「全国高校生童話大賞」
宮沢賢治が生まれたまち、岩手県花巻市の取り組みのひとつとして、人生の中でも最も多感で豊かな創造力をもつ高校生を対象に、“童話”という自由な表現の場を提供することを目的に実施。
「全国高校生童話大賞」実行委員会:富士大学、花巻市、花巻市教育委員会
表彰式の様子はこちらから→https://steranet.jp/articles/-/1283

夜長より四辺にわずかな明るさを残し、お月様が浮き足だって顔を覗かせた十八時過ぎに、ぽたぽたと街灯は、橙色の光のハシゴを下へとおろしました。居酒屋が軒並みを連ね、 思いがけず訪れた来客との結びつきを得るまいかと、この地に住まう者たちは、宴を開くのが常でありました。

はてさて、そういった往来激しい通りと打 って変わって居酒屋の軒並みを背負う形で佇む裏山の雑木林には、お月様の明かりも、街 頭の明かりも通ることはありません。

されど、 かまびすしい居酒屋の明かりよりは暗くも、 雑木林の辺りは夜深くなるにつれて、木々の根から葉の先まで鮮やかに彩られて見えました。雑木林を照らすおぼろげな光は飛び魚でした。古来より神や仏さながら長らくの間、また今この時共に、飛び魚はこの地に住まう者たちがその美しさに崇拝しておりました。

飛び魚は、波長を合わせて水面より遥かに高く飛び上がり、透き通る羽に優しく冷えた空気を映しては、おぼろげな曲線を描く月に向かって落ちていきます。ぽちゃん、ぽちゃん。 夏の初めよりは、心寒く、秋の終わりよりかは柔らかい夜の中、彼らは木々に囲まれた池の水面にまた一つ二つと花を咲かせては、誇り高く辺りに音を響かせていました。彼らは慢ずるが如く大層まばゆい羽を持ち、時折たなびく風よりも色鮮やかで、天を目指して舞い上がれば雑木林は一層明るく輝いていました 。

その輝きを熱心に見つめる年老いたカラスが一羽、池のほとりに腰かけて飛び魚の明かりに目を奪われていました。カラスは飛び魚のことを忌み嫌っていました。しかし目が離せずにいたのは、どこか心の隅には置けない憧れや嫉妬心に駆られていたからでありました。ある時は、いっそのこと飛び魚を一匹残らずたいらげてしまおうと思い、ある時は町まで至り、噂話に花を咲かす提灯行列に飛び魚のいやしい噂を聞かせてやろうとも考えたものでした。けれど決まって、皆口をそろえてこう言うのでした。

「あわれなカラスだ。ただ輝くことさえ叶わないくせに」

「ひねくれものは帰っておくれ」

カラスは、飛び魚達も、商店街の住民も、ひねくれた自分も嫌いで、嫌いでいつも一人でいました。

そんなカラスに喋りかける変わり者が一人、 雑木林に一人細々と暮らしていました。寂れたトタン屋根が今にも飛ばされそうなプレハブ小屋がありまして、南京錠が丁寧にドアにかけられていても、これまた薄いベニヤ板で作られたドアは枠組みにきちんと合わさることなくして、隙間から油絵具と埃と酒の匂いを漂わせていました。誰かが変わり者と思えば、脳裏にふらりと現れるのは、かくもしてこの掘っ立て小屋に住まう変わり者の翁でありました。

さて、この翁、一人悲しくこの地に住まうのには人知れぬことわけがありました。とりわけ、かまびすしい居酒屋を連ねる街並みをうとましく思っているわけでも、どこからともなく訪れる者が癪にさわるといったことでもありませんでした。いっそ誰かと共に過ごす楽しき日々に思い明け暮れていたほどでありました。

されど、翁は、別れにたいそう怯えていました。この翁の人生の望みただ一つ。 これがいかに翼をこしらえて、月か太陽か彗星かともかく地上より昇る地で尚も堂々たる姿で駆けるであろう旧友と再び出会うことでした。まだ十にも満たないころから、翁は空高く飛ぶ鳥や天を覆い隠す翼に恋焦がれていました。

あんまりにも翼を愛おしがる姿とて、 最初は愉快な幼い子に見えますのが、次第に自分にありもしない翼にのみ心惹かれる姿に辟易した者たちは、一人また一人と去り、気づけば翁は寂しき少年でありました。そんな寂しき少年の唯一の友が、鳥類学者であった父親でありました。されど、村の万病で寝たきりになってしまった父親は、泣きじゃくる幼き頃の翁にこんなことをおっしゃったのでした。

