けど、なんだか今日はちょっと楽しい。いつも通り自然に仲直りして一日が終わった。

夜に私はまたネガティブになって余計な事を考えていた。今日一日とっても楽しかった。楽しかったけど…。お姉ちゃんをニセモノで穴埋めしているんだと思うと自分がみじめに思えてくる。そんなモヤモヤを抱えながらいつの間にか私は眠りについていた。

八月十七日。この日もニセモノと一日中一緒にいた。ニセモノは相変わらずボロを出さずにお姉ちゃんを続けている。ふとした時にニセモノが偽物だということを忘れてしまう。

八月十八日。ニセモノと一緒に自由研究をした。フルーツポンチが盛られたお皿の真ん中にサイダーのボトルを立ててその中にメントスを流し込む。まるでふんすいのようにサイダーが噴き上がる。

「すごい!すごい!」
と喜ぶニセモノはお姉ちゃんそのものだった。この瞬間から私の中で何かが大きく変わった。

八月十九日。お姉ちゃんと一緒に冷やし中華をつくった。これも夏休みの宿題のいっかんだ。お姉ちゃんが慣れた手つきできゅうりをばやく切っていく。一方私はトマトのヘタにあくせんとう中だ。お姉ちゃんは他のことはさっぱりダメなのに料理だけは大得意なのだ。完成した冷やし中華は誰がどの部分を作ったのかが分かりやすく表れていた。

八月二十日。今日はもともと友達と遊ぶ約束をしていた日だった。お姉ちゃんと一緒にいたい気持ちは山々だが久しぶりに友達にも会いたいので今日くらいは仕方がない。待ち合わせ場所に着くと彼女はもうとっくに着いていた。

「さきちゃん!」

さきちゃんは可愛くて優しくて頭も良くて私の大好きな友達だ。今日は学校のプールの開放日なので私たちは学校に行くことにした。学校に着くまであいもない話をたくさんした。

「宿題終わった?」

「全然終わりそうにないよ。日記とか特に後回しになるよね」

「旅行とか行かないと書くことないしね」

気がついたらもう学校はすぐ目の前にあった。夏休みの小学校はなんだかいつもと違う特別な感じがする。ワクワクする。久しぶりに来たからだろうか。学校のプールに行くと思ったよりも人がたくさんいた。

「五年生はここのレーンを使ってくださーい」

そう呼びかける先生のいるレーンに行って私とさきちゃんは泳いで遊んで喋り倒した。水しぶきやせみの声、みんなの笑い声もあいまって今年一番「夏」を感じた。

帰り道、私はさきちゃんにいた。

「さきちゃんはもし今はもういない大切な人のニセモノが現れて、その人のことを消すか消さないか選べって言われたらどうする?」

「なにそれ」

さきちゃんはキョトンとしている。当然だ。私も最初は理解が追いつかなかったのだから。

「うーん。よく分かんないけど私だったら消しちゃうかもな。なんか怖いし、ニセモノを残しておくのって本物にも申し訳なくない?」

「…。そうだね」

言葉に詰まった。さきちゃんが言ってることは正しいと思った。

私はさきちゃんと別れたあとも考えた。一般的に見てもさきちゃんと同じような考えの人は多いだろう。

「でもそれって実際体験してないからじゃない?いざ目の前にニセモノが現れて一週間一緒に過ごしても消すなんて言えるの?」

心の中の私がそう問いかける。さきちゃんは私の気持ちを何も分かってない。たりだとは分かっているがさきちゃんに対して少し怒りが湧いてきた。きっとこの時の私が求めていた答えは

「消さなくてもいいんじゃない?」

だったのだろう。誰かにニセモノにすがりついている自分をこうていして欲しかっただけなんだ。私は完全にニセモノを偽物だと思えなくなっていた。

その夜、夢を見た。お姉ちゃんのおそうしきの夢。お坊さんがちょうど皆にお話をしているところだった。

「人は残念ながら失ってからその大切さに気づきます。その人が生きているときにもっとこうしておけば良かった、あれを言ってあげれば良かった、そうやって後悔していく生き物なのです」

まるで私に言われているかのようだった。お葬式が終わっても皆ずっと泣いていた。そんな中、お姉ちゃんの遺影だけは笑っている。その遺影の隣には何やらむずかしい漢字の書かれた板がある。それをじっと見つめていた私に横からお坊さんが言う。

「これはお姉ちゃんの天国でのお名前だよ」

天国での名前。そっか。お姉ちゃんはもうこのの人じゃないんだ。お姉ちゃんはもうりがついて天国で新しい生活を送っているのか。なのに私は…。

八月二十一日。私は昨日の夢を引きずっていた。

明日には消すか消さないか答えを出さないといけないのにどうしよう。めいきゅうに放り込まれたような気分だ。悩みながら朝ごはんを食べていると

「おはよー」

お姉ちゃんが起きてきた。

「どうしたの?何かあった?」

と、お姉ちゃんが聞いてくる。さすがに本人にあなたを消すか消さないか迷ってるなんて言えない。

「別に色々考えてただけ」

と私がそっけなく答えるとふーんと言ってどこかへ行ってしまった。

そこからのお姉ちゃんは何かがおかしかった。まず、私たちでケーキを食べたとき。私が一つしかないショートケーキを食べようとしても何も言わなかった。いつものお姉ちゃんならショートケーキだけは絶対にゆずらないのに。むしろ今日のお姉ちゃんは自分のケーキを一口分けてくれた。おかしい。お姉ちゃんはいつも優しいが好きなものはだんとして譲らない人なのに。他にもゲーム中に怒りだしたり、私をいつもと違う呼び方で呼んだり、今日のお姉ちゃんはどこか様子がおかしかった。そして私は改めて思った。そうだ、この人はお姉ちゃんではなくニセモノなんだと。きっと長く一緒に過ごしすぎたからニセモノのミスが目立ち始めたのだろう。