「泣くな友よ、私は長年の夢を叶え、空高くへと舞う鳥となる。いつの日にかお前さんが空高く飛ぶ最初の日に私の姿を現そう」

旧友の元へと出向く時、誰かを愛おしく思えば、別れに面を合わせねばならない時が来ると知り翁は、恐ろしくてたまらなかったのでした。

ひねくれものと怖がりは最初、てんで挨拶さえ交わす事もありませんでしたが、翁はカラスの眩いばかりの黒い翼を羨ましく思っていました。それのみか、飛び立つカラスの天一面を曇天で覆い隠す姿にさながら神の使いのような、神妙さを感じていたのでした。

ですから、素知らぬふりをして、互いを見過ごせぬほど翁は、カラスに憧れて焦がれていたのでした。

ある日の事です。今日も今日とて、飛び魚をうとましそうに見つめるカラスと杉の木一本分の合間を取って翁は独り言を装って口を開きました。

「私は、鳥となるのですよ」

そう仰いますが、カラスはからきし見向きもしません。なにせ、ひねくれもののカラスですから、自分と話をしようとする変わり者など居てくれるはずがないと思っていたのでした。

「昨夜、私の憧れる姿を描いてみたが、誰か私の絵を見てくれはしないでしょうか」

今度は、カラスは横目で翁をいちべつしまし た。―誰か―という言葉が気がかりであったのです。翁とカラスの辺りには、飛び魚達はいるけれど、激しく飛び回る彼らの耳には翁の呟くような声色は届いていないはずです。そうすると、―誰か―は、小さな願いを惜しくも聞いてしまったカラスしかいないのです。 それでもカラスは返事をしませんでした。

翁のただの独り言であれば、言葉を返す必要もありません。それにもしも、カラスには見えていない他の誰かに声をかけていたとした ら、カラスの勘違いであるということは、めっぽう不甲斐なく思えたのです。二人の間に又もや正味の悪い静寂が訪れました。ふと水面に映ったカラスの姿に覚えのあるなつかしさがとつとして体を巡る疾走感に翁は、ゆくりなく言を紡いでいたのでした。

「カラスさん。あなたのような立派な翼があればと何度思ったことか。」

名を呼ばれたカラスは、今度は呆気にとられました。翁は杉の木ばかりの距離から三歩ほど大股でカラスに向かって進みますと、相撲取りのごとく銀の額に縁どられた絵をカラスに押し付けました。支えきれずに草の上に転がった絵は、これまた、翼の生えた鯉なのか、はたまた潜水艦なのか、もしくはプロペラ機なのか。とにかく粗末な筆入れと油が乾くまもなく塗り重ねられた絵の具が一緒くたになった黒々しい物体がまがまがしく描かれていました。

「なんだ、これは。」

カラスは、突然の出来事に思わず身をひるんでしまう思いでした。

「わたしが成るべき姿です。」

翁は今までとどめていた言葉に身を取られたような様子でありました。

「お願いです。私に飛び方を教えてはくれないでしょうか」

カラスは、なんて歯がゆい頼みだろうと、目の前に立つ翁がひどく気の毒に思えました。 もはや、翼の無い人の子の願いが叶うはずな いのです。カラスは幾分申し訳なさそうに頭を下げました。

「わしは、もう年老いていて、遠くへ勇ましく飛ぶことも出来ず、お前さんに教える術など心得てはいないのだ。」

実のところ、若年の頃カラスは翼を持つ者達の中で先ず飛行に頭角を現していました。

黒光りする素晴らしい翼を自分でも鼻にかけ ていたほどです。カラスは、孤独ともほど遠く 、あわれでも、ひねくれものでもありませんでした。それがなになしに飛び魚がこの地により崇められて以来、皆まるっきりカラスに無関心でありました。カラスも最初は、皆の気を引こうと試みてはみたものの、誰一人として古びたカラスの自慢話に耳を傾けず、 目新しい飛び魚に専心していました。

「わしでは無く、飛び魚にご教授いただいたらどうだ。」

カラスは半ばやけっぱちになって言いました。 カラスはどこか期待していたのです。元より自分に声をかけてきた変わり者が、あわれで、ひねくれた自分に努めて頼み事をするなど、久しい出来事でありました。けれど、いとも簡単に心が移り変わってしまえばそれまでだと思ったのでした。

「いいや。カラスさん、あなたしかいないのです。飛び魚も翼を持ち、たいそう美しい。しかし、月より高く、太陽より高く羽ばたけ るのはあなたしかいないのです。」

わびしい心にじいんと温もりが生まれることにカラスは戸惑い、震え、泣き出しそうになりました。カラスは水面に揺れる赤いもみじをじっと見つめ一つ言の葉を落としました。

「わしの一代はもう短い。せめてもの暇つぶしに付き合ってやろう。」

紅葉が雑木林を橙色に染めるころ、池のほとりで翁は、カラスを模範にして両腕を力いっぱい広げては、翼じみた両腕を勢いよく弾ませて、地面をけり上げては、すぐに地面に転げ落ちていました。翁は非常に熱心でしたので、カラスは、翁のこっけいな姿を笑うのをはばかられました。飛び魚たちは、と言うと、そんな彼らの姿にとても興味をしめしませんでした。翁に厳しくも熱心に飛ぶ術を教えるカラスも、一心不乱に地上より飛び出そうと短い腕を上下に仰ぐ翁の姿も、飛び魚たちには相手にするほどの美点が無いと思えたのでした。

まもなくして翁にとってカラスは、偉大な師であり、心より慕う友となったのでした。カラスとて、決して諦めることなく両腕を広げ て池のほとりで今日も稽古に励む翁に対し、 いずれは本当に空高くへと羽ばたくのではないかと雄志を抱いていたのでありました。

「今日こそは空高く羽ばたいてみせましょう。」

擦りむいた膝小僧をかばいながら、ぎこちなく歩くのを見て、カラスは三回ほど首をよこに振りました。

「地を歩くことさえままならないのならば、 飛ぶことなど到底ない無理難題である。今日の稽古は終いとしよう。」

そうカラスに叱られた翁は、唇の肉を突き出して不服であると無口にカラスに反抗しました。まるで母親におんぶをねだる子供じみた面持ちにカラスはついに、はっと笑みをこらえきれずに、体を小刻みに震わせました。長い年月が過ぎたであろう翁の歳を重ねたしわくちゃな顔に乗った、わざとらしい子供じみた表情がやけに見合っていたからでありまし た。

「商店街で聞いたが、お前さんは実に変で面白い。なかなかどうして、そこまでして飛んでみたいと思うのだ。」

翁は、どうしたものかと首をすくめました。 翼もない人の子が空を飛ぶなど無謀であると幾度となくとがめられても、いまだ踏ん切りつかずに年老いたのは、旧友との再会を心待ちにしているからでありました。

けれども、 このことをカラスに話してしまえば、飛べるようになったらすぐさまこの地を離れると示唆しているようで、ようやっと出来た友人に別れを告げる事に、いたたまれなさを覚えたのでした。もごもごと口ごもる翁にカラスは首をかしげましたがそれ以上は何も言葉を続けませんでした。カラスとて長い人生を過ごしてきたのです。おそらく翁には、安易には言葉に出来ぬほどの覚悟があるのだと心づいたのでした。

しかし、夜が暮れ、日が明けても翁は、翼を得る事叶わずしていました。翁はカラスに申し訳なく思うようになりました。また、カラスも翁に同情と葛藤を募らせていました。時が経つにつれて、カラスは昔のように長いこと翼を広げて飛んだり、空中で旋回してみせたりという芸でさえも難しく、今となっては小一時間ほど稽古に付き合っただけで、へとへとにくたびれてしまいます。これほどまでに自分を友として慕い、憧れを抱いてくれた翁に自分が弱って、衰える姿など見せたくはなかったのでした。

そして、とうとう身が凍てつくほど寒く深い冬が訪れますと、カラスは地を歩くことも億劫になりました。「これでは自分の浅ましい姿で翁を落胆させてしまう。」そう悩んだカラスは、翁に「もう半生短く、これ以上手を貸してやることは出来ない」と伝えますと、一言、翁は挨拶にやって来てこう言いました。

「それなら春になり、池に張る氷が全て溶け終わった時、どうかもう一度だけ、あの池のほとりへいらっしゃってください。」

まだ辺りは、ほの暗くも、柔らかい風がカラスを包み込みますと、ふやけた瞼を開けました。

「ああ、冬が終わったのか」

カラスは静かに呟くと、のっそりと立ち上が り巣穴から這い出て、春一番の空気を肺いっぱい吸い込みました。やわい木漏れ日でさえも、真っ暗な巣穴の中で何日も眠りについていたカラスにとってはいささか苦いものでし た。カラスが、眠っていた長い間、毎日のように同じ夢が繰り返されていました。一度や二度のことならすっかり頭から抜け落ちているはずが、くっきり、はっきり脳裏に張り付 いているのです。