きわめつけには、今日が私の誕生日だと勘違いして私の好きなお菓子を渡してきた。ちなみにそのお菓子も私は全く好きではないし食べたこともない。

「嬉しいけど今日誕生日じゃないよ」

「え?そうだっけ」

ニセモノは少々あせっているように見えた。

かんを覚えたまま私は最終日の夜をむかえた。お風呂に入りながら私は今までのことを思い返していた。ニセモノが来た日のこと、ニセモノとの楽しかった日々、さきちゃんに言われたこと、お葬式の夢のこと、様子がおかしかったニセモノのこと、そして、本物のお姉ちゃんとの懐かしい思い出、全部ひっくるめて私はついに決断を下した。

その晩、私はニセモノと一緒に並んで寝た。ニセモノの体温が暖かかった。それも全部偽物なのに。

八月二十二日。今日家にいるのは私とニセモノだけ。

「お姉ちゃんもお茶いる?」

「うん。ありがとう」

今言わなければならないと思った。

「やっぱり本物のお姉ちゃんを選ぶことにしたの。ごめん」

私はニセモノがどんな表情をしているのか見ようともしなかった。傷つけてしまうことが怖かった。

「そっか。そうだよね。どうしてそう思ったの?」

ニセモノの返事は意外とあっさりしていてなんだか面接みたいだなと思った。

「言動とか仕草とか性格とか全部似てるけどやっぱり少し違う。本物のお姉ちゃんと似ていてももの止まりだなって思ったの」

「あなたのお姉ちゃんは特にまねできない性格だったからね。大変だったよ」

そんなことを思っていたのか。ニセモノのほんを聞いたのは初めてな気がする。

「それだけじゃない」

私にはまだ言いたいことがある。お葬式の夢でのこと…。

「お姉ちゃんはきっともう天国で幸せに暮らしてるから私も前を向かないとなって思ったの」

ニセモノは目を丸くした。そして聞こえないくらいの声で確かにこう言った。

「お姉ちゃんに似てるね」

と。まるでお姉ちゃんを知っているかのような口振りだ。でもたしかに、こんなにお姉ちゃんに似せることが出来るなら会ったことがあってもおかしくない。

「あなたのお姉ちゃんも偽物に会ったことがあるんだよ。あなたの偽物に」

どういうことだ。私の偽物もいるのか。予想のさらに上をいくニセモノの返答に困惑した。

「あなたのお姉ちゃんがまだ小さい頃にね…」

お姉ちゃんは小さい頃両親にちやほやされている生まれたての私にしっしていた。そこで偽物が来てこう言ったそうだ。

「君にとってごうが良い偽物の妹とちやほやされてワガママな君の本物の妹、どっちがいい?」

お姉ちゃんは迷うことなくこう答えたそうだ。

「本物が良いに決まってる」

思わず涙で視界がぼやける。お姉ちゃんのことが大好きな私でさえもニセモノと本物の間であんなに揺らいでいたのに。一瞬でもニセモノを選ぼうとしていた自分に恥ずかしくなる。

「あなたとお姉ちゃんだけじゃない。他にも色んな人が大事な選択をしながら生きている。あなたの下した決断をきっとお姉ちゃんも誇りに思うはず」

私はニセモノをかいしていた。ニセモノはただお姉ちゃんの代わりになって生きていたいだけだと思っていたけれど、本当は全部私のためにやってくれていたのかもしれない。私は思わずニセモノに抱きついた。そして人生で一番と言っていいほど心を込めて言った。

「ありがとう」

その時ふと私はあることに気がついてニセモノにこう訊いた。

「昨日あんなに様子がおかしかったのは…」

すると急に周りがキラキラと輝き始めて何も見えなくなった。気づいたときにはもうニセモノは目の前にいなかった。私が消した。私の選択によって。

落ち着いてからリビングに行くと遺影が戻っていた。お仏壇もちゃんとある。日常に戻ったのだ。お姉ちゃんのいない日常に。でも今の私は以前とは違う。ただ寂しさ、辛さを我慢するだけのみじめな私ではない。姉の死をバネに今私は前に進もうとしている。

そこで彼女は日記帳を閉じた。溜まっていた夏休みの宿題の日記をようやく今消化したのだ。ニセモノと過ごした一週間は間違いなく彼女のかてになっていた。

「きっとこんな話誰にも信じてもらえないだろうな」
と彼女は呟く。

一方その頃、天国では彼女の姉と彼女によって消されたニセモノが上から彼女を見下ろしていた。

「なんでわざとあの子が自分を消すようにけたの?」

「だって絶対あなたならそうするでしょ」

実はこのニセモノは彼女が思っている何倍も優秀だったのかもしれない。


作・深澤未知佳(神奈川県 日本女子大学附属高校3年)


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