夢であったことを再び思い出そうと目覚めたばかりの頭をひねったその時、少し離れた杉の木の陰から人影がばっと飛び出しました。勢いよく、まるでカワセミのように木々の間をすり抜け、ウサギのように地面を力いっぱい蹴り上げて、弾む体はまるっきり池から飛び出した飛び魚そのもので、 春風の中にざわりと舞ったのです。カラスは思わず息を吸い込み、目を大きく見開き、その人の後ろ姿から視線を移すことなどとうに出来ませんでした。その人の凛々しい背中をカラスはよく知っていました。そして、今、 確かにカラスの眼にははっきりと見えたのです。空へと舞う翁の背中にそれはまごうことなき美しき立派な白銀の翼を。

それはあまりにも一瞬の出来事でした。刹那、翁の体は水しぶきを立てて池にドボンと落ちますと、その勢いに飛び魚がいっせいに天高く舞い上がりました。

そうして彼らは「こんなにも高く舞い上がるのは初めてのことだと」嬉しそうに声も弾ませていました。

水にぬれた頭がひょっこり池から顔をのぞかせました。そうして、カラスと視線が合わさると、恥ずかしそうに、けれどどこか誇らしげに翁は、頬を染めて笑みを浮かべました。

「どうです、冬の間ずっと鍛錬していたのですよ。良かった、今日は今までで一番高く飛ぶ姿をお見せすることができた。」

カラスは、子供のように目を輝かせる翁に同情や葛藤など忘れていました。

「ああ、素晴らしかった。こんなにも感動させてくれたのは後にも先にもお前さんだけだ。」

そう言うと、カラスは特別大きく翼を広げ、 呼吸を整えると、振り返って雑木林いっぱいに届く声をたからかに上げました。

「背中にお乗りになされ。お前さんにどうしても見せたい景色があるのだ」

翁は、転びそうになりながら池のほとりよりカラスの元へと駆け出すと、息を切らして、 堂々としたカラスの背中にまたがりました。 カラスが翼を仰げば、翁の体はすでに地面より離れ、飛び魚達や、どんな大木でさえも、 自分よりもずうっと小さく見えました。

ふと、目の前に在る赤くごうごうと燃える火 の塊が空を紅く色付けました。朝焼けです。 翁は思わずがむしゃらに手を伸ばし、指先さえ太陽に届かずともあまりの空の広さに無我夢中でありました。カラスも、果てしなく広がる空の風景や、空高く舞う自分を誇らしく思えたのは今日が初めてに思えるほど久しくありました。雲を抜け、薄くぼやけた白い月に差し掛かったところでふと、カラスは夢の 話を思い出しました。なんてことない夢の話 であったはずですが、どうしても翁に伝えずにはいられなかったのでした。

「ずっと同じ夢が続いていたのだが、可笑しな夢なのだ」 ついとかけられたカラスの奇妙な話に、翁は夢中でもっと高くにと伸ばしていた右手を丁寧に下げて、聞き耳を立てました。

「わしは、枕元で泣いている少年を見上げているのだ。奇妙なのは、わしはカラスなのに、不思議とその少年やら、布団が市松柄であることを知っている気がしてならない。」 そこまで内明かして、ふとカラスはおかしく思いました。というのも、いつもは弁がたつ翁が何か言おうと口を開いては、また言葉を飲み込むようにして唇を震わしては、黙りこくるのを何度も繰り返していたからでした。 それでも、カラスは言葉を続けないといけませんでした。

「そうして、わしはいつも同じ言葉を少年にかけている。」

「泣くな友よ、私は長年の夢を叶え、空高くへ舞う鳥となる。いつの日にかお前さんが空高く飛ぶ最初の日に私の姿を現そう」
互いの声が、全く同時に重なり合いました。カラスは随分驚いて、 「どうして知っているのだ」とも言いたげに眼をぱちくりさせていましたが、翁はとても幸福そうに顔をほころばせると、鼻をすすりました。

「もう、きっと、その少年が泣き続けることはないでしょう。大丈夫ですよ。」
羽ばたく翼の仰ぐ空は、ようやっと朝を迎えいつまでもでも二人を見守っているのでした。


作・熊倉友音(東京都 かえつ有明高校2年)


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